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2017年4月29日

安彦良和ロングインタビュー(聞き手=杉田俊介)
(第二部)「安彦良和の現在」
安彦良和、斉藤光政著『原点 THE ORIGIN 戦争を描く、人間を描く』(岩波書店)刊行を機に

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原点 THE ORIGIN (安彦 良和)岩波書店
原点 THE ORIGIN
安彦 良和
岩波書店
  • オンライン書店で買う
1979年にテレビ放送された「機動戦士ガンダム」(通称:1stガンダム)の生みの親の一人であり、『虹色のトロツキー』など歴史に材をとった重厚な作品群を世に問うてきた漫画家・安彦良和氏。その安彦氏の「原点」を追う新刊がこの春上梓された。安彦良和・斉藤光政著『原点 THE ORIGIN』(岩波書店)は、対立し殺し合う人間と戦争の絶えないこの世界を安彦氏はどのように描いてきたか、東奥日報記者・斉藤光政氏がその人生に迫り、今まで表に出ることを可しとしなかった安彦氏本人が今回ばかりは「目立ってもいい」と自らの来し方を振り返る。本書の刊行を機に、批評家の杉田俊介氏をお相手に、安彦良和氏にお話しいただいた。(編集部)※紙面掲載4月14日号


現在の政治状況、世代の継承

安彦良和氏
杉田
若い世代の読者から、安彦さんの作品はどのように読まれているのでしょうか。若い人の感想などを伝え聞いたりはしますか。
安彦
あまり伝わってこないというか……、七〇年代から非常に長い脱政治の時代が来るんですよね。「もう政治は流行らないんだ」「それはそうだ、あんまりにも惨めな終わり方をしたもんな、革命なんて来やしなかったし」というのがあったから仕方がないと思いつつ、それにしても政治の流行らない時代が長いなと思っていたら、ある時期三〇歳そこそこの若い連中が、「安彦さんって学生運動をやってたんですか?」と僕に過去を聞こうとする。「なんでそんなこと聞きたいの?」って聞いたら、「いやあ、ちょっと」っていうから、「知らねえや、そんなこと」って相手にしなかったんですけど(笑)。

そういうことに興味を持った若者が出てきたかというのは、七〇年の政治の季節が終わってだいぶ経ってからですね。僕のすぐ下の世代は頭が良くて趣味が良くてカッコいい、政治なんてダサいと思っている人たちで、そいつらがサブカルを引き上げてひとつのムーブメントを形成してるんだと。ただアイツらに鼻面とって引き回されるのはごめんだぞという意識をずっと持っていた。そういう連中は「挫折したんだって?」とか、「政治やってたんだって?」というようなことは言わないですよ。面白くもないから。そんな話は我々に振ってこないけど、それよりひと回り下の連中が聞きたがってきた。

最初は面白い人たちが出てきたのかなと思ったんですよ。小説家の福井晴敏君とか。少しわかってくると、政治世代じゃなくてエンタメなんだと思ったんです。非常に政治を調べて勉強してきて政治的なテーマに満ちているかに見えるフィクションを作り上げるんだけど、エンターテイナーなんですよね。それにあとで気が付くんです。いま政治の世代が出てきたかなと思うのはSEALDsですね。確かに政治的にムーブメントを興そうとしている。でもSEALDsがデモに行こうといっても俺は行かねえぞ、というその距離感はずっと持ってますけどね。
杉田
SEALDsの若い人たちは、あの時点で、ある意味で自覚的に保守反動を選んだと思います。戦後民主主義という理念をしっかりと保守すれば、とめどなく崩れていく政治的な現実に対して十分対応できるはずだと。それでいえば、僕はもともと二〇〇〇年代のフリーター運動、反貧困運動、ロスジェネ論壇などと呼ばれたところからものを書きはじめた人間です。また二〇代後半からは、障害者介助のNPOで働いて、障害者運動に寄りそっていくというスタンスでした。普遍的な価値観やマルクス主義のような大きな理念はすでに崩れてしまったけれども、現実に対して何らかの運動やアクションを試みなければならない。人生を賭ける大義や理想はすでになく、せいぜいリベラルな社会改良を繰り返すしかない。それでも何かやんなきゃいけないと。

