対談=平川祐弘×坂本忠雄 学匠詩人・平川祐弘の軌跡 平川祐弘決定版著作集(勉誠出版)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年4月13日

対談=平川祐弘×坂本忠雄
学匠詩人・平川祐弘の軌跡
平川祐弘決定版著作集(勉誠出版)刊行を機に

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二〇一六年十一月から『平川祐弘決定版著作集』(全三十四巻、勉誠出版、月一冊配本予定)の刊行が開始されている。比較研究者・平川祐弘氏は多言語を駆使し洋の東西を問わず、そこで生まれる文化、文学、芸術を複眼的に捉え、多様なジャンルの作品として残してきた。その膨大な学術成果の一部をまとめたのが本著作集となる。この著作集刊行を機に、多くの平川作品に編集者として接してきた文芸誌「新潮」元編集長の坂本忠雄氏との対談をお願いした。 (編集部)

学問研究と芸術は兄妹の仲

坂本
 今回、平川さんとお話するにあたって私が文芸誌「新潮」で担当したものを中心に過去の作品を読み返しました。
平川
 坂本さんにはパンフレットの「推薦のことば」にも書いていただきましたが、私の代表作のほとんどは「新潮」に載ったものです。坂本さんがまだ編集長になる前で、当時の編集長の酒井健次郎さんとお二人で東大の研究室に来られたことを覚えています。坂本さんがどうして私に目をつけたのか不思議でした。最初に坂本さんに声をかけていただいたことも意外でしたが今度も勉誠出版から声をかけていただいて変わった、しかし真に有難い人がいるものだと思いました(笑)。最初は十二、三巻の著作集だと思ったら全三十四巻出して下さるという信じがたいお話ですよ。
坂本
 全貌を拝見しますと本当に幅広い。宣伝文にある「学匠詩人」という言葉は良い表現ですね。こんなにも幅広いジャンルをわかりやすい言葉で分析される学者が今はなかなかいないでしょう。
平川
 〈遠くは森鴎外や夏目漱石の学統につらなる〉とはおおげさですよ(笑)。〈近くは木下杢太郎や竹山道雄につらなる〉も畏れ多いですが。
坂本
 私が平川さんを最初に知ったのは『和魂洋才の系譜』です。それは江藤淳さんが導き手でした。帯に江藤さんが〈東大教養学科の逸材として夙に名の高い平川氏がその該博な学殖を傾注して、あのなつかしい“和魂洋才”の時代、すなわち明治という豊富な過渡期を縦横に論考した名著である。専門の研究者はいうまでもなく、広く日本と西洋の問題を思索する江湖の読書子に、是非一読をすすめたい〉と書かれていて、それで読もうと思ったんです。
平川
 その帯では褒めているけれど、「季刊芸術」には、忌々しいという趣旨を書いていた(笑)。無署名だったけれど間違いなく江藤さんの筆でした。
坂本
 江藤さんらしい(笑)。二面性を持っているから。ご自分もこういうお仕事をやりたかったんでしょう。
平川
 江藤さんは私の修士論文をまとめた『ルネサンスの詩』を愛読してくれたそうです。それも驚きでした。今回の著作集に入れるにあたって担当編集者の武内可夏子さんにも、こんな修士論文を書く人がいるのかと驚かれました。読み返すとたしかに大人びている(笑)。文体も見事だ。自分で感心していたら長女に、おやじの書いたものではあれが一番いいと冷やかされました。
坂本
 それから『夏目漱石 非西洋の苦闘』の江藤さんのコメントが良いんですよ。〈それはまた比較文学を文学史の狭小な枠組みと、文献学的些末主義から解放して、人の体温を感じさせるなまなましい時代の息吹きの只中に位置させようという試みでもある〉。これは鋭い指摘ですね。
平川
 それが私の狙いでもあったから良いことを言ってくださった。学問研究が同時に文学作品でなければいけないと思っていたんです。学問と芸術は兄妹の仲なのだから。
坂本
 この帯は担当者としてはうれしかったですね。この本は漱石について率直に書かれています。
平川
 坂本さんは私に遠慮されたと思うけれど、これを出した時に悪い批評も出たけれど見せてくれなかったでしょう。魯迅の『藤野先生』は漱石の『クレイグ先生』の創造的模倣と書いたら竹内好にぼろくそに言われた。漱石のあばた面を話題にしたらこれも批難された。
坂本
 そうでしたっけ?記憶にないです(笑)。私も前々から漱石の天才性はわかっていたのですが、漱石には色々とコンプレックスがありますね。
平川
 歪んだところがあります。
坂本
 漱石の細かすぎるところや理屈を言ったりするところが気に食わない、と平川さんは書いていて、あれは良い指摘だと思います。漱石ばかり読んでいると確かにくたびれてくる。
平川
 『夏目漱石』が本になったのは昭和五十一年ですね。その時に江藤さんがアメリカのウィルソン・センターに呼ばれていた。ところがお父さんの具合が悪くなって、急遽私に代理の声がかかったんです。それでウィルソン・センターの所長がわざわざ日本に面接にやってきました。その時に江藤さんが所長のビリントンに向かって、漱石は私の特技「カップ・オブ・ティー」だけど、この本はもっとよく出来ていると言って褒めてくれました。だけどね、漱石や鴎外と言ってもアメリカ人には通用しない。それでラフカディオ・ハーンならアメリカでも知られているだろうからハーンを用いて米日関係を論じようと思ったんです。ところがラフカディオ・ハーンは日本を美化した。ハーンは日本の代弁者でアメリカ人を騙したと戦中からアメリカでは評価が下がった。しかも日本に帰化したことについて「Hewentnative(土人になった)」と言われていた。だけれど日本で評価が高くてアメリカで低いというこの認識ギャップを調べたら研究になると私は思ったんです。
坂本
 そうでしょうね。
小林秀雄が絶賛した 「一異端児の霊の世界」

