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Forget-me-not
2017年3月31日

Forget-me-not⑬

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頻繁に旅に出ていた20代前半の頃、立ち寄ったシリアの首都ダマスカスに暮らす若者たちの家で。ⒸKeiji fujimoto
満月の明かりの下、20歳の僕はダマスカスの眠らないバザールにいた。

その頃の僕はアジアや中東など、長期の休みができる度に海外で貧乏旅行をしていた。とにかく日本で幸せそうなカップル達に囲まれているのが嫌だったし、できれば広い世界にある多様な価値観に身を埋めたいと思っていたからだ。

コーランのお祈りに包まれ、スパイスの匂いに囲まれ、人波をかき分ける。あてのない何処かへ向かって進み続ける。

こういう状態に一ヶ月も二ヶ月も身を置くと、人間はもう身なりには構わなくなる。髪の毛や髭は伸び放題で、着るものはハーフパンツとTシャツ。手に入る酒ならなんでも構わず飲むようになる。旅という非現実空間の中で自己本位な詩や絵を造り、自分の存在を本質以上に捉えて自己満足をする。

もうどこを歩いているのかわからなくなっていた。

「これ、お前たち、人もあろうに男ばかり相手にして、せっかく神様がお前たちのために創って下さった己の女房を見向きもしないとは何事か。いや、まったくお前たちは罪ふかい人間だ」

コーランの一節が頭の中をよぎる。

居場所を失い当惑したこの世界では、肉体だけが現実味を帯びている様だった。
2017年3月31日 新聞掲載(第3183号)
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