東京臨海論 港からみた都市構造史 / 渡邊 大志(東京大学出版会)誰も見たことのない姿を描く  都市の「輪郭」を高倍率のレンズで見る|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年5月8日

誰も見たことのない姿を描く 
都市の「輪郭」を高倍率のレンズで見る

東京臨海論 港からみた都市構造史
著 者:渡邊 大志
出版社:東京大学出版会
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ひとの顔を絵に描こうとするとき、だいたいはその輪郭から描き始めるだろう。描き終えてしまえば、絵の鑑賞者たちはそれほど輪郭に留意しない。都市の姿も、この「ひとの顔の絵」と同じかもしれない。「輪郭」がその姿を形づくっているにもかかわらず、それを見ようとしない。渡邊大志は、港湾地区という東京の「輪郭」を、極めて高倍率なレンズで見ようとしている。

それがよくわかるのが、第2章の「コンテナリゼーションの地政学と近代倉庫の配布」だ。湾岸地区に、倉庫やコンテナが多いのは、多くのひとが知っていることだ。だが、東京の港湾地区で、それがどのように配置されてきたのかを語れるものはほぼいない。渡邊はそこに高倍率のレンズを置く。そんなところを見て何の意味があるのかと訝しむものもいるかもしれない。しかしそれこそが東京の「輪郭」なのだ。東京の、世界都市としての姿の。

なぜなら、コンテナは完全な世界標準のパッケージだからだ。コンテナに対応する港湾地区を持つ都市は、それによって世界の物流に合流することができる。都心で多くの外国人の姿を見ることで「東京も世界都市になった」と感じることもあるだろうが、それは結果に過ぎない。コンテナと倉庫の港湾地区という「輪郭」が作りだしたものこそが、世界都市という姿なのだ。

第1章には、これも極めて詳細に描かれる東京港の築港の歴史があり、これと第2章を読むことで、日本がいかに近代を受容してきたかがわかるし、そしてそれ以上に、近代とは具体的に何だったのかがよく見えてくる。コンテナという世界標準の「物」や技術、構築、そして倉庫の配布にまつわる政治的な思惑や経済の問題。渡邊は法律も行政も人間関係も、詳細に調べまくる。実証主義というより、渡邊の高倍率のレンズは、どうしてもそれを見てしまうのだろう。

ところで、この港湾地区に大きな変化がやがて訪れる。それが第3章「世界都市概念の根本」に描かれている。

港湾地区には「自由」の魅力が漂う。それはその「輪郭」の向こうが世界につながっているという感覚かもしれないし、倉庫やコンテナの、機能以外何もない即物的なモノの感触かもしれない。その魅力にひかれて、若いアーティストたちがその界隈に住み着いたりすることは、欧米などでも多く見られる。問題はその先で、「そんなに魅力的な場所なら、ホテルでもオフィスでもマンションでもどんどん建てたほうが、金になるじゃないか」というひとたちが出てくることだ。

1980年代のバブル経済そして「東京都市博覧会」の計画と頓挫に、港湾地区の危機が顕著に表れた。新しい都市の構造を探るはずだった「ウオーターフロント論」は、いつのまにか「港湾地区の再開発論」にすり替えられた。それは結局、都心部の機能の拡大に絶好の場所を与えてやれという、経済成長至上主義の理屈になった。そう渡邊は論じる。僕にはそれは、「輪郭」を消してでもその姿を大きくしたいという、理不尽でグロテスクな都市の欲望のようにも思えてくる。

その欲望は、「都市博」の中止、そしてバブル経済の崩壊とともに、だいぶ弱まった。渡邊はその後の港湾地区の変化を第4章「倉庫の配布による都市の再編集」に記している。そのなかで、「青海埠頭」が、世界都市の「輪郭」として正しく機能していながら、新しい都市の様相を見せていることに、可能性を見出している。

一方、本書では触れられてはいないが、最近耳目を集める豊洲・築地の市場移転問題はどうだろうか? 本著を読んだうえで、この市場移転問題のニュースに接すると、また違った見え方がしてくるのは確実だ。

渡邊大志は、自らの設計事務所を持つ建築家だ。だが「あとがき」を読むと、どうやら最近は「建築デザイン」という言葉が空疎に響くことにうんざりしている様子だ。だからこそ、都市の「輪郭」を高倍率のレンズで見るようなことをしたのだろう。そしてそのレンズは高純度の感受性も備えているようで、だから誰もがまだ見たことのない東京の姿を描き出すことに成功した。
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2017年5月5日 新聞掲載(第3188号)
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この記事の中でご紹介した本
東京臨海論  港からみた都市構造史/東京大学出版会
東京臨海論 港からみた都市構造史
著 者:渡邊 大志
出版社:東京大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
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