辞典・事典特集エッセイ「漢和・古語辞典を使いこなして日本語の真髄を学ぶ」Part1 漢和辞典的アプローチ 縦方向と横方向から漢字をたのしむ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年3月31日

辞典・事典特集エッセイ「漢和・古語辞典を使いこなして日本語の真髄を学ぶ」Part1
漢和辞典的アプローチ
縦方向と横方向から漢字をたのしむ

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漢字の世界は、「?」に満ちています。

たとえば、「秩序」という漢字二字の熟語があります。「秩序が乱れる」とか「秩序立てて考える」などとよく使いますから、さほどむずかしいことばではないでしょう。でも、「秩」という漢字だけを取り出すと、さて、いったいどういう意味なのでしょうか?

国語辞典で「秩序」を調べると、「ものごとの正しい順序」というようなことが書いてあります。となると、「秩」とは「正しい」という意味なのでしょうか?

国語辞典には、漢字項目といって、漢字そのものを解説した項目もあります。その「秩」には、たとえば「正しい順序」と書いてあります。なるほど、「秩序」とは、似たような意味を持つ漢字を組み合わせてできあがった熟語だったのです。ただ、気になるのは、この項目には、続けて「官職」だとか「俸給」といった意味も載っていること。「正しい順序」と「官職」や「俸給」とは、いったいどんな関係にあるのでしょうか?

ここまで来たら、漢和辞典の出番です。漢和辞典では、漢字の意味をよりていねいに解説しています。たとえば「秩」なら、本来の意味は「収穫した穀物を順序よく重ねる」こと。ここから「正しい順序」という意味が生まれます。一方で、昔はお役人の給料が穀物で支払われたところから「俸給」をも指すようになり、さらにはそれを受け取る地位、「官職」をも表すようになったのです。

このように、漢和辞典のいいところは、ある漢字を、その基本となる意味から始めてひとまとめにして理解できるところにあります。が、それだけではありません。

漢和辞典は、漢字を部首ごとにまとめて収録しています。「秩」ならば、「禾(のぎ、のぎへん)」。この部首は、穀物を表します。

そこで、部首「禾」のほかの漢字を見てみると、たとえば「税」がみつかります。お役人が受け取る穀物が「秩」なのに対して、庶民が収めるのは「税」。「税金」と「秩序」が、このように結びついているなんて、ちょっとした発見ですよねえ!

あるいは、「積」も部首「禾」の漢字。つまり、この漢字ももともとは「収穫した穀物を重ねる」ことを指していたわけで、「秩」とは浅からぬ関係があるわけです。漢字を生み出した古代中国の人々は、「収穫した穀物を重ね」ながらどんなことを考えていたのでしょうか? いろいろと想像をめぐらしてみたくなります。

漢字は、こんなふうに、部首を通じて横につながっていきます。これもまた、漢和辞典のおもしろさの一つなのです。

ある一つの漢字を縦方向に深く掘り下げていくことと、複数の漢字を横方向に並べてその違いや類似を発見すること。漢和辞典をうまく活用すると、この二つのアプローチから、漢字を学び、たのしむことができます。ただ、漢和辞典はえてしてちょっといかめしいことばで書かれていますから、それを「たのしむ」のは、実際にはなかなか容易なことではありません。

それは、もったいない! 漢和辞典の記述をなんとかパラフレーズして、一般読者にも「たのしめる」ような辞書が作れないものでしょうか?

ここ数年、私はこのテーマのもとに仕事をしてきました。研究社さんから出版していただいた、『漢字ときあかし辞典』『部首ときあかし辞典』『漢字の使い分けときあかし辞典』は、そのささやかな成果です。どれも、漢和辞典的なアプローチで漢字に迫りつつ、語り口その他を取っつきやすくして、漢字の世界を「たのしめる」ように工夫したつもりです。

とはいえ、辞書とは基本的には折り目正しい書物。取り扱う内容には、おのずから限界があります。辞書の原稿を書いていると、そこにはどうしても収まりきらない話のタネが、ころころとこぼれ落ちてくることがあるものです。

たとえば、先に挙げた「秩」。本来の意味が「収穫した穀物を重ねる」ことだと知ると、ピラミッド状に重ねられた米俵が、目の前に浮かんで来ます。それはいかにも、「秩序」のどっしり感そのもの。そして、そういう組織の中で「俸給」を得るべく働くことのたいへんさまで、伝わってくるような気が……。

これはこれで、捨てておくのはもったいない!

そこで書かせていただいているのが、本紙での連載「漢字点心」だということになるわけです。

このたび、その「漢字点心」を中心とした既発表のコラムに大幅に手を加え、さらに書き下ろしのネタも大量に増補した文庫本『漢和辞典的に申しますと。』を、文藝春秋さんから出版していただきました。その名の通り、これまた漢和辞典的な、縦方向と横方向の漢字へのアプローチから生まれた一冊です。

年度替わりのこの時期、新たな気持ちで新たな辞書を探し求めていらっしゃるみなさんが、何かの拍子に、拙著にも目をとめてくだされば、この上ない幸いです。(えんまんじ・じろう氏=編集者・ライター)
2017年3月31日 新聞掲載(第3183号)
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