対談=伊藤比呂美×栩木伸明 共振する言葉、生きるそして命の 『切腹考』(文藝春秋)から、詩と現代文学を思考する|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年4月13日

対談=伊藤比呂美×栩木伸明
共振する言葉、生きるそして命の
『切腹考』(文藝春秋)から、詩と現代文学を思考する

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切腹考(伊藤 比呂美)文藝春秋
切腹考
伊藤 比呂美
文藝春秋
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詩人・作家の伊藤比呂美氏の『切腹考』が刊行となった。白字に赤の文字がドシリと構える表紙を開けば、若き日の切腹生取材、文学的自伝、鴎外文学探求、『阿部一族』の元となる「阿部茶事談」翻訳、鴎外的創作・漱石的創作、ワーズワースの訳詩、夫の死、切腹考察etc……古今の文学作品、説教節、仏教説話等を身体に取り込んだ詩人が、鴎外文学を中心に置き、追求した「本質的な言葉」を、アイルランド文学研究者で、伊藤文学の長年の読み手である栩木伸明氏が、味わい深く解きほぐす。お二人の対談は、テキストの読み方、詩とは何か、文学とは何か、ということに触れるものとなった。(編集部)

鴎外を生きる

栩木
 この本は、伊藤さんが若い頃に生で見た、切腹愛好家の切腹の話から始まり、血腥ささとエロと擬死の満ちたところで、ぽっと二章に鴎外の名前が出てくるんですよね。そこで、ああこれは「切腹」といっても鴎外についての本なんだ、と気づきました。
伊藤
 すぐに鴎外の本だと分かりましたか? 
栩木
 二章で、鴎外が翻訳したリルケの「白」が引用されているでしょう。伊藤さんが、語尾の「…のである。…のである」の繰り返し、これは押韻だ、と思い至るところ。

そこを読んで一章に戻ると、「のである」の多用が目に止り、「…かもしれず、…かもしれず」のリズムでO氏の切腹を描写する一節で、すでに鴎外の声を借りていたのだと膝を打つ。

鴎外を読む、鴎外を書く、鴎外をする、鴎外になる。これはつまり鴎外を生きる、そういう本なのだと。
伊藤
 まさにその通りです。
栩木
 まず僕が面白かったのは、「手読み」です。カリフォルニアに住む伊藤さんは、鴎外を「青空文庫」で読むという。ただ読むのではなく全文コピペで縦書に変換して、ルビや仮名づかい、略字を正字に手で打ち直しては読んでいる。「手読み」は〈書きうつす以下音読以上の行為〉で、鴎外の〈声に指で触れ、指や腕の筋肉をとおして聴き取る行為〉だという。その手間暇とプロセスを経て、体を使って読むことで、鴎外のリズムが沁み込み、声さえ聞こえてくるのだと。
伊藤
 そんなふうにずいぶん鴎外を読んできました。内容よりもリズムに惹かれて読みました。
栩木
 読んだら、次は鴎外を書く。これは一つには鴎外の文体を実演することですが、鴎外の見方で物と向き合うこともある。例えば「どの坂もお城に向かう」の章では、鴎外が熊本を歩いたらこのように語るだろう、ということを、鴎外が比呂美になっているのか、比呂美が鴎外になっているのか、二人が重なり合うようにして書いているんですよね。

あるいは鴎外の小説から、「普請中」という言葉をキーワードに、伊藤比呂美がベルリンをいく。十九世紀末のヨーロッパは大きくて、四角くて、厳めしいのが好きだ。それを手本にした明治の日本には、大きさに対するコンプレックスや、強迫観念があった。ベルリンは現在も、社会主義で〈停滞して、くすんで、がらんどうになったのを、元に戻そうと〉普請中だと。それを批判的に見、鴎外の心持で、鴎外の文体で書き綴っている。
伊藤
 そうなんです。
栩木
 僕たち研究者にとって「読む」とは、分析して切り分ける行為ですが、伊藤さんにとっての「読む」は、書物を生き、テキストに入り込むことなんですね。

