◇広島と沖縄◇ 新たな戦争地図のなかで|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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論潮
2016年7月8日

◇広島と沖縄◇ 新たな戦争地図のなかで

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オバマ大統領の来日と広島訪問をめぐる熱狂が、目眩や恐怖をともなって、いまも自分の身体を覆っている。膨大な警察・機動隊が配置され、都市とそこに生きる被爆者や住民の動きを徹底して管理し、「歓迎」されたその訪問は、日本社会がアメリカによって圧倒的に管理され、それを自ら受け入れてきたことを示しているように思えてならない。

平和記念公園でオバマ大統領は、原爆投下の責任への言及を避けながら、「すべての命は尊いという主張。私たちはたった一つの人類の一員なのだという根本的で欠かせない考え。これらが、私たち全員が伝えていかなければならない物語なのです」、「広島と長崎が『核戦争の夜明け』ではなく、私たちが道徳的に目覚めることの始まりとして知られるような未来なのです」と述べた(「オバマ大統領広島演説(全文)」朝日新聞二〇一六年五月二八日)。定義されぬまま多用される「私たち(We)」という主語は、アメリカと被爆者や広島市民との権力関係を巧妙に伏せていった。そして、普遍的な価値――「すべての人は等しくつくられ、生命、自由、幸福追求を含む、奪われることのない権利」――が強調されることで、それを体現する存在としてアメリカを定位したように思える。これに対し、安倍首相は「熾烈に戦い合った敵は七〇年の時を経て、心の紐帯を結ぶ友となり、深い信頼と友情によって結ばれる同盟国となりました。そうして生まれた日米同盟は世界に希望を生み出す同盟」であると述べた(「安倍首相の演説(全文)」朝日新聞同上)。

両者の広島訪問と演説は、両国の「和解」を演出し、現在の日米同盟が普遍的な価値=「希望」を体現することを示そうとした。そのための舞台として広島は選ばれ、使われたのではなかったか。

ここで、「和解」の演出は、怒りの不在とともにあったとの指摘に注目したい。山本昭宏は「反発や怒りが出てこなかったのが不思議でした」と述べた上で、「怒りを表せなかった終戦直後、それが解き放たれた五〇~六〇年代、『平和国家』の名のもとに怒りを表しづらくなった七〇年代以降」という日本社会の変化を素描する。「平和国家・日本」というナショナル・アイデンティティがつくられる過程で、原爆投下の責任追及や怒りの表明が後退していったという分析は重い。その歴史をつくった一人に佐藤栄作元首相がいる。佐藤は非核三原則を表明し、ノーベル平和賞を受賞したことで、「『平和国家・日本』という美しい物語を国民に提示」する存在であった(「広島と核めぐる意識――米大統領の訪問 歓迎一色に違和感 怒り・恐怖どこへ」朝日新聞同上)。安倍首相の演説においてもこの物語は反復されているだろう。

だが、日本のナショナル・アイデンティティは、現実と乖離してきた。日本がアメリカの「核の傘」のもとにありつづけ、核エネルギーを用いた電力開発・利用を進めてきたからだ。オバマ政権は核兵器近代化プログラムに三〇年間の予算措置(推定一兆ドル)を決定するなど、軍事政策の中核に核兵器をすえたままだ(中西寛「プラハからヒロシマへ――『核なき世界』は近づいたのか」『中央公論』七月)。日米両政府は、決して、核を中心とした安全保障戦略を手放していない。

そして、日米の「和解」の傍らには、東アジア――核保有国である中国、ロシア、朝鮮民主主義人民共和国など――との分断と対立という現実がある。東アジアには「和解」とはほど遠い「戦後」がつづいている。日米軍事同盟を基礎とした自閉的な「和解」は東アジアの「戦後」を固定化してきたのではないか。

