忘れられた人類学者(ジャパノロジスト) 〜エンブリー夫妻が見た〈日本の村〉 / 田中 一彦(忘羊社)原典の読みを縦糸に、著者によるフィールドワークの成果を横糸に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 忘れられた人類学者(ジャパノロジスト) 〜エンブリー夫妻が見た〈日本の村〉 / 田中 一彦(忘羊社)原典の読みを縦糸に、著者によるフィールド・・・
読書人紙面掲載 書評
2017年4月17日

原典の読みを縦糸に、著者によるフィールドワークの成果を横糸に

忘れられた人類学者(ジャパノロジスト) 〜エンブリー夫妻が見た〈日本の村〉
著 者:田中 一彦
出版社:忘羊社
このエントリーをはてなブックマークに追加
日中戦争勃発直前の一九三五年から翌三六年にかけて、シカゴ大学の人類学者ジョン・エンブリーとその妻エマが、熊本県の須恵村に住み込み、日本の農村でフィールドワークを実施した。本書は、そこで彼らが、何を見てどう感じ、そして考えたか、歴史と彼らの生活史とのなかに探り、その彼らの視線から私たちの現在を問い質そうとする。最近、GHQ占領下におけるアメリカの研究者たちの調査に関する検討などが始まっているが、そうした態度が、本書を学史研究とは一線を画すものにしている。

著者は、エンブリー夫妻が描く、「須恵」の中心テーマは、多様に重層する「協同(cooperation)」のかたちだと指摘し、そこに焦点化して、エンブリーとエマの残した記録を語り直していく。彼らのこうした「協同性」への関心は、日本の戦後思想が、「共同体」を戦争を下支えしたものとして否定的に総括していくなかで、結局周縁化され「忘却」されてしまったのだと著者は指摘する。

だから八〇年前のエンブリーとエマの現場を、もう一度経験し直すような方法が選ばれることになった。著者は新聞記者を経て、二〇一一年から三年間、熊本県の須恵(現あさぎり町)に住み、エンブリーとエマの足跡や人々の記憶のなかの彼らの姿をたどり、さらにコーネル大学に保管されている夫妻による二千頁を超すフィールドノートをひもといた。

そして、エンブリーによる『日本の村 須恵』(邦訳一九七八 原典一九三九)と、調査から四十年以上たって、日本研究者R・スミスの協力によりまとめられたエマの『須恵村の女たち』(邦訳一九八七 原典一九八二)の読みを縦糸に、著者によるフィールドワークの成果を横糸として、本書は編まれている。

エンブリーの訳書が、「須恵」を「山に囲まれた生気のない谷間」の「古くからの停滞性」のある村と語る一節の、「停滞性」はstability、「生気のない」はdead-endの訳であり、著者は、実は原文は「山に囲まれた行き止まり」の、変化を抱えながらも「安定」した村という積極的なイメージを語っているのではないか、と指摘する。

そして、一般的な民俗誌だと、それぞれ別々の範疇にくくられてしまう多様な要素が、ゆるやかに重なりあいながら語り直されていくなかに、「須恵」の協同性の広がりと深さが浮かびあがる。家々で構成される組、「ぬしどうり」という集落内で選任され葬儀や協同作業の手配などをする世話役の働き、「かったり」という労働の交換、経済的な諸々の講組織、「おうつり」と呼ばれる贈与に対するささやかな返礼の仕組み、また女たちだけで構成される半ば楽しみの富くじである講銀、さまざまな会合のたびに繰り返される宴会、そしてそこで繰り広げられる女たちの猥雑な仕草の芸、さらには日常の談話やことばのやりとりもまた「協同」を生み出す仕掛けである。何より、エンブリーとエマ自体が、そうした集落の協同性の仕掛けのなかで、迎えられていたのである。

もちろん、彼らはそうした協同性がはらむ拘束力と排除の論理も見据えていたとともに、集落の暮らしに影をおとし始めた戦の時代における国家主義的な統制と、集落の協同の在り方を変えつつあった貨幣経済と機械化の浸透にも深い関心を寄せていた。貨幣経済による農村の暮らしの変容は、柳田國男が『明治大正史 世相篇』(一九三一)のなかで焦点化した問題の一つでもあった。エンブリー夫妻の視線は同時代の柳田の関心とも重なりあっているのである。

そして、エンブリーが見つめた須恵村の協同性が、かたちを変えながらも今なお息づいていることを語る「エピローグ 須恵村はいま」は、著者自身が、エンブリーとエマの「須恵村」を越えて語り始める、次なる一冊の予告であると感じた。

本書は、過去の人類学者の経験を、学の専門性から解き放ち、改めて「現在」に接合する豊かな企てである。
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年4月14日 新聞掲載(第3185号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
重信 幸彦 氏の関連記事
この記事の中でご紹介した本
忘れられた人類学者(ジャパノロジスト) 〜エンブリー夫妻が見た〈日本の村〉/忘羊社
忘れられた人類学者(ジャパノロジスト) 〜エンブリー夫妻が見た〈日本の村〉
著 者:田中 一彦
出版社:忘羊社
以下のオンライン書店でご購入できます
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 民俗学・人類学関連記事
民俗学・人類学の関連記事をもっと見る >