きもの田中屋店主 ・ 田中博史さん(上)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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あの人に会いたい
2017年3月17日

きもの田中屋店主 ・ 田中博史さん(上)

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福岡県うきは市浮羽町。大分県日田市と隣り合い、柿や葡萄が採れるフルーツの産地として名高いところだが、休日でもないのに県外からの車で、いつもいっぱいの場所がある。

「たねの隣り」というカフェでランチを楽しみ、「ぶどうのたね」というギャラリーで生活雑貨を手に取る。客層は二〇代から七〇~八〇代まで様々。

ここで生まれ育った田中博史さんがひとつひとつ形にしてきたものだが、ついに念願だった「きもの田中屋」を作ったのは二〇〇四年。田中さんが積み上げてきた思いを聞いた。


主婦と生活社で編集者として送ってきた人生で、忘れられない書物や雑誌がある。そのひとつが『大人の和生活』という和のライフスタイルに特化した雑誌で、二〇〇六年にその第一号を世に出した。

衣食住全般に亘る内容だったが、特に「着物」に関して今までにない切り口で臨みたかった。第一号の巻頭特集を“青山スタイルの着物”と題して、東京・青山になじむ着物のコーディネートを前面に打ち出した。スーツなどの洋装に混じっても決して悪目立ちしない、どちらかと言うと控え目なコーディネートを目指した。残念ながら『大人の和生活』は、四年で終わってしまったが、取材を通しての発見は様々なものをもたらし、福岡の「きもの田中屋」との出会いも、かけがえのないものとなった。

春霞のような煙がゆっくりとたなびき、近くには筑後川温泉、原鶴温泉を有し、季節になると鵜飼が楽しめる、どこまでものどかでゆったりとした浮羽町。初めて私が訪ねたのは、春が近づいていたころだった。もう十年以上も前になるが、ここで結城紬のことを熱く語る田中博史さんの取材をしたのが、ご縁のはじまりだった。
自然光のなかで見る紬の美しさ、柔らかさ。個人的には着物から少し遠のいていた時期だったが、私の着物熱はそこで一気に火が付いた。この人の話をたくさん聞いて、ここで存分に見せてもらって、私が欲しいと思う、似合うと思う唯一の着尺を選びたい。その時に選んだグレーとも桜色とも見える結城紬は、その後何度となく袖を通し、私の宝物になっていった。

「二〇〇四年に“きもの田中屋”をつくったけれど、それまでにかなり準備をしましたね。自分たちが目指す店では、お客さまと価値観を共有したい。おこがましいけれど、お客さまを選びたかった」

着尺には自分の筆で、作家名や織りを記す
高校は柳川で柔道一筋、福岡の大学を出て、その後の就職では、教師になるか、警察官になるかという選択肢もあった。結局は、ご両親が福岡で営んでいた「呉服屋を継ごうか」と考え、大阪に修行に出たという。そこでのちに夫人となるあかねさんと出会い、三年でうきは市に戻り、まずは器や布などの生活雑貨の販売を始める。「いきなり着物屋をやっても、こんな田舎まで足を運んでくれる人はいない。まずは雑貨から始め、そのあとカフェをやり、と順を追って前に進みました」

二〇年前に建てたカフェ「たねの隣り」は平日でも順番待ちの列。カップルや赤ちゃんを連れた若い夫婦、二世代、三世代で訪れる方々など、懐深く受け入れる気持ちよさはもちろんのこと、地の食材にこだわったメニューには目を見張るものがある。「おかげさまで本当にたくさんの方々が来てくれて」景色もご馳走のうちとはまさにこのカフェに当てはまり、縁側席のこたつに入って、すっかりくつろいでいるお客さまが何度も目にとまる。

センスがいいのに緊張を強いるところが少しもない。自分の居場所のような不思議な空気感がここにはある。「それは、きっとこの土地の力だと思う。周りには神社やお寺がいくつもあってね。守られてるなって、本当に感じる」と博史さん。ここに帰ってきて「ほんまもんがやりたいと思い、今までにない呉服屋をやろうと思った。“雀のお宿”ってあるでしょ? あれをやりたかった。小さな雀のお宿の中で宝物を見せたいと思った。雀のお宿は田舎にあって、人が訪ねていって“あった!ここや”というような。宝物は着物。着物をわかってくれる人を見つけることから始めました」

田中さんがうきは市に戻った当時、隣町の吉井町では雛飾りを見て歩く「お雛巡り」という習わしがあり、結構な賑わいを見せていた。田中さんご夫妻は、吉井町で空き家を借りて器やガラス雑貨を販売し、まずはお客さまとの繋がりをつくることに終始した。そして名簿が一〇〇〇人になったときに浮羽町に戻り、親戚の空き家を借りて「和の暮らし展」を始めたという。「やるたびにお客さんが増えていってね。そうしたら“ここでお茶が飲めたらいい”というお客さんもいて、それでカフェを作ろうと。でも自分たちはいつか着物屋をやろうと思っていたので、その期が熟すのをじっと待っていたんだと思う」

「他とはひと味違う着物屋」――。それはどんなものなのか。(次週につづく)
2017年3月17日 新聞掲載(第3181号)
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