挑発する写真史 / 金村 修(平凡社)◇白眉は金村の言葉◇ 歴史を下地に展開する写真表現論|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年4月24日

◇白眉は金村の言葉◇ 歴史を下地に展開する写真表現論

挑発する写真史
著 者:金村 修、タカザワケンジ
出版社:平凡社
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古今東西の写真家による作品多数を十のテーマ毎に取り上げた本書は、二〇一二年に青山ブックセンターで開催した対談形式の連続講座を基にしている。

各章では、二〇世紀前後のパリを膨大に撮影したウジェーヌ・アジェから、家族の特異な肖像などで自分を問い続けた深瀬昌久まで、写真家の金村修に何らかの影響を与えた作品を選択している。例えば「芸術写真か、写真芸術か」では、アルフレッド・スティーグリッツ、荒木経惟、一九七〇年代の自主ギャラリーの作家たちをメインに、二〇世紀前半のアメリカで活躍したエドワード・ウエストンから写真の物質性を強調する現代作家の横田大輔まで、数十名に言及する。

作家略歴や作品解説などは主に写真評論家のタカザワケンジが担当し、欄外の解説も写真史の本として成立するように配慮されている。

しかし、本書の白眉は金村の言葉だ。米国近代写真の父と呼ばれるスティーグリッツについて、「写真を撮る根拠というのは「私」でしょう。でも、現代写真は、写真を撮る根拠は写真の中にしかないんですよね」。演出した私写真を展開する荒木には、「写真家についてのメタレヴェル意識がないと写真家になれないんですよね。だからあんなに写真や写真家について書いたり、喋ったりするんですよ」。自主ギャラリーの作家たちは、「面白いものが写っちゃったら、コンセプトよりもそっちに目がいっちゃいますからね」「退屈なんですよ、この手の写真」。

それぞれを咀嚼して自らの価値観から発するつぶやきは私的でストレートだ。史実を時間軸や表現の変遷で積み重ねる通年史ではなく、金村が写真の森で出会った作品や接した写真家という山脈で、独自の表現論としての立体地図を描いているのだ。歴史は下地に過ぎない。

企画者として狂言回しの立場にあるタカザワとのやり取りは、通じる者同士の楽しさがはずむ。前世代の作品と現在活躍中の若い作家たちが芋づる式につながり、時代思潮や東西文化に話が広がる。

写真史研究者である私はタイトルにドキリとしたが、作品について写真家や評論家が集って放談するスタイルは戦前からあった。写真誌に批評の頁が少なくなって久しい今日、個性を前面に出した開放的な対話で深いテーマを縦横に論じる本書は新鮮だ。

ひとつ気になったこと。戦中の土門拳は軍部に利用されたとだけ記されているが、国策プロパガンダの波に乗って堂々と活躍していたことが最近の研究で明らかになっている。アジェを勘違いしていたところから自分の写真史が始まったと言う金村が、土門の史実に向き合ったらどのような言葉を発しただろう。

思考は日々揺れ動き、らせん状に更新していく。また、会話の魅力は整えすぎると薄れてしまう。二人の勢いのままにまとめられた本書は、現代写真の手引きのひとつとして、あるいは、写真史への扉を開く読み物として、若い読者に薦めたい。
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年4月21日 新聞掲載(第3186号)
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