新連載=ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」(第1回)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」
2017年4月11日

新連載=ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」(第1回)

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映画史の中にヌーヴェルヴァーグ(新しい波)をもたらした「カイエ・デュ・シネマ」の作家たちとともに記憶されなければならない「映画の人」がいる。トリュフォーの『大人はわかってくれない』のメトロの出口で、ゴダールの『勝手にしやがれ』の路上にて、リヴェットの『セリーヌとジュリーは船で行く』の劇場にて、私たちが目にする人こそ「映画の人」ジャン・ドゥーシェである。しかしながら、ヌーヴェルヴァーグの一員としてのみ彼の名を記憶してしまうのは正しくない。ドゥーシェ氏の活躍はヌーヴェルヴァーグの時代に終わらず、今日まで仏映画界の第一線で続いているからである。映画批評家として毎週シネクラブを開催し多くの観客を魅了し続け、またユスターシュからデプレシャンまでの作家の良き相談相手として、世代を超え国境を越え映画芸術というものに大きな影響を与えている。

「一握りの専門家の側にいるよりも愛好家の側にいることを好む」と公言し、70年以上にわたりシネフィリー(映画愛)というものを実践し続けるドゥーシェ氏には、今回の連載を通じて「映画とは何か」「映画作家とは何か」「映画批評とは何か」という問題について語ってもらう。溝口健二の映画をこよなく愛し日本映画の愛好家としても知られているドゥーシェ氏からは「このような機会をいただけて非常に光栄です。これからの連載が多くの読者に読まれ、日本の映画がかつてのような輝きを取り戻すことを期待しています」との言葉を頂いている。 (久保宏樹)


全ての芸術に関わる芸術

HK(久保宏樹)
 これからの連載を始めるにあたって、質問の核心からつまりは「映画作家とは何か」ということから始めようと思います。最近までの映画の言説に関して言うと、映画批評の中でもしくは大学研究の中で映画作家という考えから発した「作家論」のようなものが多かれ少なかれ関わっていると思うのですが、あなたにとって、そしてヌーヴェルヴァーグの作家にとって「映画作家」とはなんだったのでしょうか。映画作家という言葉の初出は1917年のルイ・デュルックのテクストの中のようです。彼の解釈では映画作家とは単純に映画監督だけではなく、映画に関して思考を巡らしながら関わる人、つまりはカメラマン、脚本家、そして批評家でもあったようです。実際のところデュルック自身が映画監督であり批評家でありました。この観点から、『カイエ・デュ・シネマ』の批評家たちはすでに自分たちを映画作家だと考えていたのでしょうか。そしてまた、他の批評家たちも映画を考察している点では潜在的に映画作家と言えるのでしょうか。
JD(ジャン・ドゥーシェ)
 そのような考えとは大きく異なります。映画作家とは、映画とは何かを知っている演出家のことです。ただ単純にシーンを演出する、つまり脚本にあることをそのまま映像に置き換えるような演出家ではありません。映画作家とは映画独特の表現を、映画固有の仕事を考える演出家のことです。映画とは絵画や音楽、その他の芸術と同じくらい複雑なものなのです。映画作家には創造が不可欠なのです。その一方で、演出家はテクニックしか必要としていません。率直に言うと演出家とは、これをやりなさい、あれをやりなさい、と指示をすることに必死になっている人のことです。彼らは物事の表層しか見ていないと言えるでしょう。映画作家は一方で物事のより深い段階にいます。
HK
 つまり、ヌーヴェルヴァーグの時代には、そして今日においてでもですが、映画作家と呼ばれるに値する映画監督は非常に限られているのではないでしょうか。
JD
 疑いようのないことです。映画監督全体のほとんどは映画作家ではありません。50年代には間違いようのないことでしたし、これから先も同様でしょう。

映画の演出家と呼ばれる人には、作るだけの人と言えるような部分があります。そしてこの作るだけの人が映画を演劇のようにして作ってしまうのです。演劇の演出家とは一つの戯曲を作り上げるために、ただ単に舞台の配置をする人です。劇場において文字通り、場に劇を作り上げます。劇場において演劇作家とは直接的存在です。映画作家の仕事は根本的にこの種の演劇とは異なります。大部分の演劇の演出家はテクニックだけで演出をする人であり、そのような演出家たちが、演劇自体を新たに再発明しようとしている作家たちを妨げ続けています。映画作家に関しても状況は同じです。
HK
 実際のところ、『カイエ』の時代とは新たに映画の言葉を、つまり映画についての概念を発明する時代だったのではないでしょうか。「映画作家」「演出家」「~主義」というような言葉が様々なところから借用されています。
JD
 映画の問題は、その最初期では理解されていませんでした。つまり映画とは何かという問題です。映画とは創造の世界に突如現れた新しい発見だったのです。映画はその最初期において、他の技術の背後に埋もれた一つの技術でしかなく、創造の世界に属するとは考えられていなかったのです。だからこそ、他の創造と考えられていた分野から概念を借用する必要があったのです。つまり、劇作法という点からは演劇、構図法という点からは絵画、そして空間を扱う芸術という点からは建築、物語を語るという点からは文学から影響を受けたのです。そして最も困難だったのは音楽からの影響です。確かに音楽は映画のリズムに影響を与えているのです。トーキー映画だけでなく、無声映画にも確かな音楽の影響が見られます。要するに映画とは全ての芸術に関わる芸術でした。そのため、多くの芸術からの反発もあり、長年にわたり新たな芸術として語る権利を奪われていたのです。どちらにせよ映画とはただの技術的発明ではなく一つの芸術だったのです。

