ジャータカものがたり あわてんぼうウサギ / 中川 素子(小学館)ジャータカものがたり あわてんぼうウサギ 物事を正しく見つめ、他者を思いやる心を育てる バーサンスレン・ボロルマー絵、中川素子再話|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年4月25日

ジャータカものがたり あわてんぼうウサギ
物事を正しく見つめ、他者を思いやる心を育てる
バーサンスレン・ボロルマー絵、中川素子再話

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お月見など日本の風情を愛し、月に兎の姿を見る私たちは、その兎を平安時代の今昔物語に伝わっているジャータカ物語と結びつける人は少ない。ジャータカとは、釈迦の前世の物語で、本生譚ともいう。インドには古くから「すべての生あるものは、その行いの善悪によって、それ相応の所へ生まれ変わる」という輪廻転生の思想があり、釈迦も前世で、バラモン、樹神、ライオンなどさまざまに生を受け、善行を積み重ねたために、悟りを得、仏陀になることができたのである。ジャータカは、仏教の伝搬と共に、世界に伝わり、イソップ物語、グリム童話、今昔物語、沙石集など多くの説話文学の中に生きている。

それは宗教としてだけでなく、人間の姿をよく表現して、わかりやすく面白いからであろう。法隆寺玉虫厨子須弥座の捨身飼虎図も有名だが、日本で子どもたちにお話として広く伝わっていったのは、大正時代に初山滋、長新太などによる魅力的な絵本が、鈴木学術財団により多く出版されたからであろう。

現代の子どもたちは、生きる事に対する知恵や優しさなどを学ぶ事が少ない。昔、小学校で「道徳」の研究授業を見ることがあった私は、何故か居たたまれなさを感じる事が多かった。建前でなく、物事を正しく見つめ、他者を思いやる心を育てるようにするにはどうしたらよいだろうか。その時、思い浮かんだのが、お話のジャータカである。小学館は、宗教的な出版社ではないし、私自身も大学院で仏像について学んだとはいえ、宗教は「文化」の域から出てはいない。喜入編集長と話したことは、仏教の真髄をとらえながらも、児童教化ではなく、面白く読めることを第一義とし、道徳的に固めないということであった。

547話ある中から順次4冊出すが、選んだ物語は、天地災害、格差社会、高齢化社会、命の問題など現代の問題と見事に重なった。私の再話にモンゴルの画家、バーサンスレン・ボロルマーが描いた1冊目の『あわてんぼうウサギ』は、ヤシの実が落ちる音で世界が壊れると思って一羽の兎が逃げ出し、十種類の動物がパニック状態になって後を追い、その躍動的な姿に引き込まれるが、同時に「正しく見、正しく聞き、正しく話し、正しく判断しなさい」という釈迦の八正道の教えが素直に受け取れるのである。幼い頃、たくさんの話をおばあさんにしてもらったというボロルマーだが、その中に中央アジアにも伝わっていたジャータカが混じっていたことを知って、感慨深い。(なかがわ・もとこ氏=文教大学名誉教授)
2017年4月21日 新聞掲載(第3186号)
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