「看護人間学」を拓く / 守屋 治代(看護の科学社)ナイチンゲールの言葉の力強さ 他者の痛みのなかに身を投じる力とは|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年3月31日

ナイチンゲールの言葉の力強さ
他者の痛みのなかに身を投じる力とは

「看護人間学」を拓く
出版社:看護の科学社
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伝記ではなくナイチンゲール本人が書いた文章を読んだことがある人は、ごく一部の看護職に限られるであろう。英語の原文にも当たったことがあるという人はさらにまれであると思われる。哲学の研究者であり数年前から看護実践のフィールドワークを行うようになった私もごく最近になって『看護の覚え書』を手にしたのだが、そこには清潔や規律を保つことの重要性が書かれているばかりで、なぜこの本が大事なのかがわからなかった。そんななか守谷治代の『「看護人間学」を拓く』を手にすることで、初めて超人的な実践者としてだけでなく特異な思想家としてのナイチンゲールの姿を知ることができた。今このタイミングでナイチンゲールの重要性を教えて頂けたことに感謝したい。

著者は序文で「そもそも看護とは人間存在にとって何であったのか、人間存在にまで立ち還って人間と看護の連関を包括的に問うことが必要とされている」(4頁)と述べている。ロイ、ワトソン、ベナーと行った看護理論の歴史を振り返った上で、看護実践の起源に位置するナイチンゲールの思想を描き出す。そのうえでブーバーやシュタイナー経由のゲーテ、20世紀前半の教育哲学者木村素衛を議論しながら、著者自身の「看護人間学」を構想しようとする。

著者の主眼はこの「看護人間学」の構想にあるのだが、評者が惹きつけられたのはやはりその基盤となっているナイチンゲールについての議論であり、ナイチンゲールの言葉の力強さであった。著者の紹介から読み取ったところによるとナイチンゲールは、看護を特異な自然哲学と同じく特異な宗教哲学の中に位置づけていた。「すべての生命あるものの次元がナイチンゲールの生命観の射程に入っている」(58頁)のだ。看護とは大きな自然のプロセスの一つである人間の回復力を助ける働きである。次のようなナイチンゲールの文を著者は引用する。

 「看護とは何か?〔看護とは〕自然が健康を回復させたり健康を維持したりする、つまり自然が病気や傷害を予防したり癒やしたりするのに最も望ましい条件に生命を置くことである(ナイチンゲール、1860、505頁)」(57頁)

 看護とは「自然と一体化していない」(75頁)病者を大いなる自然の摂理に乗せなおす手助けなのである。「自然との垂直軸の関係」(61頁)にもとづき自然治癒力に従うからこそ、清潔が重要視されることになる。『看護の覚え書き』の一見すると無味乾燥な記述を支えているのはこの自然哲学なのだ。

自然と同時に、看護は宗教的なものの中に位置を持つ。

 「神の思考、神の感情、神の目的を探しなさい。神の霊は、あなたの前にも後にも、あまねく存在しているのです。あなたの本当の仕事を行いなさい。そうすれば、あなた自身の内に神の存在を発見するでしょう(ナイチンゲール、1893、207頁)」(55頁)

 そして自然の流れを感じ取りそこに乗ることで成立する看護は、同時に神の発見の道でもある。自然科学のネイチャーではなくギリシア語のピュシスにさかのぼるような自然哲学に支えられた実践は、同時に神(著者によると必ずしもキリスト教のものではないようだ)への接近のプロセスでもある。本文で引用されたナイチンゲールの言葉を再び引く。

 「この世の中に看護ほど……自分自身はけっして感じたことのない他人の感情のただなかに自己を没入する能力を、これほど必要とする仕事はほかに存在しない(ナイチンゲール、1860b、685頁)」(101頁)

 想像を超えた苦痛に苦しむ他者の痛みのなかにあえて身を投じる力、看護に要求されるこの力は自然哲学と宗教観の支えがあるがゆえに可能になるということになる。しかしこのような神との関係は、特定の宗教における神による選びととる必要はないのであろう。著者がナイチンゲールから汲んだ主張によると「看護者には「私が今目の前のその人に呼びとめられ、選ばれたのだ」という、その人との「出会い方」が決定的に必要だ」(88頁)。つまり目の前の病んだ人から呼びとめられること、そのことが神と呼ばれることになる高さとの関係なのである。

この記事の中でご紹介した本
「看護人間学」を拓く/看護の科学社
「看護人間学」を拓く
著 者:守屋 治代
出版社:看護の科学社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年3月31日 新聞掲載(第3183号)
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