そのことを証明するために、映画作家というものの存在が必要だったのです。グリィフィスの時代からつまり1910年代から、映画も一つの芸術であると証明しようと試みていた映画の人はいました。正確には1920年から1930年にかけてと言った方が良いかもしれません。どちらにせよ、1920年から1930年においては、多くの人にとって、芸術としての映画という観念はまだ存在しておらず映画が一つの言語として考えられていました。その一方で、1920年から1930年にかけて突如、映画に関わる人たち、とりわけ映画監督が、他の芸術言語とは異なる映画独特の言語を理解したのです。そして、この映画独特の言語から、もしかしたら芸術である映画があるのではないかと考えるようになったのです。そういうわけで、1920年から1930年の間に、映画芸術の歴史を切り開いた、グリフィスに代表される映画芸術家つまり映画作家の最初の世代が現れたと言えるでしょう。今日においても非常に興味深い作家たちです。

愛する技法=愛すべき芸術

HK
 今日においては映画作家というものの捉え方が大きく異なっていると思います。ここ最近のパリの若者に、映画作家として人気なのはグザビエ・ドーランやレオス・カラックスのような映画監督たちです。おそらくドーランの撮るような、その場しのぎのテクニックに頼った映像が、MTV世代以降の若者にはとっつきやすいのかもしれません。カラックスはカルト的な映画作家として、若い世代で、批評家をも含めて擁護する人がたくさんいます。戦時下の外部から遮断されたサラエヴォですらカルト的人気を誇っていたという逸話まであります。
JD
 はい……カラックスは現代の映画作家と言えるかもしれません。しかしながら、今日におけるこのような傾向は、非常に残念なことです。

確かに現代においても映画作家として擁護されるべき作家たちがフランスにはいます。しかし、私の意見では、それはカラックスではありません。それだけのことです。カラックスの映画には、非常に小器用な作るだけの人という面があるのではないでしょうか。彼が映画と向かい合う方法には、心の底では映画が好きになりきれていないような不安がつきまとっています。
HK
 別のところでは、現在のハリウッド映画、とりわけSF映画やシリーズものの映画をどうにかして擁護しようとしている映画批評家もいます。例えば、X―MENのシリーズを手掛けているブライアン・シンガーの映画を、もしくは有名なところではジョージ・ルーカスの映画を擁護する人々と言い換えてもいいかもしれません。そして批評家の名において、このようなジャンル全体が、どうしてこれほどまでに人々を惹きつけるのか分析している人もいます。このような方法は社会学的分析というのでしょうか。言ってみれば、他の映画からは非常に孤立した人々だと思います。
JD
 その種の映画には興味がないので知りませんし、お答えすることもできません。しかし、もし言えることがあるとしたら、それはただ単純に全世界的であり個々のくだらない傾向によると思います。つまりは個人個人が自らは知っていると思い込み、経験を通じて知るということを受け入れなくなっているのです。皆が続けるようにして、私は知っている、僕は知っている、と繰り返すだけになっているのです。外部を受け入れることがなければ、知ることはできません。自分語りをする人たちは外部には興味がないのです。私はこれを見た、私はこう考える、私はこれを言う。このような考えの中には、非常に多くの間違いがあるのは明白です。

重要なことは、外部の存在を受け入れるということです。外部の存在というのは、芸術においては作品です。映画においては一本のフィルム、演劇においては一幕の舞台、絵画においても同様です。外部は常に存在するのです。私に関して言えば、常に作品の中に入り込まなければいけません。その作品を自分のもののようにして好き勝手に外から解釈することはできません。作品の中に私があるということです。それだけのことです。

何を解釈するか、何を見るか、何を本当に見たのか。それが問題なのです。映画を見るということは単純に目で見るということではないのですが。
HK
 映画作品を解釈するということは、才能の必要なことなのでしょうか。
JD
 私が思うに根本的なことが一つあります。それは生を愛するということです。生活の中で喜びを感じなければいけません。その結果映画の快楽というものに行き着くのです。このような理由で、私は自らの批評を《愛する技法=愛すべき芸術》と名付けたのです。これだけです。他に必要なことはありません。もし映画が好きではないのなら、話をしても面白くないでしょう。

