Forget-me-not⑪|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

  1. 読書人トップ
  2. 連載
  3. Forget-me-not
  4. Forget-me-not⑪・・・
Forget-me-not
2017年3月17日

Forget-me-not⑪

このエントリーをはてなブックマークに追加
自身がゲイであることに気がつきながらも女性と付き合わないと
いけないのではないかと感じていた頃。
ⒸKeiji fujimoto
浴室からシャワーの音が聞こえてくる。整ったベッドの上には枕が二つ並べられている。その日、僕は彼女の部屋で一晩を共にすることになっていた。

高校卒業後に上京し留学を見据えて英語の勉強をしていた僕は、アルバイト先のレストランで彼女に出会った。二つ年上の彼女とは波長が合い、いつも楽しく会話をする仲だった。身長や体重を聞いてきたりするその様子から、とっくにこちらを男性として意識する視線を感じていた。

シャワーを終え彼女が髪を乾かしている。まだ帰ることはできた。しかしそれではあまりにも感じが悪い。とりとめのない会話を続けていると、寝間着を着た彼女がベッドに腰をかけた。

「明日も早いし、そろそろ寝ようか」

暗くなった部屋の中で、二つの肉体が別々に呼吸を繰り返し続けている。まだ彼女に性的関心を持てずにいた。とはいえ僕は男で彼女は女である。欲望はこちらから表すべきなのだろう。しかし僕はそれをしなかった。いやできなかったのだ。

現実から逃げ続けるだけの男に愛想を尽かせたに違いない。やがて隣からは微かな寝息が聞こえてきた。眠る彼女の横で幾度ため息を繰り返したことだろうか。虚しさのグラフは果てのないカーブを描き、僕はそこから抜け出せなくなっていた。
2017年2月24日 新聞掲載(第3181号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
文化・サブカル > ジェンダーと同じカテゴリの 記事