生命の詩人・尹東柱 『空と風と星と詩』誕生の秘蹟 / 多胡 吉郎(影書房)詩人にとって「すべての死んでゆくもの」とはなにだったのか|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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2017年3月24日

詩人にとって「すべての死んでゆくもの」とはなにだったのか

生命の詩人・尹東柱 『空と風と星と詩』誕生の秘蹟
出版社:影書房
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韓国では、誰もが知っている、まさしく国民詩人の位置にある尹東柱。しかし、彼は同時に境界のひとだった。一九一七年に当時の中華民国、北間島に生まれ、平壌の中学校、ソウル(京城)の専門学校に通い、その卒業後、日本に渡り、立教大学に入学し、さらに同志社大学に転学した。最後は、治安維持法違反で逮捕され、日本の敗戦のわずか半年前、一九四五年二月、福岡刑務所で獄死してしまうのである。その間、朝鮮半島は日本の植民地支配下にあって、彼の故郷の北間島は、一九三三年からは満洲国に組み込まれていたのである。

しかし、尹東柱はたんに地理的に境界上にいただけではなかった。この間、彼の詩人像をめぐっては、敬虔なクリスチャンとする理解から、抗日運動にもコミットしていた民族派詩人とする理解まで、さまざまな受容が見られた。とりわけ、よく知られた「序詩」の、原文では「すべての死んでゆくものを愛さねば」という趣旨となっている箇所をどう読むか、激しい意見の対立があった。同志社大学に設置されている詩碑の訳が「生きとし生けるものをいとおしまねば」となっていることをめぐっては、植民地支配下で朝鮮の文化・歴史・言葉のすべてが死滅を強いられていることへの痛みを理解していない訳と糾弾する声が、内外で発せられたのだった。

著者は、一九九五年に、NHKのプロデューサーとして、日韓の共同制作の形で尹東柱の番組を作った身である。そのとき以来の尹東柱への強い関心を持続させて、本書にみごとに結実させている。その核に置かれているのが、まさしく尹東柱にとって「すべての死んでゆくもの」とはなにだったのか、という問いである。著者は朝鮮語(韓国語)での理解をもとに、この言葉の背景にあるのは、永遠の存在を意味する「immortal」にたいする、死すべき定めを負った「mortal」であると指摘して、「限りある命を生きる身」という解釈を提示する。民族派かキリスト教派かという二分法ではキリスト教派ということになるが、著者はたんに尹東柱をキリスト教詩人としてあらためて位置づけるだけではない。タイトルにあるとおり「生命の詩人」として積極的に問いなおしてゆくのである。

本書の粘り強い探索は、尹東柱の生涯と作品のもっと細部にもおよんでいる。とりわけ、尹東柱に詩誌への参加を呼びかけていた上本正夫という詩人の証言の掘り起こしは、特筆に値する。そして、本書が同時に、一九八四年の時点で『尹東柱全詩集――空と風と星と詩』を翻訳し、誠実な尹東柱研究に携わっていた伊吹郷の仕事を復権させる役割を果たしていることも、見落とすことができない。著者は自ら翻訳することも可能な身でありながら、作品の多くをあえて伊吹訳で引いているのである。

そもそも生前一冊の詩集も出版できなかった尹東柱は、戦後、詩人としての評価を得られるかどうかという点でも、境界のひとだった。しかし、彼の作品と人柄を愛する知人・家族の尽力によって、彼は揺るぎない詩人として復活を遂げた。日本は、尹東柱の逮捕と獄死という過程で、彼の貴重な最後の作品群を抹殺した可能性を負っている。その原罪意識とともに、なによりも尹東柱への強い敬愛の念を支えとして、詩人を取り巻く数々の伝説を一つ一つ検証してゆく著者の筆致に、私は深い感銘を受けた。
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2017年3月24日 新聞掲載(第3182号)
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