小池光『日々の思い出』(1988) 佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2017年5月2日

佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず
小池光『日々の思い出』(1988)

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一九八六年十月から翌年九月にかけての「日記」として書かれた連作のうちの、十月二十二日の一首である。発表当時、衝撃的な一首として歌壇の話題になったという。なぜなら現役の教員である作者が、妙にリアルな教え子の名前(それも女子)を出して「ばかころしたろ」なんていう子どもっぽい殺意を表明してしまったからである。

もちろん一首単位でみれば、「ばかころしたろ」と思っているのは教師だなんて読み取れない。やんちゃな男子小学生の軽口にだって読める。佐野朋子が実在するかどうかなんてのも、読者には何の関係もないことだ。作者のプロフィールが添えられる「歌集」や「日記」という形式で発表されるときと「詠み人知らずの一首」であるときとでは、読んだときに立ち上がる世界が全く違う。けれども、「詠み人知らずの一首」から立ち上がる世界はなかったことにしてしまうのがそれまでの歌壇の方法だった。歌壇的読み方をすれば「教師が教え子に殺意を抱く」という筋書きにしかならない構造になっている歌は、歌壇への問題提起の一首であり、かなり有効な劇薬だったようだ。

なおこの歌が発表されたのは『サラダ記念日』フィーバーが起こる直前で、現代短歌ではライトヴァースが盛り上がっていた時期。俵万智の教室短歌とは対照的なこの歌は、保守的な上の世代のみならず、好景気にあてられて浮かれたような作品を量産する下の世代へのカウンターでもあったのかもしれない。(やまだ・わたる氏=歌人)
2017年4月28日 新聞掲載(第3187号)
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