辞典・事典特集エッセイ「漢和・古語辞典を使いこなして日本語の真髄を学ぶ」Part2 さまざまな古語辞典 さまざまな問題点|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年3月31日

辞典・事典特集エッセイ「漢和・古語辞典を使いこなして日本語の真髄を学ぶ」Part2
さまざまな古語辞典 さまざまな問題点

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安田 尚道(日本語学者)
古語辞典は大小さまざまなものが刊行されている。大は『日本国語大辞典 第二版』(全十四巻、小学館。現代語も載せるが、古語を豊富に載せるので、現代仮名遣いで引く古語辞典として使える)、中田祝夫ほか『古語大辞典』(全一巻、小学館。のちに判型を小さくして『小学館古語大辞典』)、小は高校生の学習用の古語辞典。

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学習用古語辞典には、古典に用いられているのに載っていない、という語がある。たとえば、「点る」「似る」「集む」「焦ぐ」「栄ゆ」は載っていない場合が多い。それは、“「ともる」「にる」は現代語と意味も形も同じであるし、「あつむ」以下は現代語と形(活用)が少し異なるだけで意味は同じだから、載せておかなくても利用者は困らないだろう”ということで省いたのだろう。

一方、項目はあるが内容に問題がある、という場合がある。たとえば、多くの学習用古語辞典で「急ぐ」を引くと、“準備する、支度する”の意味しか載せていないから、古くは現代のような“短い時間で終わらせようとして行動をスピーディーにする”の意はなかったかのように見える。しかし、実際にはすでに平安時代にこの意で用いられているのである。学習用古語辞典はスペースが限られるから、こういうことは致し方ないのかも知れないが、そういう学習用辞典の中にあって、佐伯梅友ほか『講談社古語辞典』(今は、講談社学術文庫に『古語辞典』として収録)は、昔と今で語形・意味が違わない語もなるべく載せる方針のようだ。上代特殊仮名遣(高校では教えない)が巻末にまとめて示されているのも、他の学習用辞典には見られない特色である。

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上記の学習用よりも少し上の読者を想定したものとして、大野晋ほか『岩波古語辞典』がある。既存の古語辞典と同じ用例はなるべく避けて別のものを探す、という手間のかかることをしている。これは、もっと深く古語を調べようという読者にはありがたいことである。語源については大野色が強すぎるという批判もあろうが、語釈も単なる言い換えではなく分析的に説明しようという姿勢があり、上代特殊仮名遣を各項目ごとに記すなど、いろいろ特色がある。しかし、大きな欠点がある。それは、動詞が終止形ではなく連用形で載っていることである。“動詞は連用形が基本形である”とする大野の考えに基づくが、他の辞典と並べて引く時には、つい終止形で引こうとして、とまどうことになり、使いにくい。

活用語のどの形を見出しに載せるかは、各言語の伝統・慣例があり、ドイツ語やフランス語は不定法、ラテン語は一人称単数現在形、そして日本語は昔から終止形で、これは平安時代初期の辞書『新撰字鏡』や平安時代後期の辞書『類聚名義抄』以来の伝統である。

動詞は連用形を見出しとするとして、助動詞には「けり」「む」「らし」のように連用形のないものもあって連用形では載せられないから、助動詞は辞典本文にはなく、巻末に「主要助動詞一覧」として終止形で集めてある。

この『岩波古語辞典』は“動詞連用形見出し”ということさえなければ学生にも勧められるのに、と惜しまれる。なお大野晩年の『古典基礎語辞典』(KADOKAWA)では動詞は終止形で載せている。

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多くの古語辞典は、用例文において、見出し語に相当する部分は実字ではなく「━」で示している。動詞の「さす」は現代でも刺・指・差などいろいろな漢字が当てられるが、「━」では引用された古典においてどの漢字が当てられているのか知りようがない。また、『小学館古語大辞典』で「いそぢ(五十)」の項を引くと、用例に「翁、今年は━ばかりなりけれども」〈竹取・かぐや姫の昇天〉とある。この場合は漢字表記は「五十」しか考えられないが、『竹取物語』の原文が漢字なのか仮名なのかがわからない。実は『竹取物語』のどのテキストにも漢字で「五十」とあるのだが、今度は、これを当時どう読んだのか、が問題となる。数詞についての私の調査よれば、「いそぢ」という形が現れるのは十一世紀末のことで、『竹取物語』(九世紀末~十世紀初)の頃にはなかったから、「五十」は音読するのが適当と思われる。

用例文において、見出し語に相当する部分を「━」でなく原文に忠実に実字で示したものは、前田勇『江戸語の辞典』(講談社学術文庫)、『日本国語大辞典 第二版』、『時代別国語大辞典 上代編』(三省堂)、『時代別国語大辞典 室町時代編』(全五巻、三省堂)など、専門的なものに限られる。(やすだ・なおみち氏=日本語学者)
2017年3月31日 新聞掲載(第3183号)
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