そのあり方のヒントになったのは、伊藤さんの「ぢいさんばあさん」の読み方でした。るんというおばあさんは、子どもに早くに死に別れ、愛する夫とようやく再会できたのも七〇代になってから。そのどこが理想的な話なのかふしぎでならないが、〈どうしてもそうなのだ〉と、書いている。なぜ、どうしてもそうなのか。それは伊藤さんがるんの中に入り込んで読んでいるから。るんは伊藤さんで、伊藤さんはるんだから。るんのおじいさんに対する愛も、全て自分のものになるとき、それは理想以外の何物でもない。解剖しない、ある意味究極の読みの姿勢がここにある。このようにテキストを分たずに繋いでいくものが何かといえば、それは「愛」なのではないでしょうか。
伊藤
 それは誰に対する愛?
栩木
 るんであり、鴎外であり、自分への愛でもあるかもしれない。なぜなら、鴎外はくり返し同じ女について書いていて、るんもいちも安寿も安井夫人も花子も同一人格だから。

花子についてはほとんど説明されずに、ただ〈山は遠うございます。海はぢき傍にございます。〉というたった一行が、中盤辺りにぽつっと出てくる。これだけ眺めても分からない。でも「花子」を読むと分かる。花子は、パリでダンサーをしている。見栄えはしないけれど、知的で芯が強く能力がある。そして故郷を遠く離れた移民である。ああなるほど、これは伊藤比呂美だ、と分かる。るんは比呂美で、比呂美はるんで、るんは花子で、鴎外でもある。

伊藤さんは、鴎外の現代文学翻訳集「諸国物語」にも迫ります。なぜ鴎外が海外の同時代の作品をこれほどたくさん訳したのか。それは当時ベルリンで、文学サロンを開いていたユダヤ系の女性の影響である、と。伊藤さんは鴎外になり、あるいはサロンの女主人になって、当時のまなざしで場を描く。

理屈ではない真実がここには描かれている気がするんです。
伊藤
 まさに、鴎外をする、そして鴎外になる、ですよね。
詩とは何か

栩木
 「ヰタ・リテラーリス」の章では、「ヰタ・セクスアリス」の文体で、伊藤さんが自分自身の文学的な自伝を語り始めます。その途中で声が変わり、「伊藤しろみ」になる。伊藤しろみと著者は、似ているけれど区別しなくてはいけない。そうして語られるのは、前夫に対する学恩です。今ここで鴎外をしているわたしの源に、前夫の与えてくれた「説教節」があり、言葉があったと。

この本は、かたちは散文ですが、伊藤しろみという仮面をつけた伊藤比呂美が語る、抒情詩集なのだと思います。これが詩である証拠には、散文だけどリズムがあって、音楽性を常に確保している。そしてフレーズの繋ぎ方が俳諧・連歌的に、非常にポエティックである。
伊藤
 具体的には、どこですか?
栩木
 例えば先ほどの「…のである。…のである。」のところ。伊藤さんは、鴎外の「のである」が挟みこまれると、文章がぎくしゃくと揺れ、視点が折り返されて光景が変わると言っています。なるほど、と思った次のパラグラフには、南カリフォルニアの光景が描かれる。

それは切り立った崖の地層の話で、そこから鴎外の文体の多層性へと話が続いていく。鴎外には、一番下に幼少期から親と話してきた言葉、その上に津和野言葉、東京に出て覚えた言葉、江戸言葉、書き言葉、くろぐろと漢文があって、一番上に西欧語がある。鴎外の文体は、言葉が層になって見える、と。このフレーズの転換は詩的です。

また、「地震」という章には、熊本地震とクライストを訳した鴎外の「地震」が重ねて語られるのですが、ここにもいい比喩がある。鴎外の文章は擬古文だったり当用漢字が使われていなかったり、固有名詞に傍線が引いてあったり、とてもごつごつした読みにくいもの。それを〈近代戦の兵士が、源平の頃の鎧甲で武装して、弾丸が飛び交い土煙が舞う茶色い戦争に飛びこんでいったような、そんなイメージ〉だと評する。「茶色い戦争」は中原中也の「サーカス」ですね。
伊藤
 誰がわかるだろうと思ったけれど(笑)。
栩木
 こういうところにも、これが詩である証拠が埋め込まれている。先行する文学作品とさりげなくリンクしながら、人間とは何か、美とは何か、ということを比喩で表現するのが詩の役割。この一節はきわめて詩的で、かつ機能的には、鴎外の翻訳文体について説明している、そういう文章です。

そして、伊藤さんのテーマとして見逃せないのは、身体性です。今作では「切腹」について体で知ろうとする。つまり、命と私、生と死というものが、頭ではなく体を通して、どのように腑に落ちるか。古武術、手裏剣、乗馬、ズンバや居合等々を通じ、身体で考え続けている。