たとえば『虹色のトロツキー』の終盤、ノモンハンの戦場で敵も味方も入り乱れて死んでいく中で、モンゴルの兵士たちが反旗を翻して独立運動に賭けようとするのを目にしたウムボルトが、こういう中で死んでいくしかないなら、せめてああいうもののために……と考える。そういう気持ちは僕も何となく分かるんですね。たとえば、ヘイトスピーチや極右的な暴力の嵐が吹き荒れる中で、歴史の王道を歩むとは何だろう。現代におけるアジア主義とは何だろう。そういうことを考えること自体が、無意味であり、空想的なことにすぎないのだろうか。わかりません。理念や大義がぐずぐずになっていく中で、自分たちの理想や行動をどうやって歴史の中に位置付けていくか。これまでに安彦さんたちが積み上げてきたものをいかに継承していくか、というモチーフも、そういう現実的な問いに関わっているような気がします。

安彦
若い人たちが政治世代っぽい色彩をまとってきたというのは、例えば雨宮処凛さんたちがひとつの走りだったと思います。例えば貧困を語り出したということは確かにあって、それがSEALDsの登場に繋がっていく。

ただ非常に違和感を持つのは、それを僕ら世代もその上の人たちも含めて、見込みのある若者たちだみたいな意識で語るのは嫌なんですよね。例えば若い子が『蟹工船』を読むのを、「いい傾向じゃない?」なんてロートルの人たちが言うってのは駄目でしょうという気がする。それだったら元に戻るだけですよ。じゃあ戦後って何なんだ、自分たちがどういうふうにしくじってきたかを棚に上げて、「若いのに偉いね」なんてどの口で言えるんだという気がものすごくするんですよね。
杉田
歴史の複雑さをどうやって継承するか、というのも大切なモチーフですね。そうじゃないと、もう『蟹工船』でいいじゃん、『資本論』の入門書でいいじゃん、という話になってしまう。僕らのような人間には屋台骨や基礎がないから、それこそジオニズムに熱狂する人々じゃないけど、今までに何度も反復されてきた歴史的な困難や矛盾の側面は継承せずに、一気に飛躍して、わかりやすいイデオロギーだけをいいとこ取りしがちになる。さすがにそれはまずい、と思います。そうすると、言葉も行動もすごく底が浅いものになってしまう。
安彦
反省がないんですよ。社会科学の世界で先生や思想家というのは、極端に言うと半分いたわけです。書店に行くと、社会科学の棚は半分が左、半分が右。左の本が消滅して論者も消滅してどっかいっちゃったわけです。当時は、あそこの大学はマル経か近経かと言ったんですよね。そのくらいマル経の人はいたのに。その人たちがいやあ感心だねみたいなことをどの口で言えるんだという憤りがあるんですよ。いろんな方が言っていますが、経済学批判としてのマルクス主義は今も有効なんです。何がいけないかというと革命思想としてのマルクス主義なんです。革命思想としてのマルクス主義に対する批判は昔からあったんだけど、残念ながらそれは的中してる。その部分を差し置いて、何が蟹工船だという気がするんです。小林多喜二は貧困の告発もしたけれど、運動家だったじゃないかと。
杉田
男性活動家による女性の搾取もふくめて、色々な論点がありましたし、今もありますよね。
安彦
どうもそのへんがいい加減だなという気がしてしょうがない。

