言葉はこうして生き残った / 河野 通和(ミシマ社)たくさんの「他者」の言葉  著者自身の出版への情熱が映し出される|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年4月10日

たくさんの「他者」の言葉 
著者自身の出版への情熱が映し出される

言葉はこうして生き残った
著 者:河野 通和
出版社:ミシマ社
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本書には、新潮社の雑誌『考える人』のメールマガジンに6年半書き継がれた文章の中から選ばれた37本が収録されている。著者の河野通和氏は、中央公論社で『婦人公論』『中央公論』の編集長を務め、2010年に新潮社に入社して『考える人』の編集長となった。二つの老舗出版社で雑誌編集の仕事に携わってきたわけだ。

しかし、ベテラン編集者が「出版はどうあるべきか」を語る内容だと期待して本書を手に取ると、肩透かしを食らうかもしれない。著者が重きを置いているのは、自分のことよりも、出版に関わった先人たちのことなのだから。

たとえば、『中央公論』に文芸欄を設け、室生犀星、佐藤春夫、宇野千代らを世に出した滝田樗陰について、「職業的編集者のパイオニアであり、明治・大正を通じて文壇・論壇を大きく動かした演出家でした」と紹介する。そのエネルギーの量はとてつもないもので、部下には分厚い洋書を何冊も読破させ、「カロリー、カロリー」を連呼しながら、強引に人に飲み食いさせたという。

また、多くの作家の装幀を手がけた画家・司修の『本の魔法』からは、著者が、野坂昭如の小説の連載の挿絵を司に頼んだときのことを思い出す。遅筆で有名な野坂は、あの手この手で原稿から逃げる。そのため、「テキストを深読み」して挿絵を描く司に迷惑をかけたというのだ。そして、野坂の死に際しても、野坂番の苦労を語る。
「あれだけ酷い目にあって、いいかげん腹も立ち、もうしばらく原稿を頼むのは止めよう、と思う端から、最後の一枚がようやく手に入った瞬間に、怒りはすっかり消え失せて、ゴールした喜びをともに分かち合うような共感が生まれるのはなぜだろう」

ほかにも、多くの作家や編集者のエピソードが紹介されているが、共通するのは、過剰なまでの熱だ。一冊の本、ひとつの記事が世に送り出されるまでに、彼らがどれほどの熱を注いだかに、著者は注目しているようだ。それを、古き良き日の懐かしい挿話に終わらせず、いまの出版に生かせる方法はないかと必死に探っている。

著者のその探索の目は、出版の世界にとどまっていない。加藤文俊『おべんとうと日本人』を読んで、弁当という「作り手と食べる人のコミュニケーション」を、「誌面を通した編集者と読者のコミュニケーション」である雑誌に置き換えてみる。すべてのことを、雑誌になぞらえて考えてしまうのだ。

だから、本書には多くの本が登場するが、ここで書かれた文章は書評ではない。多くの引用を通して、著者自身の出版や雑誌についての考えを表現しているのである。それは著者が、根っからの編集者だからだろう。

編集者は仕事柄、たくさんの人に会い、話を聞く機会がある。他者から強い印象を受けることが多いから、「自分探し」になんてこだわっていられない。名編集者と称される人は、たいがい、話し上手であるよりも聞き上手で、相手の魅力を最大限に引き出す包容力がある。だから本書には、たくさんの「他者」の言葉という鏡に、著者自身の出版への情熱が映し出されている。

本書の刊行後しばらく経ってから、『考える人』の休刊が発表された。しかし、雑誌はなくなってしまっても、そこから発せられた言葉は、誰かが受け取ってくれるはずだ。編集者は、そう信じられる楽天的な人種でもあるのだ。
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年4月7日 新聞掲載(第3184号)
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