例えば「刀剣研究会」に参加したときの様子をこう描きます。〈先生が言葉を声に出す。(略)それをぽーんと離れたところに投げる。(略)しばらくして一人が音も立てずに立ち上がり、中腰のすり足で、声を取りに行って拾い上げ、塵など払って先生にそっと返す。すると先生は、またぽーんと、離れたところに放るのである〉と。物のように「声」を取り扱い、投げたり、拾ったり、塵を払ったり。こんな風に日本式のコミュニケーションを、身体的に、一つの情景として比喩に出来るのは、伊藤比呂美という詩人の秀逸さです。これを詩と言わずして何と言うか?
伊藤
 うれしいです。これは詩ですよね。
栩木
 それから、人が死んでいく状況の描写。〈いろんな夫が何十にも分かれてひとりの夫の中にいる。(略)何十に分かれた一つ一つの夫が、一つまた一つと動かなくなっていった。おれは死ぬのか死ぬのかと、しょっちゅう考えているのに、そうだ、死ぬのだと断定する直前に脳の動きが麻痺するようで、それでいつまでもそのいちばん大切な部分を理解しないまま、死ぬのか死ぬのかと考えつづけ、結論はいっこうに出ないままだ〉。これは、他人事を外から描写しているのですが、人間が衰えていくということをこれくらいリアルに表現したものは、めったに読んだことがない。感情はここにはなくて、現象をいかに正確に記述するかに尽した言葉。これが詩の言葉の本質だと思う。
伊藤
 鴎外の死の描写には、切腹して、斬られて衝かれて、血は当然出ているし、痛みも苦しみもあるはずなのに、それが全く書かれないんです。苦しい悲しいという感情が、常態として纏わりついている死というものから、そういうものを無くして表現したらどうなるのだろうと。それをやってみたかった。
栩木
 いわゆる「切腹文学」を読むと、「ググーッ」とか「ううっ」とか擬音が多用されるのだけど、鴎外はそう描かない。静かで正確で。
伊藤
 そういう鴎外の言葉に惹かれるんです。

骨のような言葉

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伊藤
 ポルノとしての切腹小説は、もっと言葉がないと成り立たなくて、それはオノマトペが、共通概念で成り立っているのと根が同じように思います。例えば「ぬ」という音には、「ぬるぬる」とか「ぬばぬば」というぬめる音感が共有されている。それなしで全くオリジナルのオノマトペを作れるのは、宮沢賢治ぐらいです。ポルノにわたしたちが要求するもの、欲情を催す表現というのは、ある程度お定まりのものなんです。
栩木
 サービスとして添加されたジューシーな、一見気をそそるようなもの。それをそぎ落としたのが鴎外の言葉であり、鴎外をした伊藤比呂美の言葉。そっけないぐらいに肉をそぎ落とし、そこで起こっている現実の本質の骨組みだけを、極めて正確に描く、ということですよね。
伊藤
 例えばベケットは、そうした本質的な言葉に近い人だと思う。それからイェジー・コシンスキ。彼はポーランドで生まれ、若い頃にアメリカに渡って英語で書き始めたという人ですが、彼の「Being There」という作品は、何語にも翻訳可能な、まったく骨のような言語です。私は『テリトリー論』の後、何を書いていいか分からなくなって、コシンスキの骨のような言葉を求めたことがありました。まずやったのは、述語や主語にかかっていく形容詞をどんどん外すこと。しばらくやってみて、これでは駄目だとやめたのですが。
栩木
 『テリトリー論』までの伊藤さんの詩はむしろ、たくさんの言葉が湧き出してくるようなものでした。それに対して違うことをやってみたかった?
伊藤
 前夫のMさんに、〈おまえは「夥しい」ばかり使っている〉〈同じことばかり書いている〉と言われたから(笑)。他のことができないかと、悩んでいた時期だったんです。その頃、本屋で手当たり次第に英語の雑誌を買ってきて、開いたところを翻訳する。コピーを何回も何回もかけるみたいに翻訳をどんどん変えていく。そんな前衛アートのようなこともしましたね。骨のような言葉、根源的な言葉を求めていた。
栩木
 やはり言葉との関係の作り方が身体的ですよね。本の中で、ローマ字の説教節を一字一字日本語にしていく場面もあったでしょう。
伊藤
 あれは、十六世紀頃の、キリシタンの説教を聴いた人々の声が、ワッとわいてくる感覚でした。忘れられないですね。

