【横尾 忠則】タマの絵をアトリエの外で 酒井さんの美術批評を夢で|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの向こう側
2017年3月31日

タマの絵をアトリエの外で 酒井さんの美術批評を夢で

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2017.3.21
 昨日完成した絵を太陽で乾燥させようと思ってアトリエのバルコニーに放置したまま帰宅してしまった。ところが昨夜からの雨で雨ざらしになったままズブ濡れ。幸か不幸か油絵なので絵具が剥落したり流れてしまったということもなく、半ば期待していた被害もなくガッカリでもあった。ムンクのアトリエには屋根がなく、風雨にさらされることを計算した制作法を取ったらしい。ムンクの絵の特徴のひとつである縦のストロークが多用されているのも絵具(水彩?)の落下現象からでは? と勝手に憶測してみるのだが――。

昨日結婚式を挙げたという中川ちひろさんが「ホテルから駆けつけました」とやってくる。こーいう性格の人だからこそ一緒に仕事ができるのです。

以前結婚式の引出物にプライベートポスターを作った久保田さんの紹介の足もみマッサージの先生に施術を受ける。足もみは特別痛いが、「痛にして快なり」なので我慢する。足裏には全身のツボが集中しているので足もみにより脳に治癒能力が伝達されるそんな気がする。
タマ(写真・筆者)
2017.3.22
 田村正和夫妻が静岡の海の見える高台に200坪の土地を購入して、そこを終の棲家にするという話を夫妻から聞く。頭にその場所の風景がありありと想像されるという夢を見る。

五時半に起床。カフカの「変身」を読了。グレーゴルの臨終場面は詩的で美しい。グレーゴルの首がコトンと折れて大きい息が流れるという描写があるが、実際は大きい息が流れたあと、首がコトンと折れるのが本当じゃないのかな? 高倉健さんも大きい息をフーッと吐いて、首がコトンと横になった、と養女さんから聞いたけれどドイツ式と日本式は違うのかも知れない。

8時に神津さんが車で迎えに来てくれて、つくばへ行くことになった。つくばノバホールで神津さんの企画「日本の戦後ジャズ事情」のコンサートでトークをすることになっている。ぼくはジャズがニガ手でサッパリわからない。だけどマイルス・デイヴィスや、チック・コリアやコルトレーンなどの仕事をやっている。トークの始まるまでの2、3時間を利用して10号の絵を一点仕上げる。モチーフは死んだタマの絵である。タマの絵は入院時や旅行時や、東宝スタジオの監督ルームなどアトリエ外の場所で描いたものが大半だ。なぜタマに関しては外の場所で描きたくなるのか自分でもよくわからない。

2017.3.23
 夢の中で酒井忠康さんの美術批評を読む。なんでも中東の難民の女性が悪路を追われるように歩いていて、その泥の中に小さな花がポツリと咲いている、という光景になんとも人間の優しさと哀れみの美があるというような内容だったような気がする。
朝から夕方まで四組の来客が重なって、あゝ忙しかった。
例の足もみマッサージの好転反応が出たのか腹廻りが痛むので整体院へ。あゝ、すっきりした。

2017.3.24
 物忘れが面白いほど激しくなる一方だ。普通名詞がでてこないので会話に苦しむ。この間、百条委員会で石原慎太郎氏がひらがながでてこないと言っていたが、ぼくはカタカナがでてこない。カタカナってまあ外来語だけど、そのうち「うどん」とか「おはぎ」なんてひらがながでてこなくなると食べられなくなる。「アレ」、「コレ」だけで用がたせる時が来るかも知れない。絵も「アレ」、「コレ」の二種類だけ描いていればいいとか。物忘れは疲労脳という症状で一日五分でいいから、ボヤーッとすることで改善するとテレビが言っていた。

2017.3.25
 深夜フト目を覚ますとベッドの足元に妻が向こう向きで頭にタオルを巻いて裸で立っているが、真暗なはずの部屋がぼんやり明るい。躰を起こして確認しようとしたら妻の姿は消えた。彼女が風呂に入ったのは9時だ。今しがた見た妻はすると幽霊? それとも生霊。もし幽霊なら彼女が風呂の中で死んだとも考えられる。もしやと思って2階の風呂場に行こうとしたが電気が消えているので死んではいなさそうだ。では眠っている間に霊魂が抜けだして生霊になってぼくの部屋に風呂上りの状態で現れたことになる。このことが事実でなければぼくの見たビジョンは夢ということになるが、現実の部屋がそのまま夢になるということは滅多にあるものではない。

夜、浅田彰さんの還暦を祝う会に出掛ける。30人ばかりの少人数の会だが、知人は磯崎新、坂本龍一、斎藤環、田中康夫、中森明夫、矢野優の諸氏だが浅田さん以外誰ともじっくり話すことはできなかった。もう浅田さんは還暦? と思う人もいるだろうが、80歳のぼくからすればまだ60歳と言う感じだ。浅田さんが80歳になった時はぼくは百歳だ。彼はぼくの展覧会を一番よく見てくれている人だ。「横尾は死を擬態するところから出発するがそこは三島とは逆だ」。なるほど。

2017.3.26
 雨。冬に逆戻り。
今までは空間恐怖症で空間を埋めないと落ちつかなかったが、今はその逆で余計なものはできるだけ排除する方向になった。三島さんも空間があると不安で空間を埋めるのが自分の文学だったらしい。シンプルにすることは不安でもあるが、例えば小津映画のシンプルさはあのわけのわからない不思議さの魅力である。ダリは複雑にしたがデュシャンは複雑さを捨てた。
2017年3月31日 新聞掲載(第3183号)
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