残念なことですが、実際のところ映画を嫌っている批評家は少なくありません。根本的なところで映画が好きではないのです。音楽の批評家や絵画の批評家でも同様です。好きではないのです。多くの批評家は、この作品が好きではない、どうしてこの作品が良くないのか、どうして悪いのかということで、批評家の肩書きを得て名声を得ています。

『勝手にしやがれ』

HK
 実際のところ、様々なところで映画作家の、作家主義の間違った考えが浸透しているのではないでしょうか。
JD
 昔からその種の間違った考えはありました。『カイエ』がこの考えを持ち出した時から誤解が生まれています。映画に対する深い無理解をやめられないのです。映画については何もわかっていないのです。

時には非常に趣味の悪い映画監督を持ち上げているのですが、疑問を抱かずにはいられません。そのような人々の批評を読むと、映画芸術とは何か、映画の言語とは何か、映画が何を言いたいのか、ということに対して全くもって無知である批評家がいることに驚かされます。完全に無知なのです。実のところ、長年の間、大半の批評家は映画作品の表層のテーマしか語っていないのです。それは映画の本当のテーマではありません。
HK
 大部分の批評家にとって映画のテーマとは依然として重要なことに思えます。昨今映画作家と呼ばれる人にとっても同様ではないでしょうか。例えばケン・ローチの作品を、テーマの観点から褒め称える人が批評家、観客問わずたくさんいます。
JD
 ケン・ローチは感じのいいジャーナリズムですね(笑)。つまり彼の作品の根本について言うことは私にはできません。もし本当に映画が好きな人ならば、彼の作品について何かを言うことは無駄に感じてしまうのではないでしょうか。得るものがありません。
HK
 実を言うと、ケン・ローチの作品をほとんど見てしまったのですが、一度見た映画をいつの日か見直すことがあるのかと疑問に思ってしまいます。彼の作品には再度映画を見ようと思わせる作家の筆跡のようなものが感じられないのです。すでに話の顛末を知っているから十分に感じてしまうのです。
JD
 そのことに関して一つ例を挙げましょう。最近のことですが、ジュネーブで溝口健二の『赤線地帯』について語る機会がありました。上映の後の議論の場である観客が「ケン・ローチも実際のところ社会派映画について考えている」と発言しました。私は次のように答えました。「ケン・ローチさんはおそらく社会派映画について仕事をしています。しかし溝口は社会派映画というようなものは撮っていません。彼が行なっているのは社会の奥深くにある現実を見せることです。彼は娼館を見せたかったのです。そこには社会の中で最底辺に属するものがあります。そこには社会的階級の底に属する女性たち、つまり娼婦と呼ばれる人がいます。この女性たちを通じて、溝口が見せたかったものは、まさしく社会の経済的システムとそのものなのです。質問したあなたも、娼婦と変わりはないのです。私たち皆が娼婦と同じなのです。ただ単に、娼館においては、この社会の体を売るシステムの極地に至っているだけなのです。このような点から、溝口の映画は社会派映画という枠組みには収まらないでしょう。私たちは自分たちの存在について再考し、社会の経済システム、社会のあり方、そして世界全体の権力の関係について、考えを巡らせることになるのです。」
HK
 近年の映画批評家だけにとどまらず、多くの観客も、一つの作品についてのジャンル分けもしくはレッテル貼りをしてしまう傾向があるように感じます。実際のところ、そのような態度は映画の芸術的側面を制限してしまいます。近年ではケン・ローチの作品が社会派映画というレッテルの中に収められてしまっていると思います。作家自身もそれで満足しているようにも感じます。しかし、このようなジャンル分けを『赤線地帯』にも当てはめてしまうと、溝口健二の映画とはかけ離れたところに行ってしまいますね。
JD
 全くもってその通りです。つまり、溝口の映画の社会的側面について語るのならば、それは実際のところ、社会とは何か、どのようにして社会は機能するのか、社会の中で私たちはどこにいるのか、という問題についての考察なのです。このような観点から、いかなる社会的階層、または文化的階層に属する観客もが理解できるような物語が描写される、単純でありながらも最も並外れた実演に私たちは立ち会うのです。つまり芸術がそこにあるのです。芸術が自らを表現するのです。映画の中で社会のシステムが表現されるのです。疑いようなく天才的なシナリオです。というのも、社会の全ての階級が、最も日陰に隠れたところから高貴なところまで、私たち全てが身売りをしているということ、この社会においては身売り以外のことはなされていないということを、映画が提示しているからです。
HK
 先ほど話に上がったカイエの時代ですが、映画とは何か、映画固有の演出とは何かを探求する時代だったのですね。言ってみれば映画批評家の中での動きの時代だったと言えるでしょう。しかしながら、1980年代むしろ1970年ごろからは映画のポストモダンと言えるようなものがあったのではないかと思います。映画監督が映画の中で映画を再考する時代と言い換えても差し支えないかと思います。例えば、ドゥーシェさんも非常に高く評価しているデ・パルマやコッポラのような映画監督が出てきたのもこのころですね。
JD
 確かにその通りだと言えるでしょう。クラシック映画は1960年に中断してしまいました。そして10年近くの探求の期間がありました。この10年の間にフランスではヌーヴェルヴァーグ、他の国でも映画の新たな波のようなものが到来しました。ニューヨーク、カナダ、イギリス、西ドイツ、そして日本のものです。大島渚やその他の新しい作家の世代がこの時期に到来しています。つまり、映画から何を言うことができるのか、という探求が映画を起点として行われました。この時期に、クラシック映画を構成していた表現形式というものを、映画作家たちが考察しはじめ明らかにしたのです。映画はその時から、それまで禁じられていた規則を利用し、自らを解放する必要があったのです。つまり新たなテクニックによって、新たなテーマによって、シーンを扱う新たな方法によって、登場人物を演出する新たな方法によって、以前とは異なる表現が生まれたのです。要するに映画を形作る様々な原理の、そして視線の再発明が行われたのです。このような映画はクラシック映画がなければなされることはなかったでしょう。なぜなら、映画の再発明とはそれまでの映画を拒否することではなく、反対に映画史の深い省察から行われているからです。つまり、いかにしてクラシック映画というものの中に、ヌーヴェルヴァーグを形作るような活力がすでに含まれていたかとの省察です。