ポーランドに行った最初の年に、ポーランド語を一字一字調べて読んだ短い小説があって。「石鹸」と出てきて、ああ石鹸の話だと思っていると、「人の体」とか「血」とか「油」とか……つまり、人の油で石鹸を作ったのだ、と。終戦まもなくアウシュビッツの視察に行った人の見聞記でした。それはただのトランスレーションで、ただの剥き出しの言葉だったのに、どれだけ肉体的に迫ってきたことか。

鴎外は、ドイツ語を読んだら、パッと飲み込んでパッと出して、それを書生か誰かが口述筆記していたと思うんです。その能力がうらやましいですが、わたしのように時間をかけて身体に響いてくるのもまた、「読む」行為なのかもしれませんね。
栩木
 そんなふうにして、「阿部一族」の元になった「阿部茶事談」も翻訳している。
伊藤
 それはほとんど逐語訳で、「比呂美の阿部一族」にはなりませんでしたが。

生きること 死ぬること

栩木
 そんなふうにずっと言葉と向き合って生きるうちに、遠く遠くへ、カリフォルニアまで辿りついたんですね。
伊藤
 決意もないまま、気づいたら本物の移民になっていました。

二〇年前にカリフォルニアに行ったことは、ゆるい形の自殺だったと思うんです。死にたくないから、死なない形の自殺。生き延びようと思って、子どもを連れて、無理心中していたような気がするんですよね。日本語の詩人が、日本語のない外国に住むなんて、そんなのぜったい駄目ですよ。でもいいか悪いか考える前に、そうしていた。そのときそのまま日本にいたら死ぬ形の自殺を選んだのではないかと思う。

ただその前に、子どもを産んでいるんです。子どもを産んで、ある意味「毒」が出た。そのとき生まれた子どもは悪たれ(笑)。その時点で、瀬戸際の死ぬの生きるのは、クリアしていたと思うんですけれどね。
栩木
 きれいごとみたいな言い方になるけれど、それは作品を産み落とすことと似ているのではないですか。心身に溜まったものを浄化するというような。
伊藤
 似ていると思います。作品を書くと、心の中のいろいろなものがpurifyされる。父が死んだとき、私はなんで父を捨ててアメリカに行ったろう、という悔恨がずっとあったんですよね。ところが夢を見て、それを書きつけて、また夢を見て、書きつけて……見る度に深く深く深く無意識に入り込む経験をしたんです。夢なので荒唐無稽で理屈は通らないけれど、わたしには分かって、そうだったのかと納得して。それはわたしにとって治癒でした。

連れ合いのことは、死んでからも「切腹考」の連載に書いていたでしょう。それが父のときと全く同じような効果だったのね。なんで私はアメリカにいるんだろう、なんでこの男といるんだろう、贖罪のために看取っているのか、と考え続けていたんです。でも死んでいく過程を見続けて、描写して、考えて……そうしたらすっきりした。子どもたちが心配して電話をかけてくれたのですが、いやもう大丈夫、大丈夫、「文學界」に書いたから、もうすっきりした、とか言って(笑)。
栩木
 いろいろ大変な思いもさせられた旦那さんだったけれど、その死に対し、言葉を尽くしていますよね。旦那さんの愛唱詩「ダフォディル」の訳がまた、とってもいいんだよなぁ。

最終章で、伊藤しろみが、絵描きとして生き抜いた夫を弁護するところも胸に響きます。息子は父のことを〈自分がいかに有名になるかということばかり考えていた〉と理解しているのだけど、〈それは違う〉と珍しく反論する。〈彼がひたすら考えていたのは、自分が次に何を作るかだ〉と。これは、言われたい言葉です、自分が死んだときにね。
伊藤
 そういうのを「愛」と言われるのは、嫌い。
栩木
 でも、愛でしょう。
伊藤
 愛って何ですか。仏教的にいうと執着? 
栩木
 大事にすることじゃない? そして忘れないこと。
伊藤
 確かに、大事にはしていたと思います。
栩木
 でも死体になってしまったら、ああこれで終わった、どうでもよくなった、というのも分かる気がするんだよね。物に対する執着はない。もう一緒に暮らさなくていい。気難しさの矢面に立たされなくていい。あとは記憶の中で、思い出せばいい。
伊藤
 『ベンジャミン・バトン』という映画があって、それは老人で生まれた男が、どんどん若返って、赤ちゃんになって死ぬ話なんです。女は普通に赤ん坊として生まれて、四〇歳ぐらいで年齢が交差して子どもを産むのね。そして離れていく。ベンジャミン・バトンが七~八歳になったとき再び出会うのだけど、女は認知症になっていて、ベンジャミンのことが分からない。でも彼を引き取って、最後は赤ん坊として、女の手の中で死ぬんです。

