三浦綾子『いとしい時間』(2000) ひる寝るを罪の如くに思ひつつ臥す哀れさを嫁ぎて知りぬ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2017年4月11日

ひる寝るを罪の如くに思ひつつ臥す哀れさを嫁ぎて知りぬ
三浦綾子『いとしい時間』(2000)

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『氷点』で知られる小説家の三浦綾子はもともと「アララギ」に投稿していた歌人でもあり、夫・三浦光世の編集による歌集も残している。『氷点』でもみられるようにクリスチャンならではの「原罪」への意識が作風に影響しており、短歌にも「罪の意識」をテーマとしたものが散見される。

掲出歌は二〇〇〇年刊行の歌集に収められているものだが、実際に作られたのは一九五九年。ちょうど光世と結婚したばかりの時期だ。何を罪のように思っているのかというとなんと「昼に寝ること」。すでに肺結核を患っていたので、横になって休んでいるしかない日があった。夫のために何もできずに昼から寝ていることに罪悪感を覚えてしまう、そんな哀れさを結婚して初めて知った、という内容の歌である。現代の目からみると、何もそんなことに罪の意識を覚えなくてもと感じてしまうような、ささいなことだ。病気で昼間に寝ているだけで犯罪者の気分なら、今の我々なんてどれほどの重罪人だろう。しかしこういうことにすら罪の意識を覚え、信仰にすがるか短歌として吐き出すかくらいしかやり場がなかったという時代が、たかだか60年ほど前にあったというのも事実なのである。

歌人としての三浦綾子は、正直なところ高く評価できるほどではない。作風は地味で、新鮮な表現があるわけでもない。ただ、戦中戦後を信仰を力にして生き抜くしかなかった普通の女性の生の記録という意味での価値はあるかもしれない。

2017年4月7日 新聞掲載(第3184号)
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