今福龍太・中村隆之・松田紀子鼎談 ポスト・トゥルースに抗して <パルティータ〉版『クレオール主義』(水声社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年5月11日

今福龍太・中村隆之・松田紀子鼎談
ポスト・トゥルースに抗して
<パルティータ〉版『クレオール主義』(水声社)刊行を機に

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クレオール主義(今福 龍太)青土社
クレオール主義
今福 龍太
青土社
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『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』(みすず書房)で、第六八回読売文学賞(二〇一六年度)を受賞した今福龍太氏の理論的主著となる『クレオール主義』、『群島―世界論』を柱とした、新編集のアンソロジー『今福龍太コレクション 〈パルティータ〉』(全五巻)の刊行が、三月にはじまった。第一巻は『クレオール主義』で、元版の本文を補訂・加筆し、図版やキャプションを大幅に刷新した、現時点での決定版となる。今後は隔月で刊行の予定で、最終巻『ないものがある世界』は新著になる。刊行を機に、『クレオール主義』から強い影響を受けながら研究をつづける若手研究者、中村隆之・松田法子の両氏と鼎談をしてもらった。 (編集部)

巻き戻された時計

中村
 『クレオール主義』の初版は、一九九一年に刊行されていますが、前年の『現代思想』の連載(「文化のヘテロロジー」九〇年一月号~一二月号)が元になっています。連載時は松田さんも僕も中学生でしたから、リアルタイムでは読んでいません。ただ、一回三〇枚ぐらいの字数で、このテンションと情報量で毎月書きつづけていくには、相当なご苦労があったことは想像できます。
今福
 回顧的に語るよりも、できるだけ現在のテーマに繋げて話したいと思いますが、初版刊行から四半世紀が経っているので、あたらしい読者のために最初に少しだけ成立の背景について語ってみましょう。連載の前年、ちょうど日本の大学に職を得たので、夏休みに多少まとまった「軍資金」を持ってアメリカ西海岸に本の買い出しに行きました。今でもよく覚えています。バークレーのテレグラフ街にある書店「モーズ」で新刊書と古書あわせて百冊近くの本を買った。後にも先にも店頭で一度にこれだけ買ったことはありません。細長いレシートが僕の身長を超えるぐらいありました(笑)。新しい知的景観に飢えていたんでしょうね。その時に買った本を今日は何冊か持ってきました。エドゥアール・グリッサンやバーバラ・ジョンソン、エドワード・サイードやヘンリー・ルイス・ゲイツ、レナート・ロサルドやジェイムズ・クリフォード、さらにグロリア・アンサルドゥーア、トリン・T・ミンハ、ガヤトリ・スピヴァクといった思想家、批評家、作家たちの主著で、ほとんど八七年から八九年頃にかけて刊行されたものです。僕にとっては、こうした書物が響き合いながら示していた世界ヴィジョンが非常に刺戟的に思えたのです。これらの書物の直接的なインパクトが『クレオール主義』を書かせたといってもいい。たとえばグリッサンの『カリブ海のディスクール』はマイケル・ダッシュによる英訳でしたが、これがグリッサンの思想や文化のクレオール主義的なアプローチへの大きな導きになった。八○年代後半は、ポストコロニアル理論や脱領域の思想の影響下において、人文科学や文学・思想の領域で新しいものが生まれつつある胎動があった。一方で、僕自身はメキシコやアメリカの国境地帯、カリブ海の島々を巡る中で、混血文化や越境の現場を肌で感じていたので、そうした体験と多くの書物からの刺戟とが自分のなかで興味深い共振の現象を起こしていた。同時にアカデミズム内部に閉じた、躾のいい言説に対しては不満があった。そんな時に丁度連載を依頼されたので、学問的な厳密さにだけ照準を合わせるのではなく、人間がいま直面する流動的な文化状況のなかで、生活世界を生きることに関わる希望のヴィジョンのようなものを試論形式で書いてみようと思ったわけです。そのときのキーワードが、まだ日本では馴染みの薄かった「クレオール」でした。