同時代のアニメーション映画、アニメーション作家たち

安彦
今年、すごく高い評価を得たこうの史代さんの「この世界の片隅に」(二〇一六年)を僕も観ましたが、素晴らしい出来で僕は、アニメをやめていたから片渕須直監督がどういう人かも知らなかったんですけど、あとで宮崎駿さんのお弟子さんと知って間の抜けた話なんですけど(笑)、宮崎映画よりずっといいなと思って。
杉田
『この世界の片隅に』は確かに素晴らしかったですね。
安彦
あれは素晴らしいですね。まさに「この世界の片隅」なんですよ。それを等身大の生活感で描く。僕は原爆をどう描くんだろうと思ったんだけど、原爆は描かれない、光ったというだけで。戸障子なんか飛んでくる。呉ですけどね。
杉田
あるいは、広島から歩いて来た人が野ざらしで真っ黒な影のようになって死んでいる、というような形で描かれていました。
安彦
距離を取った描き方で。ものすごくくるんですよね。僕は『はだしのゲン』は読まないんですよ。中沢啓治さんには悪いけれども、漫画は絵で駄目なものは駄目なんです。いろんな問題もあるんだろうなというのも薄々わかるんですけど非常にストレートに描かれている。でも、戦後に生まれたこうの史代さんが描かれたものより迫ってこない。「この世界の片隅」の、あのアプローチがまったく正解だと思う。
ガンダムの能書きで「人類の半分が死んだ」という非常に恐ろしいフレーズがあるんだけれども、冷戦時代を知っていると、あまり恐ろしく聞こえない。未来は核戦争の後にくるとみんな言っていたんです。それだけ人類の死滅っていう破局的な核戦争が自明のことになっていて、イデオロギー対立っていうのはそれだけ根深いものだと思っていた。だからそれほど恐ろしさを伴わずに半分が死んだと言えた。
でもそれを使い続けるのであれば、それがどれだけ恐ろしいことかを人間の目線で表現しなくていけない。何十億という人間が死んだという修羅場を描くんじゃなくて、こういう生活をしていた人が消えるんだよ、日常的な生活が消滅するんだっていう。その日常性の中に本当の怖さが潜むんですよね。それを片渕須直さんは非常によく描いていたし、こうの史代さんの原作も素晴らしいと思う。

杉田
二〇一六年は優れたアニメーション映画が多く、観客動員もすごかったのですが、安彦さんは、最近の作品をとくに意識してご覧になっているのでしょうか。
安彦
ほとんど観ないのですが、「君の名は。」(二〇一六年)の新海誠さんは知っているので、大ヒットする前に僕は白箱(しろばこ)の状態で観て、これは当てに来てるから当たるんじゃない? とか言ったら滅茶苦茶当たった(笑)。新海さんはとてもデリケートな感性の人で、僕は大好きです。
杉田
そうなんですか。ちょっと意外でした。新海誠さんのこれまでの作品の中では、特にお好きなものはありますか。
安彦
「秒速5センチメートル」(二〇〇七年)あれは素晴らしいですね。新海さんは感情の機微がよくわかる人で、まるで純文学の非常に優れたものを読まされたような気がすると言ったら、新海さんも喜んでくれたんですけど。
杉田
ちなみに、庵野秀明さんの「シン・ゴジラ」(二〇一六年)はご覧になりましたか?
安彦
あれは観ようと思っていたら上映が終わってしまっていて。庵野秀明さんは非常に才能豊かな人なので、政治というものをうまく処理なさっているんじゃないかという気がします。ちょっと福井晴敏君に似ていて、才能があって頭が良いからうまく処理できるんです。それを保守政治家が喜んで、「政務次官が活躍しとるよ。君も見たまえ」とか言ってるらしいけれども(笑)。
杉田
宮崎駿さんの「風立ちぬ」(二〇一三年)の最後に出てくる廃墟と草原のシーン、あれはご本人が言うにはホロンバイル草原、ノモンハンのあたりを舞台にしているそうです。『虹色のトロツキー』の最後に、壊滅的な戦場をひとり彷徨って、血や泥にまみれて倒れ伏した混血の青年の目線から描かれるノモンハンと、あくまで戦地には行かず、ゼロ戦を作り続けて、兵士たちを間接的に戦場へと送り出した人間の目線から描いたノモンハン、それらの対比が興味深く感じられました。
安彦
宮崎駿さんは偉大な人なんだけど、彼の幸運なところは批評家を味方にするところですね。プロデューサーの鈴木敏夫氏の力量もあると思いますが、宮崎さんは、『宮崎駿論』を書かれた方を前にして言うのもなんですが、偉大なオタクなんですよね。軍事オタクであり、飛行機オタクであり、アニメオタクであり、ちょっと他に例がないくらい偉大なオタクで草分け。我々後進もそのオタク性に圧倒されて、なんてマニアックな表現をなさるんだろうと、ここまでできるかと、凄いなと思ったんです。
 それに加えて思想の後付けをするのが非常にうまい。それをご自身がするのか鈴木敏夫氏がするのか、「もののけ姫」(一九九七年)がそうですが、たたら場が出てきて文明批判のようなことを仰っているようですが、あれは破綻している。宮崎さんの中にある民主主義的な価値観と製鉄という文明思考と自然というのが破綻しているわけじゃないですか。一種の股裂き状態であのときに宮崎さんがもう引退すると言われた気持ちがよくわかる。大変な失敗作だと思います。あのとき鈴木敏夫さんが、世の中が失敗作だと決めつける前に議論しようというふうな言い方をして、素晴らしい助け舟だと思いました。そのときに議論が沸騰して、これは傑作か失敗作かどんどん言わせたんですね。それがブレイクに繋がって。素晴らしいプロデューサーだと思いました。

