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2017年3月24日

きもの田中屋店主・田中博史さん(下)

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カフェ「たねの隣り」でくつろぐ田中博史さん
福岡県うきは市浮羽町までは、福岡空港から高速バスで一時間ほど。中心街の天神からもバスが走っているが、それでも「ここは田舎」と田中博史さん。だからこそ、訪れるお客さまに、ここで一日ゆっくりしてもらい、自分たちが自信をもってすすめる着尺や帯を心行くまで見てもらい、本当に気に入れば買っていただく。「わかる人がわかってくれればいい」という。作り手を大切にするから、その人たちが食べていけるようにと、手を差し伸べることもいとわない。だから作り手から信頼を得、「他になくても、田中屋さんには必ずある」という着尺を何本も常備している。

東京には何でもあるような気になるが、地方で根のある暮らしを紡いでいる人たちのたくましさに出会うと、圧倒されてしまう。この十年の間、浮羽を何度訪ねただろう。博多とも違う、日田とも違う、浮羽ならではの伸びやかなおおらかさ。ここで出会った着物だから、宝物になる。

今や着物は日常とはかけ離れた、贅沢なものとなっている。自分で着ること、手入れのハードルの高さ、そして何よりもその価格。ファストファッションでことたりてしまうのに、なぜ着物なのか。日本の文化や伝統をなくしてはいけないという思いは言うに及ばないが、「着物を着た人の存在感や美しさを、もっと知ってほしい」と田中さん。また、「そこには作り手がいて、その人たちは作るために生まれてきた人。考え方とか、暮らしぶりが本当にきれいなんだ。手を抜かないし、苦労を惜しまない。僕たちは作ることはできないけれど、そんな美しい暮らしをしている作り手を次の世に繋ぐことはできる。ただ伝えるだけではだめだと思う。いいものは、しっかり見るとなぜきれいなのかがわかる。興味がないとしっかり見ない。だから興味を持つように見せ方も工夫しなければね」
庭から見た「きもの田中屋」
接客の基本、商いの基本がここ浮羽の「きもの田中屋」にはまだしっかりと生きている。物を通して、人を見る。隠れて見えない、物の後ろ側にある事柄をどう伝えるか、田中博史さんはいつもこのことを考え続けているように思う。

取材の翌日、小さいころから通っている神社に案内された。小高い丘に建つ神社は堂々として何百年も揺るがずに、ここ浮羽を見守ってきたのだろう。毎月お参りして、お神酒を手向けるのを欠かさないという。

「きもの田中屋」には自然光がふんだんに入る大きなガラス戸があり、その光を受けながら着尺を当て、姿見に映る自分と対話する。こんなことができる呉服屋さんはそうはないだろう。ほとんどが人工の光の中で、選ぶというのが普通なのだから。「月の明かりと蝋燭の明かり、この中で見るとものすごくきれいでしょ? 自然は優しいからね」

“雀のお宿”のような「きもの田中屋」。浮羽まで来て、ここで着尺を見せてもらう贅沢な時間。最後に田中さんに聞いてみた。「これからどんなふうになっていきたいですか?」

「世の中は、お客さんが上で店は下というイメージがあるけど、そうではなく対等でありたいと思う。“あそこに行けば、見せてもらえる”と言われる店になりたい。それには努力しないとね」

「きもの田中屋」は浮羽の地力を味方に、丹念な商いをこれからも続けていくに違いない。
2017年3月24日 新聞掲載(第3182号)
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