主に新刊本を紹介する『読書人』という媒体で、二六年前に初版が出た本について語り合うというのは異例かもしれません。ただ今回甦った〈パルティータ〉版の『クレオール主義』は、単なる復刊ではないという気持ちがあります。この三○年間ぐらいかけて文化の領域で探求され、われわれの知にしっかり組み込まれてきたはずの認識領域が、今や政治の劣化とともに失われつつある。独善と不寛容に逆戻りしたアメリカにもっとも典型的に現れているように、時代の時計が数十年も巻き戻されている。そうした状況では、『クレオール主義』の文化的エシックスが、あらためてクリティカルな意識の拠点を作れる可能性があるのではないか。ここで示したヴィジョンが今こそ必要になってきている。そんなふうに思ったこともあって、若いおふたりとお話ししたいと思ったわけです。
中村
 少し個人的な話からはじめたいのですが、僕が『クレオール主義』と本格的に向き合ったのは、博士論文を準備している頃だったと思います。もちろんそれ以前から読んでいましたが、一冊の本ときちんと対話し、自分の中に引き継ぎたいテーマは何かと考えたのはその頃です。そこで大事だなと思ったのは、冒頭に表明されていることです。「文化におけるノン・エセンシャリズム」という方法論的立場を、明らかにされている。当時流行った言葉でいえば、言語論的転回という認識が、今福さんの中にあったのだと思います。言葉が現実を指し示すのではなく、言葉こそが現実を構成する。そういう観点から文章をもう一度見直していこうという発想が、『クレオール主義』には色濃くあった。つまり修辞やレトリックの問題にあくまでも拘っていく。そこから、たとえばグリッサンに接近していく。この叙述の仕方に強い影響を受けながら、博士論文を準備しました。また、エメ・セゼールを論じた九章、それにつづく十章では「クレオール」という言葉の意味を詳細に論じていく。そして十一章で展開されているグリッサン論。この辺りから一番影響を受けました。
今福
 グリッサンに関しては、当時まだ日本ではほとんど語られていませんでしたね。カリブ海のクレオール思想につながる考えを雑種文化の可能性として論じていたのも、海老坂武さん一人だったと思います。
中村
 そういう意味でも、『クレオール主義』が開いた地平は凄かったんだろうと、追体験で想像するわけです。これから新たに読む人にとっても、「先見の書」になると思います。どういうことか。今福さんが使われているポストコロニアルやクレオール、ハイブリッドという言葉は、あの頃、かなり新しかったはずです。そういう新たな術語を導入しながら、知的な情熱と興奮に満ちた文体で、本全体が支えられている。なおかつ批評家としてのスタンスに立ち、アカデミズムとは違う知を切り拓こうとされた。また『クレオール主義』も含めて、その後の著作も、膨大な文献がベースにはある。本で触れられた著作の多くが、後に翻訳されることになります。今福さんはそれらを全部、原書で紹介してくれた。未知の光景を切り拓いていこうとされていたのが、よくわかるんですね。そういう意味で、「先見の書」といったわけです。新たに『クレオール主義』を手にする読者たちも、同じような気持ちで読めるのではないかと思いますし、今でも大きな潜在力を秘めた本だと感じています。
『言説の喩法』が導きに