夫の下の世話をして、父のも少しだけしたでしょう。おちんちんを手に取って溲瓶に誘導すると、それはとても小さかった。『ベンジャミン・バトン』がリアルだった。それはもっと大きなイキイキとしたときもあって、子を作って仕事をバリバリやって。でも今、こうして小さくなって、手の中で死んだのだ、と。連れ合いを看取った時、「し遂げた」という感じがした。その経験は、とても大きかった。それを書かざるを得なかったわたしは、何なのだろうとは思いますね。
栩木
 その介護の情景ですが、〈溲瓶の口にたどり着く前に、もうぴゅっぴゅっと、ちぢんだペニスからおしっこが迸り、若い人たちのおしっこの迸り方とは違って、ぴゅっと飛び、途絶えてまた、ぴゅっ、またぴゅっと飛んだ。溲瓶を濡らし、わたしの手も濡らした。夫の腹を濡らし、腿を濡らし、ズボンの外も、中も、濡らした〉。西脇順三郎の「雨」の本歌取りですね。
伊藤
 ああ、西脇だ。
栩木
 どうして無意識にこんなふうに語れるの?
伊藤
 どうしてだろう。リズムが身体に沁みているのかな。
栩木
 これは鴎外について多くを語る本だけど、西脇とか漱石とか、別の声も様々にふーっと読み込まれています。経験を言葉にしようとするときに、書物で読んだ誰かの言葉が共振して、リズムとリズムが触れ合い、シンクロしてくる。
伊藤
 文学って、そういうものですよね。
栩木
 英語の詩には共振の追体験をさせてくれるものが多いですね。日本も前近代の能の謡曲や俳諧や和歌の伝統では、本歌取りが意識的に行われてきた。でも近代日本では、そういう流れがどこかで断ち切られてしまったように感じています。

神話が肉体を持ったものとして表れる伊藤さんの作品を読むときの心構えは、エリオットやイェイツ、ダンテを読むときと同じです。『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』には神話語りの「デーメテール賛歌」がエコーしていました。
伊藤
 そうそう。書いていて、ああ、ここはデーメテールだ、と。その響く瞬間の感動といったらないですね。

例えば、能には各行ごとぐらいに引用があります。引用先も多岐に亘り、和歌からお経から様々。さらに、和歌には本歌取りがあり、お経も他のお経からの引用がある。そういう伝統の受け渡しのようなことが、現代の文学では失われてしまっていると思いますか。 
栩木
 近代のある時期以降、日本文学は換骨奪胎の伝統を捨てました。共同体に寄りかかってはいけない。皆が同じものを理解していることを前提にして、書いていてはだめだと。
伊藤
 この本では、まさに鴎外を共通理解として書いています。でも今、鴎外は共通理解ではないんですよね。
栩木
 皆がシンパシーをもって伊藤比呂美を読めば読むほど、鴎外に遡って、鴎外を読みなおすことになる。だからこれは教育でもあるんです。 
言葉が共振する喜び

栩木氏作『切腹考』-鴎外作品選集
伊藤
 最近、鴎外の「サフラン」が幾度も立ち上ってきて、直接は出てこないのですが、私の中では、「ダフォディル」というタイトルと呼応しているのね。
栩木
 ワーズワースの「ダフォディル」を伊藤さんが訳していますが、とてもよかった。こういう声で吹き替えてみたいけれど、とうていできません。〈おれはカウチに寝ころんで/ときにぼんやりものを思う、ときにしんみりする/するとあれが心の目によみがえる/この孤独のおかげだ/おれの心は喜びにあふれ、/おどりだすのだ、ダフォディルとともに。〉

