大塚寅彦「空とぶ女友達」(1989) 父を撃ち母を撃ち子を妻を撃ちなほ撃ちつづく泣き喚びつつ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2017年3月31日

父を撃ち母を撃ち子を妻を撃ちなほ撃ちつづく泣き喚びつつ
大塚寅彦「空とぶ女友達」(1989)

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「ヴィデオ・スターの悲劇」と題された連作短歌のうちの一首であり、ビデオで観る映画やテレビゲームの中に映し出されている暴力描写と、リアルの自分自身とが混じり合って区別がつかなくなってゆくという感覚が描かれている。人を撃ちまくっているのがバーチャルの中の出来事なのか、現実の出来事なのかは誰にもわからない。

作者は加藤治郎や荻原裕幸といった「ニューウェーブ」の歌人たちと同世代で、一緒に同人誌を作ったりと近しい関係だった。システムエンジニアを本職としていた加藤治郎は早くから、コンピュータが社会に浸透してゆけば「リアリティ」の感覚が変容してゆかざるをえない時代が来ることを予見し、「バーチャル・リアリズム」の必要性を主張していた。パソコンをみんな当たり前に持つようになるのはそれから十年以上経ってからのことであるが、「バーチャル・リアリズム」の予見はある程度当たった。

そしてやはりシステムエンジニアの職に就いていた大塚もまた、加藤の「バーチャル・リアリズム」宣言に共鳴するところがあったのだろう。SF的な空想を混じえながら、フィクションとリアルの境界線が崩壊してゆく感覚を描こうとした、当時としてはかなり挑戦的な実験作である。撃ちながら泣いているのは家族への憎悪にまみれていたからではなく、殺意もないままに殺人を犯すというひたすらに空虚で無意味な行為に囚われていることへの絶望からなのだといえるだろう。

2017年3月31日 新聞掲載(第3183号)
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