平川
 ところがアメリカに行くと善意の人が、ハーンはつまらないからやめろと言うんです。そんな忠告を立て続けに聞かされると辛かったですね。その辛かった時に「新潮」に載せてくださった。アメリカで受け取ったときは勇気づけられました。
坂本
 私は「一異端児の霊の世界」は傑作だと思っています。
平川
 ありがとうございます。
坂本
 サブタイトルが「来日以前と以後のラフカディオ・ハーン」ですが、ハーンが生まれてから死ぬまでの全部を描いている。
平川
 著作集にもハーン関係が多い。第十六巻の『西洋人の神道観』は最初にフランス語で書いた本でパリで出したのですけれど、それにもハーンのことを書いているから全部で七冊に取り上げている。
坂本
 ハーンにこれだけ打ち込んで書かれた方は他にいないでしょう。「一異端児の霊の世界」は小林秀雄さんが絶賛していました。小林さんと会った時に、あれは面白いと滅多に褒めない人が珍しく褒めていましたね。小林さんの「本居宣長 補記(三)」と一緒の「新潮」(昭和五十五年五月号)に載っていて、それが嬉しかったようです。
平川
 ハーンも本居宣長も神道の世界ですからね。
坂本
 ハーン夫人の小泉節子がまた面白い人物ですね。
平川
 ハーンが変な日本語を話すので、奥さんも変な日本語を話すようになった。それはハーンでも理解できるようにそうなったんです。しかも節子はハーンに合わせて手紙まで変な「ヘルンさん言葉」と呼ばれる日本語で書いていて、それが残っています。「小泉八雲全集」の翻訳が昭和初年に出た時には、ハーンの次男が恥ずかしがって変な日本語をきちんと直してしまった。原文は雅趣があって非常に味があるので『コンプリート・レターズ・オブ・ラフカディオ・ハーン』として今度アメリカの出版社から出します。
坂本
 それは面白そうですね。
平川
 ハーンの手紙は面白くて英文学の中では三本の指に入るといわれています。中には猛烈な悪口を書いているものもあります。アメリカで年上の外科医の奥さんに好意を持たれたことがあって、ハーンはその人に近づきたくないから「あなたの体はビーフみたいだ」、ビーフィと書いている。なんでそんな手紙が焼かれずに残っていたんでしょうね(笑)。
坂本
 口が悪いですね(笑)。
平川
 ともかく「新潮」に載ることがうれしかったですね。私がアメリカで最初に行なった英語講演は鈴木貫太郎のことでした。その日本語版を作ってお送りしたら、坂本さんが「平和の海と戦いの海」として載せてくれましたね。江藤さんが毎日新聞の書評を全部使って褒めたので、「新潮」が売り切れたとか。
坂本
 そうでした。私も今回読み返しましたけれど面白いですね。『平和の海と戦いの海』は歴史のドラマがあり人間がよく描かれています。
平川
 ありがとうございます。人間が皆立派ですよ、ジョセフ・グルーでも鈴木貫太郎でも。だけどアメリカに行くと鈴木貫太郎は無能な総理大臣で、グルーは日本に騙されたことになっている。アメリカは言論の自由があるから斎藤實や鈴木貫太郎を褒める自由が一九四四年にもあるのかと思っていたら、そうではなかった。その日本批難の大合唱の中でもグルーは戦後の平和回復と東アジアにおいて日本が果たすべき役割を見越して、日本にも平和を愛する立派な政治家がいることを発言した。そうしたら米国内の親中派の手で国務省から追われてしまいました。
坂本
 フランクリン・ルーズヴェルトが亡くなった時に戦争中にもかかわらず鈴木貫太郎が弔意を表したことに対してトーマス・マンが感動してドイツ人に向けたラジオで話したことが書かれています。これも不思議な話ですね。
平川
 軍国主義日本とナチス・ドイツは比較されることが多かった。ナチス・ドイツはルーズヴェルトが死んだ時に嘲罵の悪態を吐いた。ところが日本はそうではなかったんです。これは日本の新聞には全く出ていない。平和回復をひそかに意図した鈴木首相がアメリカに向けて発したシグナルです。「ニューヨーク・タイムズ」紙に鈴木の談話が掲載されたのをマンが読んだのでしょうね。
坂本
 鈴木貫太郎、斎藤實夫人の春子、さらに昭和天皇と出てくる人間が皆面白い。
平川
 昭和天皇は本当に立派な方だと思います。二・二六事件の際のきっぱりした態度と終戦の際の態度で天皇が平和愛好者であることがはっきりした。
坂本
 「人間宣言」がされるまでの過程が、また読ませますね。あれが無かったら今日の戦後は無かったでしょう。山梨勝之進の部分は感動しました。昭和天皇も非常に買っていた人物のようですね。
文学論、歴史、人物論とジャンルが多様 