とても正確で、でも独特で、日本語として魅力的な訳。この詩句には、ワーズワースの詩論の核心が反映されているんですよ。
〈Poetry is the spontaneous overflow of powerful feelings:it takes its origin from emotion recollected in tranquility.〉という文章が ワーズワースの『リリカル・バラッズ』という詩集の序文にあります。詩というのは、強い感情の自ずからなる発露である。そしてそれは、静かな状態で想起された感情に水源があるのだ、という詩的宣言です。
伊藤
 私がこの本の中で得意だったのは、この詩の訳と、漱石がマーマイトについて子規に書き送った手紙の創作。両方ともずいぶん時間をかけました。
栩木
 〈せんだつて食卓の上に見慣れないものが置いてあつた。土瓶にシャ入つてゐて真つ黒い。これはなんですかと下宿の妻君に聞いたら、新発売のマアマイトと云ふもので、ビイルの酵母からできてゐて、ベジタブルのエキストラクトが詰まつてゐて、お体にたいへんよろしいさうで御座いますと云つた。(略)君ならタアルの方が増だと云ふか知らん。タアルは食つたことがないが、こつちは実に工業的な味だ。煉瓦造りの四角い建物や労働者のどた靴なんかを想起させる IndustrialRevolutionを煮固めたやうな味だ〉。まさに、子規を相手に語る漱石の声です。
伊藤
 漱石っぽいでしょう。
栩木
 マーマイトは納豆みたいに癖のある食品だけど、漱石が倫敦に留学し、子規が亡くなる一九〇二年の発売なんですね。本当にこういうやりとりがあったかもしれないと思わせる。そしてマーマイトは旦那さんに纏わる思い出をも呼び起こす。

読者の中で、今読んでいるテキストと、自分が知っているテキストが共振するわけです。伊藤比呂美を読んでいる今と、漱石を読んだ記憶とが響き合う体験。これこそ文学だと思うんです。

漱石も『吾輩は猫である』では徹底して引用していますよね。
伊藤
 『草枕』もそうです。そういう意味では、一九〇四年の漱石は、語り直しから、小説を書き始めている気がするのね。

現代日本で、すぐ思いつくだけでも、いとうせいこうさんが、後藤明生の『挟み撃ち』とゴーゴリの『鼻』をベースにして書いているし、星野智幸さんは『千夜一夜物語』、古川日出男さんは『源氏』で、町田康さんは『義経記』を使っている……。ほかにもそういう試みはあるかもしれない。でも確かに、現代詩の分野などでは、前時代を切ろう断とうという働きが強い気がします。
栩木
 辻井喬の『わたつみ 三部作』はエリオット流の本歌取り詩法をわがものとした長詩でした。ただ、昭和史を詩で描くというテーマが非常にシリアスだったので、伊藤さんやせいこうさんや漱石のように、教養を含みつつ、本歌を知らなくてもそれなりに面白く読める、軽みはなかった。

進化論的な文学史を構築しようとすれば、本歌や下敷きがあることは前近代的で価値が低いとみなされる。パロディは低級な表現で、現代語訳は研究の材料に過ぎず、原文に似て非なるもの。文学としては認められない、という原文至上主義が根強くありました。

昭和の後期、海外文学や古典の翻訳がたくさん出たけれど、一般読者には難しいものが少なくなかった。翻訳は研究者のサブテキストになって、翻訳文学が一般読者から離れてしまったんです。でも海外翻訳で柴田元幸や岸本佐知子が出て、翻訳が文学の側に取り戻された。海外文学は光文社の古典新訳文庫が、古典文学は河出書房新社の『池澤夏樹個人編集 日本文学全集』が決定的に変えて、現代日本語による文学は豊かになったと思うんです。

