鈴木美紀子『風のアンダースタディ』(2017) 容疑者にかぶされているブルゾンの色違いならたぶん、持ってる  |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2017年4月25日

容疑者にかぶされているブルゾンの色違いならたぶん、持ってる  
鈴木美紀子『風のアンダースタディ』(2017)

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歌集のタイトルにある「アンダースタディ」とは、演劇でいうところの代役の意味。世の中にあふれている絶対的な他者に対して、「もしこれが私だったら」と想像をめぐらせるのがこの作者の基本スタイルである。まさに「代役」である。そして、犯罪者に対しても同じ想像をめぐらせることがある。

容疑者の護送の映像は、ニュースでもよく流れている。ジャンパーやブルゾンなどをかぶって、顔を隠されたままパトカーへと運ばれてゆく。自分の持っているブルゾンと同じものの色違いを容疑者がかぶっている。逮捕もされず平穏に暮らしている私とあの容疑者は、本当に別種の人間だといえるのか。二人を隔てたものは何か。それは、ブルゾンの色が違うという程度の、ささいな違いでしかないのではないか。ここで表現されているのは、容疑者に対する同情や仲間意識ではない。歌集の解説ではこの歌について「ある種の共感であり、共犯意識」と説明されているが、それもちょっと違うと思う。ほんの小さなボタンのかけ違いや偶然の積み重なりで、人間の立場は逆転してしまうのではないか。今ここに私という人間が社会的に存在しているのは、純粋な偶然の賜物でしかないのではないか、という不安こそがこの歌の主題であると思う。読点を挟んでの一呼吸が、その不安な心持ちを象徴している。

ちなみに、護送時にかぶされる上着類はたいてい警察が適当に用意したもので、容疑者の私物ではないそうだ。
2017年4月21日 新聞掲載(第3186号)
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