平川
 昭和天皇は誰に対しても批評は言わなかったけれど、「今まで色々な重臣や軍人にお会いになられていらっしゃいますが、その中で一番篤く御信頼なすった方は誰ですか」と長与善郎がざっくばらんにたずねると陛下は言下に、山梨勝之進と言ったと伝えられています。

山梨勝之進は私が会った日本人で本当に偉い人だという印象です。多くの事を教えられました。英語がそれはよくできて、話をしているとシェイクスピアの詩がスラスラ口をついて出てきた。山梨勝之進とお知合いになり、しかもその上私はレジナルド・ブライス先生にも習った。「人間宣言」に関係した二人の重要人物を知っているのは私だから私が書かなければいけないという気持ちになった。
坂本
 そうでしたか。平川さんのジャンルは広くて感心しています。『夏目漱石』では文学論、『平和の海と戦いの海』では歴史です。
平川
 『西洋の衝撃と日本』も歴史ですね。
坂本
 ラフカディオ・ハーンも文学論を加えた人物論です。これも見事です。著作集には自伝も収録されている。ジャンルが多様ですね。

江藤さんが言われたように、比較文学を文学的瑣末主義から解放しているというのが的を射ていて平川さんはこの広いジャンルを作品化された。普通の学者の論文集だとこのような形では出せないし、できませんよ。

もう一つパンフレットを見てびっくりしたのは竹山道雄さんのことについてもあるんですね。
平川
 十七巻の『竹山道雄と昭和の時代』は先年本にしたものですが、十八巻の『昭和の戦後精神史』はこのたびほぼ書き下ろしました。
坂本
 私は竹山道雄も担当していたんです。
平川
 そうでしたか。調べたら竹山道雄宛の手紙が色々残っていましたが、竹山先生は西洋の女性に愛されましたね。
坂本
 私も直接本人に聞いたことがあります。奥様のいない所でコソコソッと、僕がフランス語が上手になったのは女性のおかげですと(笑)。
平川
 色々な手紙が来ていたので、その中から何通かは印刷いたします。ただし訳さずにドイツ語やフランス語のまま出します。やはり身内だから遠慮はある。しかし竹山氏が戦後日本の最大の知欧派だったのはこうした親密な交友関係があったお蔭でもありますね。
坂本
 竹山さんは冗談がお好きな方でしたね。懐かしい思い出です。著作集では第八巻になりますが『進歩がまだ希望であった頃』も面白いですね。これも「フランクリン自伝」と福沢諭吉の「福翁自伝」との対比をされている。〈二人の非凡なる常識人の思想と人間を、その自伝を中心に同時代評を傍証に説く対比評伝〉と帯に書いてあります。上手いですね。『進歩がまだ希望だった頃』というタイトルがとても良い。
平川
 粕谷一希にも褒められました。
坂本
 普通の人には思いつかないですよ。ちょうどアメリカの独立と明治維新の頃ですね。
平川
 色々と重なるんです。しかし斎藤勇や高木八尺や大塚久雄らにとっては、フランクリンは非常な偉物であって、日本の福沢はそうではない。横綱と十両力士の取り組みがないように、フランクリンと福沢の二人が同じ土俵に上がり得るなんて考えてもいなかったでしょう。だけど私がそれを並べたら読者が面白がってくれました。
坂本
 再読してみると正宗白鳥は面白い人物ですね。
平川
 ダンテの『神曲』について正宗白鳥が書いた感想が日本人のダンテ論で一番面白い。日本のイタリア学者の水準はまだまだ低いです。白鳥は批評家として偉い人ですよ。英語もよく読める。それからキリスト教にこだわっていた。興味深いのは、正宗白鳥は子どもの時に仏教の地獄図絵を見せられて、その恐怖が抜けなかったのでしょうね。小さい頃にそういうものを見せられると精神衛生上悪いのか、ずっと地獄のことが気になっている。だからダンテの『神曲』を読みながら思い浮かべているのは仏教の地獄なんです。
坂本
 なるほど(笑)。
平川
 アンデルセンの『即興詩人』を森鴎外が訳した際に『神曲』を非常にうまく紹介していますが、あれも仏教の地獄の語彙を使ったからです。
坂本
 白鳥は、慶応閥は嫌いだけど福沢諭吉だけは好きだと言っていますし、さらに鴎外や漱石よりも福沢諭吉の方が新しい、内村鑑三よりも諭吉の方が思想の新しさがあるとも言っている。これも斬新ですね。
平川
 正宗白鳥はいつ読んでも新しいですよ。
読者に読ませなければいけない

