コンスタンツェ・モーツァルト 「悪妻」伝説の虚実 書評|小宮 正安(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年5月8日

◇「悪妻」の実像とは◇ 
著者の研究を追体験することも読者に許す

コンスタンツェ・モーツァルト 「悪妻」伝説の虚実
著 者:小宮 正安
出版社:講談社
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ソクラテスの妻、そしてレフ・トルストイの妻と共に「世界三大悪妻」の一人に数えられるモーツァルトの妻、コンスタンツェはどのような人物であったのだろうか。本書では、様々な著作や映画に登場するこの「悪妻」の実像を解明すべく、多くの資料を手掛かりになされた本格的な研究の成果が、平易な言葉によって明快に語られている。

この問題解明への切り口の鮮やかさは、目次の構成に既に現れている。彼女が悪妻とみなされるようになった理由について、その要因を各章において一つずつ丁寧に剥がし、確認していくことで、ともすれば迷宮入りしかねない、あるいは逆に短絡的に解釈しかねない危うさから逃れ、読者と問題点の所在をうまく共有できている点に、本書の特徴がある。

早くも序章で、コンスタンツェ悪妻説の確固たる証拠とされる、彼らの墓についての誤解のこもごもについて、理由を列挙してその証拠の正当性を解消してしまい、以降の章で、彼女が悪妻とされるようになった理由が順に検討される。モーツァルト家とコンスタンツェの生家であるウェーバー家の実態、そしてコンスタンツェがどのような人物であったか、を当時の視点で捉え直し、また、彼らの死後、人々の彼らに対する評価がどのように変化し、その変化の原因が何処にあったか、についても丁寧に説かれている。モーツァルトの父レオポルトの時代から現代に至るまでの、2世紀以上にわたる伝記や評伝等の文献を紐解き、そこにこの問題解明の手掛かりを求め、最後には、コンスタンツェのイメージの日本受容についても触れている。

本書で引用されている手紙等の資料や写真も特筆すべきものがある。資料は非常に興味深いものばかりで、本書に書かれた内容に精通している者だからこそ提示し得るものであろう。19世紀に入ってから描かれたモーツァルトの絵画の幾つかが資料として挙げられているが、資料自体の面白さもさることながら、実はそこから著者が読み取ろうとしているのが、絵画が描かれた当時、コンスタンツェがどのように捉えられていたか、である点も面白い。また、彼らの墓碑や共同墓所の写真も挙げられているが、それらは本文で書かれていることの証拠や根拠であり、著者からの単なる伝聞としての知識を享受するにとどまらず、著者の研究を追体験することを読者に許している。

それにしても、彼女は何故悪妻のレッテルを貼られてしまったのだろうか。そこには、いつの時代の誰について語る場合にも起こりうる問題が存在する。当然のことながら、何かを語る上で、全ての資料が揃うことはなく、その資料の欠如をどのように埋めるかが問題になるが、対象者の知名度に差がある場合、その資料の充実度に偏りが出てくる。それゆえ、一方の言い分の資料のみが残されている場合、その「証拠」は一方的なものにならざるを得ない。さらに、後世の評価者それぞれの時代のモラルや考え方が、評価に反映されてしまう危うさも今日的課題につながり得るものといえるだろう。それらの積み重ねから「世界三大悪妻」の一人に数えられるに至った彼女の不遇を考えると、いかに真摯に行ったとしても、解釈というものがいかに主体的で一方的な行動であるかに気づかされる。
この記事の中でご紹介した本
コンスタンツェ・モーツァルト 「悪妻」伝説の虚実/講談社
コンスタンツェ・モーツァルト 「悪妻」伝説の虚実
著 者:小宮 正安
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年5月5日 新聞掲載(第3188号)
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