ジャン・ドゥーシェ氏に聞く(5)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」
2017年5月9日

ジャン・ドゥーシェ氏に聞く(5)

このエントリーをはてなブックマークに追加
ベルトラン・タヴェルニエ(左)とドゥーシェ(右)――ボローニャ復元映画祭 写真提供:古賀太
JD
 ロッセリーニがしたのは、人生を提示することです。あるがままの戦後ローマ、ベルリンの風景を見せ、イングリッド・バーグマンとの間にあった彼の人生を見せました。並大抵の仕事ではありません。私にとってロッセリーニは、映画のクラシック期における最高の作家の一人です。そしてクラシックの作家でありながら、ヌーヴェルヴァーグ以降の映画を形作った作家でもあります。
HK
 ネオレアリズモの映画は多くの人に影響を与えたと思うのですが、イタリアの映画を語るためにはそれと同様にイタリア式コメディについても語らなければならないと思います。例えば、デ・シーカはネオレアリズモの作家として認識されてしまうことが多いと思うのですが、彼の作品を包括的に見ると、実はイタリア式コメディの強い影響が見受けられます。『昨日・今日・明日』はイタリア式コメディの代表作ですし、『ミラノの奇蹟』だけでなくネオレアリズモの作品と紹介されるものの中にも非常に多くの喜劇的側面が見えてきます。

そもそもフェリーニを語るにしても、実はエットーレ・スコラやルイジ・コメンチーニという作家が同時代にいたことを忘れてはならないはずです。一つ例を挙げるならば、フェリーニの『甘い生活』の有名な噴水のシーンにおけるマストロヤンニが最もわかりやすいと思います。ここで作られたマストロヤンニのイメージは、イタリアの映画史を貫いて各所で見られます。この作品の翌年には『イタリア式離婚狂想曲』の中で、マストロヤンニが『甘い生活』を見に行き映画の中の自分の姿を羨ましがるといった引用があります。そしてより明白な形では、1974年にスコラは『あんなに愛し合ったのに』の中で、フェリーニとマストロヤンニに撮影風景を再現させて、映画の一場面に堂々と登場させています。これはフェリーニの側からの影響ですが、一方でフェリーニの方も、この種の流れの中で影響を受けているところがあります。コメンチーニの『カサノヴァ70』は紛れもなくフェリーニによって発見されたプレイボーイのマストロヤンニの一つの形なのですが、多くの女性に困惑するマストロヤンニの姿は、のちに『女の都』を通じてフェリーニに差し戻されています。

要するにイメージの剽窃のようなものが頻繁に行われています。オマージュやパロディとも違った形です。言うならば、既存のイメージを利用し新しいイメージを作り出すためとでも言えるでしょうか。各々の作品の演出の中だけでも、一つのイメージを気軽に変化させています。そこには、それ自体で完結するまぎれなき作家の演出があります。しかし、その背後には、何か別の作品が見え隠れするのです。つまりイタリアという国において、まるでとてつもなく長い一つの映画作品を作っていたかのようにして、イタリア式コメディというものはイタリア映画と密接に結びついていたのではないでしょうか。
JD
 その種の映画はあまり語られてこなかったですが、非常に興味深いものです。ムッソリーニさんの時代のイタリア式コメディもとても面白いものです。非常に良い出来のものがたくさんありました。例えばマリオ・カメリーニのような作家です。一つ言っておかなければならないのは、イタリア式コメディとは、それほど複雑なものではないということです。ムッソリーニであるか、ムッソリーニでないかということです。あの国には四世紀にも渡るコメディの歴史があります。コンメディア・デッラルテの歴史を考慮するならば、ムッソリーニなど問題にすらなりません。 <次号へつづく>
2017年5月5日 新聞掲載(第3188号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
久保 宏樹 氏の関連記事
ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」のその他の記事
ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」をもっと見る >
芸術・娯楽 > 映画関連記事
映画の関連記事をもっと見る >