伊藤さんが樋口一葉を訳したのは、かなり早い時期でしょう。
伊藤
 九六年です。
栩木
 その頃はまだ、そういう流れは見えていませんでしたね。でも「日本霊異記」を題材にした『日本ノ霊異ナ話』の頃には、かなり意識的に古典翻訳に取り組むようになっていた。伊藤さんはパイオニアですよ。
伊藤
 説教節から、「往生伝」「聖人伝」へと読みまくった時期がありました。語りもの、生きる死ぬるに関したもの、近代の価値観にのらないもの、そういう要素を備えた「説教節」に夢中でした。そこから「日本霊異記」に辿り着いたのだと思います。宗教的な信仰というゆがみを持った言葉は、現代の学者たちの学問に対する信仰でゆがんだ言葉と似ている気がして。その信仰に心が動かされるんですよね。
栩木
 数ある説話集の中で、あれを選んだのは、すごいセンス。一番古くて、一番エロくて。
伊藤
 つくりが一番雑でね。その少し前は、翻字されていなかった。私にとって幸運だったのは、ちくま文庫に上代日本文学者の多田一臣さんの訳したものが入ったこと。その翻訳が、すとんときたのね。
栩木
 あれはぶん殴られるほどの衝撃だった。聖と俗が背中合わせに癒着している世界でしょう。「法悦」という言葉がぴったりくる。宗教的な悦楽と性的な快楽が合一する境地。
伊藤
 それが何の不思議もなく、普通に扱われている。同じ身体なのに、なぜ性器と手や足や頭とをひとしなみに扱わないのか、と詩を書き始めた頃から考えてきたけど、それがまさになされている。『宇治拾遺物語』や『今昔物語』に比べて、ずっと言葉数が少なくて、言葉が吟味されている。先ほどから言っているような、骨みたいな言葉のその始まり、そういう気がしています。 
栩木
 近年の伊藤さんの詩泉はそこですね。いくつかの大きな流れがそこから始まった。
伊藤
 今いろいろと仏教関係のことをやっているんですけど、私の仏教は仏教説話から来ているので、宗教ではないんですよね。
栩木
 でもそこに身体性が入ってくる。藤田一照さんとの対談『禅の教室』では、体を使った修行によって高い境地へ辿り着こうとする禅の実践者に質問して、そうした境地を言葉化してもらっています。

切腹とは、命とは

書き込み貼り込みのあるテキスト
栩木
 終りから二つ目の章に、伊藤さんがこの本を書こうと思った動機が仄めかされていると思います。老いて不自由になった夫が安楽死を求めるようになった。でも〈生体は生きたい。死は望まない〉ものだ。〈わたしはそれを、長い時間をかけて死んでいく人の死を見届けるたびに確認してきた〉と。その自問自答が、切腹する人々の〈日々を生きる、生体の喜びは、どこに行くのか〉という解けない疑問へとリンクしていく。
伊藤
 ずっとふしぎでしたし、分からなかった。
栩木
 でも旦那さんは施設から自宅へ戻ると、また生きたくなるんですよね。青い空を見て、笑顔をこぼして。
伊藤
 そう、また生きたくなるんです。depressionがない限り、人間は生きたいのだと思うんです。私も苦労してきたので、自殺願望もありました。でもそういうときは必ず鬱だった。depressionのないときは、生きたい。というか死ぬことを考えてもいない。

だから、切腹というのがどうにもねぇ。それで、マニアックな喜びがあったのではないかとか、あるいはホモセクシュアルが昔は文化だったのと同じように、文化として考えるしかないのではないか、などと考えてみましたけどね。
栩木
 昔の衆道と今のゲイとは違うのか、と友人Jに尋ねていますね。その答えがとても面白い。〈現在の『ゲイ』と名乗る人たちに尋ねれば、自分のセクシュアル・アイデンティティは自分の性格の中心のところにあると答えるでしょう。(略)ミシェル・フーコーによると、そういう考え方は十九世紀の変態心理と医学研究の結果です。彼によると、十九世紀以前の西洋では、セクシュアリティは単なる行為の連続でした。アイデンティティに繋がるものでもなかったのです〉。かつてセクシュアリティは単なる行為の連続だった。自分がゲイであるかないかという意識は、分析という行為によって作られたもので、そうした考え方は案外新しいものだと。そうなると、切腹の見方も変えなければいけない。
伊藤
 アイデンティティがあるからこそ、生きる死ぬるがあり、死ぬのが怖いし、切腹が痛いのだ、と。
栩木
 そうした生死観は、ユーカリの大木の遺言のような、最終章へと収束していきます。死んでも死なない、植物的サイクルとしての命。始まりと終わりがない螺旋や円を描く命。自分自身として、〈森林太郎トシテ死セントス〉と言った、鴎外の遺言をも包み込むような。そこに伊藤さんの一貫した生命観が表れていると思います。

「オオアレチノギクを抱きかかえる」の詩を書いた頃に始まる仏教的な死生観が、カリフォルニアで「帰化植物」のように暮らしてきた経験を経由して、じきに切り倒されるであろうユーカリの声に耳を澄ますところまで深められているのですね。
伊藤
 あれから何も変わってないんですよ(笑)。
栩木
 全て必然性があるからですよ。熊本とカリフォルニアというコントラスト、共に生きた文学と夫たち、移民としての自分を表象するオオアレチノギク、あるいはユーカリ。伊藤さんの作品は、全て自分のライフから繋がっているのだと思います。 
2017年4月7日 新聞掲載(第3184号)
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