【横尾 忠則】OK!作品は常にスタンバイできている。|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの内側
2017年4月11日

OK!作品は常にスタンバイできている。

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2017.3.27
 眠れない日があるかと思えば夕べみたいに眠り過ぎる日もあり、寒いのか暖かいのかわけわからない日もある。

二回目の足の施術に中田先生来診。足もみマッサージでストレス快消効果になればと始めた。ストレスレスには認知症が一番でその人がガン患者ならいっぺんにガンも消えてしまうそーだ。ガン患者がこんなに多いのもストレスが原因だろう。

今年の美術館での個展は町田市立国際版画美術館だけだと思っていたら、もう一本個展のオファーあり。美術館名は来月14日まで公表できないそーだ。それにしても急な話だが、作品は常にスタンバイできているのでいつでもOKだ。

2017.3.28
 昨日依頼された個展の打合せ。
夜、レンタルDVDで「シン・ゴジラ」を観る。難聴のためセリフは聞こえず、絵だけで判断するしかない。それにしてもほとんど閣僚会議の場面ばかりで退屈してしまった。この映画がなぜ興業的に成功したのか、その秘密が会議の内容にあるとしたら難聴者には観賞の資格なしということになる。都市が壊滅状態だというのに、都民の恐怖感が伝わってこない。ゴジラの目が義眼みたいで死んでいる。
朝日新聞書評委員会で椹木野衣さんと(撮影・依田彰)
2017.3.29
 郷里にある大島渚さんの家で夜学が定期的に行われていて、そこにぼくは通っているが、今日は持参した本が面白くて待合室で読み続けている間に、できればこのまま帰ってしまおうと思っているところで、このことが夢だとわかる。

午後、玉川病院の東洋医学の木村先生の話が聞きたくなり、漢方薬の見直しを理由に訪ねる。随分長話をしたので待ち合いの患者さんに迷惑をかけたかな? 帰りに中嶋名誉院長を訪ねて雑談する。先生は「医者の言うことはほどほどに聞いとかないと病気になりますよ」と医者とのつき合いの心得えを教わる。

朝日新聞の今年度の第一回書評委員会に出席する。新委員の椹木野衣さんが入ってくれたので美術書の紹介が強化されることになりそーだ。会議のあとアラスカで二次会。耳が遠いので会話が不自由。ミルクだけ飲んですぐ帰る。

2017.3.30
 地下のレストランを出ると外は真暗な巨大空洞になっていた。洞窟の奥に数人で向かうが、この洞窟はなんでもヨーロッパまで続いているという。きっと途中にはアトランティスの遺跡や、地底人と遭遇するかも知れない。この目で地球空洞説を確かめたいが、照明器具なしではとっても探索できそうにもない。勿論夢の話である。
国立新美術館にて南雄介さんと(撮影・横尾美美)
2017.3.31
 ちょっと描き割りのような海岸風景が目の前に展望している。絵だと思った海から急に波が押し寄せてきた。この時の波が丘を襲って、大きい被害を出したと言う。そんな事故が起ったその過去の日の海岸にぼくは立っていたというタイムスリップの夢を見る。

足もみ三回目。手は精神を司り、足は肉体を司るそーだ。手に触れると気持が伝わるように、足に触れることで肉体が活性化すると言う。

国立新美術館の南雄介副館長が二日後に愛知県立美術館の館長に就任すると知って急遽南さんに会うために妻と娘の三人で訪ねる。開催中の草間彌生展を見終って南さんに会う。アトリエにも時々遊びに来てくれていた南さんが四年も東京を離れるのは寂しいが、せめて年に一、二回くらい遊びに来てくれるといい。草間展は展覧会というよりも万博のテーマ館を観て歩いている感じだった。

2017.4.1
 絵具を流したような赤い夕焼け空を地平ぎりぎりに光体が蛇行しながら南北に猛スピード飛行していったが、その間一秒くらい。夢は一瞬の出き事が拡張されて体験するそーだが、この夢は正に一瞬、夢の正味時間そのままだった。

雨の中アトリエまで歩いて行ったが鍵を忘れてまた取りに帰る。もっと歩けということ? ヤレヤレ。
絵は出きそーになると、また消したり描き直したりするその行為はまるで時間を塗りつぶしているようなもんだ。あゝでもない、こーでもないと。

中国に行っていた平野啓一郎さんと久し振りに電話で話す。中国のスモッグで咽を痛めたそーだ。
37年前の当時は新しかったはずの鈴木清順監督「ツィゴイネルワイゼン」を観る。芸術至上主義が逆に古きを感じる。それもまた懐しいけど。

2017.4.2
 夢のない日はなんだか夢がない。
山田洋次さんから「自己」と「非自己」について禅の公案のような設問を出される。レンブラントの自画像が様々な他者に扮装しながら自己を超えて普遍的な非自己に達する、そんなイメージを抱く。つまり個人から個へ変容する。

足もみの好転反応が腰痛を発生。成城整体院へ。夕食後タマの絵を描く。これから毎日夕食後の一、二時間、小品を描くことにしよう。

2017年4月7日 新聞掲載(第3184号)
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