今福
 確かにここで触れた本が、後に次々と翻訳されていったことは事実です。そのことが『クレオール主義』の先見性を示しているという言い方も可能でしょう。ただ、正直に言ってその流れには矛盾も感じていました。すでに述べたように、八〇年代後半に思想や人文科学の領域でいくつもの刺激的な潮流があった。そしてそれらを横断する、いまだ学問的には言葉を与えられていないヴィジョンに「クレオール」という名を与えてこの本が生まれた。ところがその中で未知の星座を構成していた重要な著作群が、一つ一つ、それぞれの学問領域の専門家によって翻訳されていった。それは当然のプロセスではあるのでしょうが、アカデミズムの中で相応しい研究者が翻訳・紹介し、それぞれの本を専門領域のディシプリンの内部へと着地させていく過程に、僕は自分自身の思考のあり方とは逆行するような動きを感じてもいたのです。権威的な囲い込みや専門性を蹴破ることだけを僕は考えていたので、横断的かつ交差的にいろいろな本や思想を繋げながら、一種の「発見法」としてこの本を書いていった。そのことによって、個々の本が潜在的に持つ思想的地平を押し広げることができるという確信もあった。だから、ここで触れた多くの本がのちに翻訳されていったという事実自体がこの本の先見性であるとは言いたくない部分もあるのです。むしろ、解読の文脈が存在していないところで多くの本を結びつけてゆく、ある種カオティックな状況のなかで書かれたことに意味があったように思うのです。
中村
 お気持ちはよくわかりますが、その一方で、新しい翻訳が出ることによって、さまざまな人たちが、『クレオール主義』でしか知らなかった本を読む。逆にまた、翻訳書を読んだ人が、今福さんの本に向かう。そのような関係性が開けたという意味では、よかったと思うわけです。
今福
 もちろんそれは大事なことだと思います。もうひとつ、中村さんが「言語論的転回」に言及されたのでこの点に応えておきましょう。連載執筆時に決定的な導きとなった書物の一つが、ヘイドン・ホワイトの『言説の喩法』です。一九七八年に出た本ですが、ホワイトにはその前に、まもなく邦訳も出る『メタヒストリー』という圧倒的な著作がありました。ホワイトの一連の著作のインパクトは、人文科学を学んでいる人間にとっては大きなものでした。『言語の喩法』は、言語行為や文化における「トロープ(喩)」の問題について深く気づかされる決定的な著作になった。僕が連載の初回を、「ネイティヴ」という概念の修辞学的構成を問い直す「場所論」からはじめたのも、ホワイトのこの論集の存在がとても大きい。われわれが特定の土地と向き合うときに、場所を表象する「トロープ」をおさえておかないと、実体と修辞の問題を混同しながら書くことになってしまう。両者をまずきちんと腑分けしておく、あるいは、現実と修辞のあいだにあるダイナミクスとしてクレオールの時空間を捉えていく。こうして、場所論、越境論、混血論、ヴァナキュラー論と、クレオールの問題に接近するまでに最低限必要な理論的手続きを踏みながらやっていきました。ホワイトは「歴史」という代わりに「ナラティヴ」といったわけです。「歴史」そのものではなく「歴史叙述」を分析することが歴史家の本分であると。歴史という実体が存在するのではなく、問題は歴史表象の中に記された過去の物語である。「歴史」というものが構成されてゆく重み、負荷、そこに働いているイデオロギーをどう批判し、乗り越えていくかということを、あの頃から僕は考えはじめていた。そうしなければ、歴史は単一の過去を偽装的に作り上げる権力になってしまう。グリッサンが「歴史」という語を宙づりにし、意図的に「痕跡」と言い換えていったのも、カリブ海における西欧的・権威的な歴史の支配を払拭するためです。このあたりのことは、いま盛んに言われている「ポスト・トゥルース」の問題とも密接に関わってくる問題ですが、あまり先走らずに、松田さんの『クレオール主義』との出会いもお聞かせいただけますか。
亡命者として