そのあとの「千と千尋の神隠し」(二〇〇一年)が素晴らしい出来で、宮崎さんが「あのときに引退しなくて良かった」と。最初の引退撤回ですが、あれは本音だと思いますね。だって、お金も人も使い果たしたからやめると言ったって、引退の理由にならない。長編なんか作るとみんなそうなんです、誰でもそうなんです。お金を使い果たして人も疲れ果てて、それを公開してやっとお金が入ってくるんですから。
杉田
「風立ちぬ」での引退は撤回して、新作を作りはじめたそうですね。
安彦
それはまずいだろうなと思いますけどね(笑)。
杉田
それにしても、『虹色のトロツキー』の終盤で描かれるノモンハンは、今読んでも本当に素晴らしいですね。今こそ、この漫画を有志の人々の手で実写映画にしてほしい、と個人的には思っています。

「無名で弱い主人公からどう歴史が見えるか」安彦良和のヒーロー像

杉田
安彦さんの中には一貫して、弱っちく、優柔不断で、ノンポリに近いような「若者たち」の中に希望を見出す、というヴィジョンがあります。ガンダムのアムロ・レイしかり、イエスに寄り添う名も無き青年ヨシュアしかり。『天の血脈』では、内田良平ではなく、作中もっとも狂信的な国家主義者の明石元二郎が、ぽつりと「案外、軟弱な男の中に歴史を動かす者がいる」と言う。印象的なシーンでした。
安彦
小さくて弱いものというのが己に近いということもあるんですけど、非常に親近感を持てる対象です。若干ジレンマがあって、漫画とカルチャーといったいわゆるサブカルチャーというのは、純文学の私小説ではないですから、そういう者を主人公にしにくい。主人公はヒーローであって、自力で局面を打開できる強さを持っていなくてはいけない。なおかつ若くてカッコよくなくてはいけない。そういう決まりごとの中で弱くて小さいものをどう表現するかということで、アムロというキャラクターが出てきたときに僕は飛びついたわけです。一番面白いのはアムロって喧嘩に弱いんですよね。チンピラみたいな兵隊に蹴っ飛ばされて嘲られて、悔しがるところなんてすごくカッコ悪い(笑)。
杉田
女の子に守られたりしてますしね(笑)。
安彦
ブライトっていう兄貴分に殴られて見苦しいことを言ったりする。あれがすごく良くて、僕は富野氏に「すごくいいね」と言った憶えがある。「親父にもぶたれたことないのに」って、あれをコンテで読んだときには嬉しかったですね。こういう主人公がすごく好きなんだと思いました。『天の血脈』のメガネの主人公は、弱っちい主人公もありじゃないかという、ひとつのチャレンジだったんですけど。
杉田
確かに、『天の血脈』は、主人公の設定がとても効いていますね。『虹色のトロツキー』のウムボルトは軍人だし、『王道の狗』の加納も志士的な屈強な戦士でした。それに比べて『天の血脈』の主人公は、腕力も何も無い、軟弱でひ弱なただの学者青年にすぎません。しかし、だからこそ、作品の全体にどこかほのぼのとしたユーモラスな眼差しがあって、そうした眼差しによって日露戦争前後の混沌とした世界を見つめていく。そこがよかったです。
安彦
ただ、やっぱり連載時はいつもながらウケなかったですね(笑)。
杉田