坂本
 『進歩がまだ希望であった頃』の最後の文章が良いですね。〈武士の子としての道徳的勇気を持ちながら、しかも旧来の武士道的倫理に囚われることのない自由人であったからこそ、巧みな語り口の笑いのうちに、人間としての自己の弱みを、さらりと語り得た〉。
平川
 それはジョージ・サンソムがそういうことを言っているんです。
坂本
 〈『フランクリン自伝』も全く同じであって、二人はユーモアと笑いの間に自己の心事を淡々と語る都雅の人でもあった。そのような類稀な美質においても『フランクリン自伝』と『福翁自伝』はいかにも似通うていると思うのである〉。良い結末ですね。
平川
 でもフランクリンは女の話を色々と書いているけれど福沢はない(笑)。
坂本
 フランクリンはスケベだったみたいですね。さっきからハーンも竹山道雄もフランクリンも女性関係の話が度々出てきますね(笑)。本当に平川さんの作品に出てくる人物が面白い。平川さんの文章は平明に人物を紹介しながら浮き彫りにします。そこが印象に残りますね。

「新潮」に書いていただいた時と論文などでは少し書き方を変えたりしたんですか。「新潮」は学者でなく一般読者が対象ですが。
平川
 東大大学院の助手だった時に「比較文学研究」という機関誌を出しました。お金が無いから世間に売るためには上手に書かなくては駄目でしょう。それもあって工夫しました。今の大学院の人は補助金が出るから気にしないで難しく書いても簡単に活字になってしまうけれど、私たちの時代は売らないといけなかった。十三号に森鴎外の特集を組んで、東京新聞の「大波小波」に取り上げられて売れ始めて採算がとれるようになりました。

それから私は昭和二十九年に留学しました。その頃のフランスの大学は男子学生の方がまだ多かった。女性にはその代わりにサロンの伝統が残っていた。だから大学の先生も公の場で語る時には難しい内容をわかりやすい言葉で話すのが社会的訓練になっていたんです。それに私も感化されて、わかりやすく面白いようにと心がけるようになりました。

だから日本に帰ってきて、山梨勝之進大尉に会った時に「堀さんを思い出す」と言われた。最初は堀さんが誰かもわからなかったけれど、堀悌吉という軍人は山本五十六の盟友でロンドン軍縮会議のために努力した人でした。その人はフランスにずっといたんですね。それから木村彰一という言葉のよくできる方が東大にいまして、まだ面識がほとんど無かったとき、『和魂洋才の系譜』というドイツと鴎外を扱った本について、この著者はよほどフランス語に通じている人ではないか、と言われた。日本語がそういう風におのずとなっていたことが木村先生には直感的におわかりになったのでしょう。
坂本
 わかる人にはわかるんですね。今の作家たちを見ていても深みのある文章が書けなくなったと思います。有名無名を問わず面白い人物をこの世界に引き出して来られたのは平川さんの功績ですね。
平川
 それは「新潮」という発表する場があったから(笑)。
坂本
 学者や学者の卵が読む世界ではなくて、一般の読者が読む世界は小説家でも真剣になると思います。私が長年作家を見ていて井伏鱒二はちゃんと読者に読ませなければいけないという意識が強くありました。飄々としていましたけれど厳しい人でしたね。
平川
 編集者が信頼できて、まずその人に読まれると思うと本気にならざるをえないですね。
日本古典も英語も同時に教える方法

