ふたつの海のあいだで / カルミネ・アバーテ(新潮社)土地の物語を未来の世代に引き継ぐための「犠牲」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年3月31日

土地の物語を未来の世代に引き継ぐための「犠牲」

ふたつの海のあいだで
出版社:新潮社
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南イタリアは両義的な土地である。美しい海、手つかずの自然、惜しみなく降り注ぐ陽光など、バカンスの目的地にぴったりの「楽園」としての側面がある一方で、貧困、後進性、政治腐敗や犯罪組織の跳梁など、思わず目を背けたくなる「地獄」としてのイメージも染みついている。本書『ふたつの海のあいだで』に描かれる、半島の最南端に位置するカラブリア州の小村(ティレニア海とイオニア海という「ふたつの海」に挟まれた土地)にも、そうした二面性が色濃く刻みこまれている。

十九世紀、アレクサンドル・デュマがイタリア旅行の最中に立ち寄ったとされる「いちじくの館」を中心に物語は展開していく。旅籠として繁栄をきわめていた「いちじくの館」は、一八六五年のとある一日、盗賊団とイタリア王国軍の衝突の場となって、無残にも焼け落ちてしまう。語り手の祖父であるジョルジョ・ベッルーシ(いちじくの館の当主の孫)は、少年のころからずっと、失われた館を再建することを夢見ていた。そのために生涯を捧げ、ついに夢が具体的な形を帯びようとしていた矢先、土地の犯罪組織がジョルジョ・ベッルーシの前に姿を現わす……。

語り手の少年は、カラブリア出身の母(ベッルーシの娘)とドイツ人の父を持つ、いわば「ふたつの文化のあいだで」生きる存在である。本書において、「二」という数字は象徴的な意味を有している。小説のプロットは、ハンブルクとカラブリアという「ふたつの土地」、過去(十九世紀)と現在という「ふたつの時」のあいだで揺れつづける。この絶え間ない往還が物語に奥行きを与え、カラブリアの小村という限定された空間を、より大きな文脈へ結びつける。

出稼ぎ移民の息子としてカラブリアに生まれ、自身もまた若き日にドイツへ移住した経験を持つアバーテは、これまで繰り返し「移住」のテーマを描いてきた。その代表的な例が、すでに邦訳の刊行されている『帰郷の祭り』や『偉大なる時のモザイク』である(いずれも拙訳、未知谷)。本書もまた「移住」の主題と無縁ではないものの、物語の中心に位置するのはむしろ、生まれ故郷に根を張ったまま動かない人物(ジョルジョ・ベッルーシ)である。けれどアバーテの文学において、移住する者たちと、故郷に留まりつづける者たちのあいだには、確かな共通点が存在する。それは、両者がともに、子や孫の世代のために自身の生を捧げている点である。ジョルジョ・ベッルーシが「いちじくの館」の再建のために多大な犠牲(sacrifici)を捧げてきたのは、土地の物語を未来の世代に引き継ぐためにほかならない(「犠牲」はアバーテ文学を読む上でのひとつのキーワードである)。『風の丘』(関口英子訳、新潮社)に登場する古代都市クリミサも、『偉大なる時のモザイク』で描かれるモザイク画も、「自分たちは何者なのか」を未来の世代に想起させる役割を担っている。

この著者におなじみの、カラブリアの郷土料理(とりわけ特産品の唐辛子を使った品々)や美しい景観の描写もまた、読書に興趣を添える要素のひとつである。細部まで彫琢された正確な訳文と、クレストブックスらしい洗練された装丁が相俟って、原書の魅力を充分に伝える書籍に仕上がっている。ぜひ、同著者のほかの訳書と併せて手に取り、カラブリアという土地の奥深さに触れてみてほしい。

この記事の中でご紹介した本
ふたつの海のあいだで/新潮社
ふたつの海のあいだで
著 者:カルミネ・アバーテ
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年3月31日 新聞掲載(第3183号)
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