そうですか(笑)。主人公の青年は最後に、内田良平に立ち向かいながら、我々が守るべきものは剣でも学問でもなく、「心」である、と言います。たとえ弱い者でも、非道な者、間違った者にいつまでも負けていないぞという「心」があるんだと。それは『ORIGIN』のエピローグ的な二四巻で、すでに故郷もなく、家族もなく、フラウ・ボウすらも隣りにいなくなったアムロが、いわばヨシュア的な「名も無き青年」として、「人と人とがほんとうに分かりあえる社会を」と再び静かに決意する光景のことを思い出させました。無名の弱っちい優柔不断な青年たちの静かな決意の中に、アジア主義とキリスト教とサブカルチャーが雑じりあったハイブリッドな「夢」が託されていくような。それは『王道の狗』の永久戦争的なイメージとも少し異なる気がしました。実際にアムロは、シャアとは異なって、すでにニュータイプの能力には別に頼っていないし、それにとらわれていないようにも見えます。
安彦
そうですね、『天の血脈』では何かアブノーマルな能力を持っているというその一点でヒーローにできるんじゃないか。それはタイムスリップできるというふうなことですけどね。

対談の終りに、生まれてきた時代と場所でどう生きるか

安彦
生まれる時代は選べないんですが、僕がサブカルチャーに生活を求めたのはこの時代で良かったという気がするんです。なかなか理解していただけないかもしれないけれど、七〇年代ってアニメーションが最悪の時代だった。その中からアニメブームが出てきたんです。

それに先立つ六〇年代のアニメーションは恵まれていて、高視聴率を取っていた。虫プロの先輩なんか見てもみんな羽振りが良くて一流のクリエーターのような顔してお洒落だった。アスコットタイなんか巻いて、いい車乗ってね。でもそれはアニメの時代じゃなかった。

七〇年代、八〇年代にかけて、ようやくアニメって独自にモノを作るんだねっていう形で認識され出して、その頃はスタジオなんかも非常に汚くて薄汚い恰好をしていました。過去のアニメブームを振り返るテレビ番組の特集で、『巨人の星』とか高視聴率だった六〇年代のものを見せるのですが、あれはアニメ時代じゃないんです。

ガンダムは当たったものの、それこそ当時ハイティーンだった、コミケの発祥になった世代の人たちが我々を追っかけてくれるようになったときの感じはなかなかマスコミに伝わらない。彼らには、こんなとこ来ないでウチ帰って勉強しろって富野由悠季はよく言ってました。

でも、そんなときでも内心ではこいつらとは気脈が通じるかもしれない、希望を持って、こいつらを相手にしてモノを作ってみようと思ってたわけです。(おわり)

第一部「裏街道(サブカルチャー)からのまなざし」は4/14号に掲載!

この記事の中でご紹介した本
原点 THE ORIGIN /岩波書店
原点 THE ORIGIN
著 者:安彦 良和
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
虹色のトロツキー/中央公論新社
虹色のトロツキー
著 者:安彦 良和
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
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