発見と創造の数学史: 情緒の数学史を求めて / 高瀬 正仁(萬書房)オイラーから岡潔までの数学する者の身になって記述した創意に満ちた数学的発見の物語|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年5月1日

オイラーから岡潔までの数学する者の身になって記述した創意に満ちた数学的発見の物語

発見と創造の数学史: 情緒の数学史を求めて
著 者:高瀬 正仁
出版社:萬書房
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最近の大型書店の数学関係の書棚を見てみると、注目すべきことに数学史関係の書群が「数学史」という標題とともにまとまって置かれるようになっている。このことには、近年、たくさんの数学史の労作を世に問うている高瀬正仁の貢献が大きい。昨年春に長年教壇に立ってきた九州大学を定年退職し、執筆のスピードはこれまで以上になっているように見受けられる。

本書は、十八世紀以降、二十世紀前半までの解析学の展開を、コーシーらによる厳密化の試み、ガウスの巨大な貢献、それを後継したアーベル、そしてリーマンを経、しまいには岡潔の多変数解析関数論にまで追跡した特異で痛快な物語である。数学の創造を、論理的次元によらず、創造する数学者の主観的「情緒」に求めている点で、いかにも高瀬らしい著作に仕上がっている。

高瀬の数学史は、オイラーの近代解析学的数学から近代日本の高木貞治と岡潔の数学的達成までたどることから成り立っている。その追跡の軌跡は、数学古典の諸論文、諸著書の読解を記録したノートブックに書き留められ、それらが大学での講義で披瀝され、さらに再構成されて著作として刊行されるという仕儀となる。高瀬の原点のひとつは岡潔の論文集の緻密な読書体験にある。岡の数学観は特異で、日本的情緒が独創的数学の創造の基底となっているとするものである。このような数学観は他に類例がないというわけではない。論理学もが生きる力への意志の発現とみたニーチェの哲学的省察があるし、またオランダ人数学者ブラウワーの自然数的直観からの構成が数学的創造の根底にあるとみる直観主義的数学観もある。

本書で著者が説くのは、数学は論理とか知性とかだけから創造されるわけではなく、主観的な「意味」の充足だという点であろう。それが近代日本では、なかんずく岡潔の数学的創造に認められるとするのである。本書には高瀬数学史を象徴する文言が多く散りばめられている。「数学は決してどこかしら「人」を離れた世界に生息する天然自然の学問ではありえません」(三三ページ)。「オイラーの世界はさながら桃源郷のようで、どこまでも朗らかで明るい光に満たされています」(四二ページ)。「物理や化学のような自然諸科学とは違い、数学は歴史的に成立する学問であると、今では強く確信するようになりました」(五五ページ)。「実際には定義の対象になる何物かは定義に先立って実在し、数学者たちの「実在感」はそれらをいつも的確に感知するのが通常の姿です」(六三ページ)。「「わかる」という働きは「知」の作用であるのと同様に、「情」の働きでもあります」(一八九ページ)。等々。

本書の解析学の厳密化を論じた第1章と、代数関数論の始まりについて記述した第2章はかなり成功しており、教えられるところ多いが、岡潔の多変数関数論と情緒の数学についての第3章は、岡の数学観への思い入れが過大で、多少強引な印象を受けた。「ガウスの数論は岡先生のいう「情緒の数学」のあまりにめざましい事例です」(二二八ページ)といった文面にその典型例があると私は思う。

なお、「逆接線法」はライプニッツよりもかなり前のデカルトの時代にすでにあった概念であり、また、ライプニッツの著作集を「手稿」と訳すのはおかしい。

数学の「意味」の消失をめぐって著者は読ませる省察を展開しているが、その問題は「情緒の数学史」への回帰で解決するほど甘くはない、と私は考える。私が、数学の内的歴史だけではなく、数学する主体を社会史的所与として考察するのは、その問題をより根源的に省察するためにほかならないのである。

この記事の中でご紹介した本
発見と創造の数学史: 情緒の数学史を求めて/萬書房
発見と創造の数学史: 情緒の数学史を求めて
著 者:高瀬 正仁
出版社:萬書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年4月28日 新聞掲載(第3187号)
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