坂本
 四月に講演(「グローバル化時代の国文教育はどうあるべきか」)をされるようですが、これはどういった内容ですか。
平川
 今の日本の教育では英語を教えるべきか、或いは英語より先にきちんと日本語を教えるべきか、或いは論語を教えるべきか、と色々な論争がある。だけどグローバル化するから日本で英語を学ばなくてはいけないは必然的な方向です。でも脳内白人化した日本人を育てても仕方がない。日本人性を維持するには日本人のアイデンティティを確保できるような日本の古典も習った方がよい。しかし人間の学習時間は有限だから一石二鳥の教育法を開発して日本古典も英語も同時に上手に教えなくてはいけない。それで、『源氏物語』の原文とアーサー・ウェイリーの英訳を同時に教える授業をすればいいのではと考えました。英語の先生は古文が苦手で、国語の先生は英語が苦手で、このエリートの教育方法の開発と普及がなかなかうまくいかない。私は東大を退官してからは『源氏物語』をウェイリーの英訳と読み比べているんです。こういう授業方法を開発すれば良いと思って盛んにアピールしているところです。

私が外国語が多少できるのは、飛び級して十六歳でドイツ語を始めて、十七歳でフランス語を始めたからです。他の人がストレートに大学に入る十八歳の頃にはドイツ語でゲーテを読めて、フランス語でモーパッサンを読んでいた。大学の原典講読が好きで退屈しなかった。名物教授のクラスはもぐりで出た。そして独仏対訳叢書とか英仏対訳叢書を教室に持込んでいたからです。結局今やっている源氏講義はそれの延長線上で日本古典と英訳を読み比べているのですね。

福岡女学院で教えていた頃は「宇治十帖」などを読んでいると、学生の三分の一くらいは続きが読みたくなるんですね。クラスで「宇治十帖」について盛り上がっていました。その時の教え子たちは今でも交流があります。その頃言っていた通り結婚して生まれたお子さんに薫と名をつけた。
坂本
 非常に発展的ですね。目を開かせるというのが本当の教育者だと思います。今の大学の教育にはなかなかないことを平川さんはされている。平川さんの作品を拝読すると人間の深みを感じます。こういう時代だからこそ平川さんの決定版著作集は読まれるべきですよ。これは大変な出版だけれど画期的な出版だと思います。
『西欧の衝撃と日本』の「解説」で仙北谷晃一氏が小林秀雄の講演の一節「いい文学が必ずしもいい歴史とは限らないが、いい歴史は必ず亦いい文学である」を引いて「今日なお噛みしめるべき言葉」と書かれています。まさに平川さんのお仕事だと思います。自分で平川さんの担当をしておきながらも今回改めて読んでみると、今まで気づかなかった部分もあったし、広い世界を創っていらっしゃると思いました。
平川
 ありがたいですね。私は『神曲』や『デカメロン』の翻訳や外国語での著作もあるのですが、それは今回の著作集には入っていません。
坂本
 ということは三十四巻どころかもっと増えそうですね(笑)。期待しています。 

この記事の中でご紹介した本
進歩がまだ希望であった頃  フランクリンと福沢諭吉 (平川祐弘決定版著作集 8)/勉誠出版
進歩がまだ希望であった頃 フランクリンと福沢諭吉 (平川祐弘決定版著作集 8)
著 者:平川 祐弘
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
米国大統領への手紙―市丸利之助中将の生涯/高村光太郎と西洋 (平川祐弘決定版著作集 7)/勉誠出版
米国大統領への手紙―市丸利之助中将の生涯/高村光太郎と西洋 (平川祐弘決定版著作集 7)
著 者:平川 祐弘
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
平和の海と戦いの海―二・二六事件から「人間宣言」まで (平川祐弘決定版著作集 6) /勉誠出版
平和の海と戦いの海―二・二六事件から「人間宣言」まで (平川祐弘決定版著作集 6)
著 者:平川 祐弘
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
夏目漱石: 非西洋の苦闘 (平川祐弘決定版著作集) /勉誠出版
夏目漱石: 非西洋の苦闘 (平川祐弘決定版著作集)
著 者:平川 祐弘
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
西欧の衝撃と日本 (平川祐弘決定版著作集 5)/勉誠出版
西欧の衝撃と日本 (平川祐弘決定版著作集 5)
著 者:平川 祐弘
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年4月7日 新聞掲載(第3184号)
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