このような変化にあっては、多くの人が持っていた映画についての考えが確かに失われました。「映画とは『勝手にしやがれ』ではない。ゴダールが全部を壊した」などと言っていた人々もいました。しかし彼らの言っていたことには真実味がありません。『勝手にしやがれ』はすでに映画からの回答であり、映画の考えであり、映画芸術の考えだったのです。彼らがそのことを理解していなかっただけです。そういうわけで彼らはゴダールの映画をそれまでの映画と同じ水準で扱ってしまったのです。実際には同じ種類の映画ではありません。つまり記念碑的な間違いだったわけです。加えて言うならば、クラシック映画のファンによって支えられていた映画産業の側は、映画で目を欺くような作品を作ることで、とりわけSF映画というものに注力するということによって、好ましくない方向へと向かって行ってしまったのです。SF映画は非常に興味深いものでもあるわけですが。しかしスターウォーズや諸々の映画は、テクニック的には良しとしましょう。非常に多くのテクニックが使われています。しかし多くの場合、そこで使われているテクニックは無意味であり面白いものではありません。ときおり、この種の映画の中にも面白いものもありますが、非常に珍しいことです。

批評家の敗北の時代

HK
 1990年以降、もしくはもっと以前から、ヌーヴェルヴァーグの後からかもしれないのですが、「映画とは何か」という問いを真剣に考察することがなくなってしまっていると思います。批評家や観客にとって、ある大きな一つの映画の考えが支配的になっていると言ってもいいかもしれません。映画史の中で形作られた批評のイデオロギー、またはハリウッドのブロックバスター映画によって押し付けられた映画というもののあり方と言い換えてもいいでしょうか。いずれの場合にせよ、映画というものの形がすでに決まってしまっているのです。

映画監督にとっても同様かと思います。彼らがやっていることの多くは、一つのジャンルの枠組みの中でジャンルを補強すること、もしくは同じ映画を繰り返すだけとでも言えるかもしれません。その繰り返しが、外部へと開かれるものではなく、内部の探求でもない点で、映画作家と呼ばれる監督の映画とは大きく異なっているはずです。
JD
 確かにその通りです。批評家に関して言えば、とある時期から自分たちが映画作家より重要だと自負しだしたのです。しかしながら、彼らは「映画とは何か」ということについては無知そのものです。同時に、現在の状況について言ってよければ、批評家の敗北の時代です。『カイエ』の批評家たちが活躍した時代よりも批評家の役割というものは非常に少なくなっています。

どのような場合にしても、常に映画作家と呼ばれるべき映画監督はいます。現代のアメリカ映画では、デ・パルマ、コッポラのような映画監督がいますし、それから少し遅れてマイケル・マンやジェームス・グレイのような人も現れました。このように、すでに映画史の中に姿を表した映画作家たち、そしてこれから先に姿を表すであろう未知の映画作家たちの作品が重要なのです。フランスの状況に関しても同様です。

(次号につづく)

写真提供:シネマテーク・ブルゴーニュ―ジャン・ドゥーシェ
2017年4月7日 新聞掲載(第3184号)
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