一歩前へ出る司法 泉徳治元最高裁判事に聞く / 泉 徳治(日本評論社)裁判所は前へ出ることができるのか  今、その勇気が問われている|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
哲学からサブカルまで。専門家による質の高い書評が読める!

▲トップへ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 一歩前へ出る司法 泉徳治元最高裁判事に聞く / 泉 徳治(日本評論社)裁判所は前へ出ることができるのか  今、その勇気が問われている・・・
読書人紙面掲載 書評
2017年4月17日

裁判所は前へ出ることができるのか 
今、その勇気が問われている

一歩前へ出る司法 泉徳治元最高裁判事に聞く
著 者:泉 徳治、渡辺 康行、新村 とわ
出版社:日本評論社
このエントリーをはてなブックマークに追加
タイトルからして惹き付けられる。著者でありかつ語り手となっているのが、判決書中に数多の個別意見を書いたことで知られるあの元最高裁判事ときたら、司法に関心を持つ者として手に取らないわけにはいかない。

はしがきを読んで驚愕させられる。そこには本書誕生の経緯が書かれているのであるが、単にそれだけではなく、日本国憲法発布から「七〇年を経ても、国民の主権者意識が十分に根付いていない」と思うとか、それ「とともに必要なものは、裁判所の憲法上の役割に対する認識であ」ることを指摘し、さらには、裁判所は「憲法よりも法律を重視し、法律解釈で立法裁量を最大限に尊重し、法律に適合するならば憲法違反とは言えないとし、条約は無視する、という現状」にあると辛辣な批判を浴びせている。そして、裁判所はこうした「現状から早く抜け出して、憲法を盾に一歩前に出てきてほしい」との願望が表明されている。これが、最高裁で、かつて調査官として最高裁に係属した事件の調査を担当し、事務総局秘書課長や人事局長等を歴任し、事務総長まで務め、最高裁判事にまで任命された人物の文章なのだろうかとの疑念が生じるのである。

泉氏は四年前にすでに『私の最高裁判所論』(日本評論社)を上梓されており、そこで、戦時中からの最高裁誕生までの歴史を礎として、自身が判決文中で書いた多くの個別意見を紹介しながら、最高裁が担うべき役割を縦横無尽に論じられていた。それに対し本書は、憲法学を専門とする三名の大学教授が泉氏にお話を伺うという形のものであり、全体がインタビュー形式となっている。泉氏による論文の形式ではなく、こうした意味で、前著とは性質が異なると言える。しかし本書は、幼年期から始まる単なる私の履歴書ではないし、ましてや先輩・同僚裁判官たちの回顧録でも交友録でもない。あとがきに書かれているように、自身のヒストリーではなく、「最高裁や司法を主役とする著作であれば出版してもよい」という泉氏自身の意向により刊行されたことが重要なのであり、またそれは、いかにも泉氏らしいのである。というのは、この泉氏こそ、国民の基本的人権、民主的な政治過程、少数者の権利の三つを守ることが司法の役割であることを実践し続けてきた人物なのであり、しかもそこには、司法権の独立を目指して闘った先輩裁判官たちの苦難に満ちた歴史を常に強く意識し、七〇年続いてきた国民主権によって個人の尊厳が護られるこの国を次世代に引き継いでいきたいという一貫した思いがあるからである。これは、日本国憲法一二条にある「不断の努力」の一実践例と言えるのではあるまいか。それ故にこそ、最高裁判事退官後も継続的に声を発信し続けておられ、例えば、裁判所は、条約を重視していないとか、個人の権利・自由よりも、それを制約する法律制度や国家行為の必要性を重視しているといった批判は、耳を傾ける必要がある。

もちろん、泉氏のアメリカ法研究に基づく違憲判断基準に異を唱える論者もいるだろう。また、聞き手役の三名がいずれも憲法学者であるため、一つの側面からの質問・回答となっている面はあるかもしれない。さらに、読破するためには、本文中で登場する様々な人物や事件について多少の知識があった方が良いだろう。しかしながら、仮にそれらについての知識がなくても、司法というもの、そして今日の日本の裁判所が抱えている現実的諸問題(例えば、事件の数に比しての裁判官不足の虞、税務といった専門的知識を必要とする事件のための専門的裁判官の育成等々)について認識し、法学関係者だけでなくすべての国民にとって重要な司法というものの在り方を再考する契機となるはずである。加えて、自身が下した判決や記載した意見について、間違っていたものもあったのではないかと反省の心境まで吐露されておられる点は、研究者の視点からは実に興味深いものがある。もし最高裁判所の歴史やこの七〇年間の様々な問題についての著作選集を刊行するとすれば、本書は間違いなくその中の一巻として加えられるべきであろう。
2017年4月14日 新聞掲載(第3185号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事の中でご紹介した本