また、広島が東アジアの近現代史のなかで果たしてきた軍事的機能をあらためて考えることも大切だろう。東琢磨の『ヒロシマ独立論』(青土社、二〇〇七年)は、大本営(Imperial Military Headquarters)の置かれた軍都・廣島の歴史を想起する。その地理的広がりは、現在の広島の行政区画におさまらない。広島県北部の弾薬貯蔵庫、西の岩国から東の呉までの軍需産業や軍事施設を含む広がりがあった。だが、原爆投下と敗戦によってその機能は途絶えなかった。米軍や自衛隊の基地の存在などを指摘しつつ、東は、軍都・廣島の歴史とは「この国に持続している現実」なのだという。オバマ大統領と安倍首相が広島へ向かう途中、米軍・自衛隊の岩国基地を利用し、オバマ大統領は米兵と自衛隊員への激励も行なっている。彼らの広島訪問は、米軍と自衛隊を後ろ盾としながら行なわれた。

だから、広島を考えるということは、日本・アメリカ・東アジアにおける「持続している現実」に向き合うことだ。米軍再編と自衛隊の役割・機能の強化とともに「新たな戦争地図」(東、前掲書)が描かれている。その最前線は岩国、そして沖縄である。

四月、元米軍海兵隊員の軍属男性による女性殺害事件が起きた。沖縄からは激しい怒りと抗議の声が、日米両政府に向けられてきた。たとえば、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」ほか三六団体は、「軍隊は構造的暴力組織であり、平時と戦時とを問わず、人間の安全を保障しない」という認識を改めて示し、「被害者を取り巻く人びとへの謝罪とケアが丁寧に行われること」、「真実が究明され、加害者への厳正な処罰が行われること」、「沖縄に暮らす人びとの真に安全な社会を実現するため、沖縄から全ての基地・軍隊の撤退」を要求した(「元米軍海兵隊兵士の事件被害者を追悼し、十分な対応と真相究明、米軍の撤退を求める要求書」五月二〇日)。

これに対し、日米首脳会談では、安倍首相が「実効的な再発防止策」を求め、オバマ大統領は「哀悼と深い遺憾の意」を表明している。だが、両者は沖縄からの要求にまったく向き合おうとしない。日本政府・犯罪防止対策推進チームの会合では、「沖縄地域パトロール隊」の創設、警察官一〇〇人の増員とパトカー二〇台の増強、防犯灯・防犯カメラの設置などが話し合われた。この「実効性を欠く『負担軽減』『再発防止』『綱紀粛正』の空虚な文言」に対して、「新たな犠牲者を生み出した日米両政府は、まぎれもなく第二の容疑者だ。重い責任は不問に付されようとしている」という厳しい批判が続いている(松元剛「『沖縄の怒り』でいいのか――第二の容疑者の責任問え」『世界』七月)。

だが、この事件に向き合うということは、日米両政府の告発にとどまれるものではない。「自分たちには関係ないという態度は許されません」という呼びかけ(前掲要求書)は、開かれたかたちで発せられている。そこに添えられた「基地・軍隊は、人間の心と身体を深刻なまでに破壊しており、それはフェンスの内と外とを問いません」という言葉は、基地・軍隊によって、「私たち」一人一人の心や身体、そして想像力がどのように壊されているのかを考えることを迫る。国家安全保障の名の下に、軍事化された地域の住民の声を聞かない/聞けないということ。日常化されたマチズモと性差別主義。国境の向こう側の国々への敵意の自然視や「米軍に攻撃される側の視点」への想像力の欠落(目取真俊「辺野古新基地建設に抗する言葉=行動――行動して訴えろ」『図書新聞』二〇一六年六月一八日)。このような「私たち」が沖縄をつくりあげてきた。

「沖縄の怒り」という表現によって、事件の当事者と非当事者、加害者と被害者のふりわけが了解されてしまうなかにあって、基地・軍隊があらゆる人間の生き方を構造化している点に注意するならば、「ともに出来事を生き直す契機として痛みの分有」は可能なのかという開かれた問いを設定したい(村上陽子『出来事の残響――原爆文学と沖縄文学』インパクト出版会、二〇一五年)。日米両政府による「和解」の演出とともに進行する「新たな戦争地図」。それに抗するということは、常に形成途上にあるような〈私たち〉の力で、別の世界地図を共に描くことであるだろう。
2016年7月8日 新聞掲載(第3147号)
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