松田
 私も個人的な話からはじめたいと思います。日本の建築史や都市史を専門としている人間が、どうして『クレオール主義』と関わりを持ったのか。この本の前に、今福さん、多木浩二さん、上野俊哉さんの鼎談「ゆらめく境界あるいはトラヴェローグをめぐって」(『10+1』08、一九九七年三月刊)を読んだんですね。「渚にて」というサブタイトルにもひかれて、学生のときに古本で買いました。私自身、近代の建築史、都市史をやりながらも、温泉町とか観光とか、それまでのアカデミズムでは研究されていない領域に飛び出してしまったこともあって、路頭に迷っているところでした。自分の研究対象を、建築論や都市論とどう接続すればいいかと悩んでいるときに、手に取ったんだと思います。特にいま、東日本大震災以降は、「汀 み/ぎ/わ」というテーマを掲げて、水際の土地と生活史の探求に取り組んでいますが、先の鼎談は、今から思えばまさに水際をめぐるお話だった。『クレオール主義』もさることながら、こちらでの話題を今読み直しても、まったく古びていない。私がこれから考えたいこととも連続していると、改めて思いました。まず水際という窓口から今福さんにアクセスし、そこから『クレオール主義』を読んだと記憶します。『クレオール主義』には、「観光」の深部をめぐる考察もありますよね。当時の自分の問題意識から言えば、観光、移動、そして都市論の記述を熱心に読んだと思います。後に、ジョン・アーリの『観光のまなざし』や『場所を消費する』、カレン・カプランの『移動の時代』など、「観光」や「移動」を批評的に掘り下げて話題になった九〇年代の研究書を手にしたとき、あれ、何だかもう読んだことがあるトピックだなという印象を受けたのは、これらの問題にも踏み込んでいた『クレオール主義』の読書体験があったからだと思います。ところで今福さんは、『クレオール主義』初版の執筆時点ではグリッサンの影響がとても大きかったとおっしゃいました。たとえば留学先のアメリカで当時グリッサンはどのように話題になっていたのか、またひかれたきっかけについて、背景を含めて聞いてみたいんですが。
今福
 そこも、あまり回顧モードになることを避けつつ、今の自分と四半世紀前の経験・記憶をいったり来たりしながら話したいと思います。グリッサンは政治的な闘いは同時に美学的な闘いでなければならない、と言っているように僕は直観したんですね。たとえば現在のトランプの物言いに対して、「ゼノフォビア」とか「セクシズム」という紋切型の個人攻撃の言葉で切り捨てていいのか。アメリカという多民族国家が、非常に長い闘いを経て勝ち取ってきたものがあるわけです。具体的には、たとえば黒人やヒスパニックの人たちの尊厳や自由です。僕は去年、ソローについての本を書きましたが(『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』みすず書房)、まさにソローは十九世紀の半ばに、奴隷制とメキシコへの侵略戦争に同時に反対した。あの時代、黒人とメキシコ人というふたつの大きな民族集団に対する不当な暴力の問題が同時に浮上していたわけです。そこから百年以上経て、黒人による公民権運動やチカーノ運動を通じてようやく彼らの尊厳と自由が勝ち取られてきた。一九六○年代半ばから七○年代前半のことです。僕が『クレオール主義』の構想を練りはじめたのが八〇年代半ば過ぎですから、そこから十五年ほどしか経っていない。その間には、ヴェトナム戦争があり、アメリカは歴史的に大きな挫折を味わい、建国の理念に対する問い直しも行なわれた。そしてその背後には、政治的な闘争とともに芸術的・美学的な闘いがあった。今の状況を見ていると、そうやって進んできたアメリカの時計が、どこまで巻き戻されたのかを考えざるを得ないんですね。エドワード・サイードが亡くなって一四年になりますが、これまで我々が、人間の生存の移動性・越境性や他者をめぐる寛容性について学んできたとすれば、そこでのエドワード・サイードの影響は決定的だった。『オリエンタリズム』に代表される理論的な著作もインパクトがありましたが、亡命者としての立場から新しい生き方のヴィジョンを説いたいくつものエッセイに僕は特別の啓示を受けました。なかでもサイードが八四年に書いた「冬の精神」という短いエッセイ。後に『故国喪失についての省察』に収録された文章です。僕はこれを、メキシコからアメリカに移ってすぐの時期にリアルタイムで読み、天啓といっていいぐら
いの刺戟を受けました。「Exile(亡命者)」というのは、単に政治的な状況としてあるだけではなく、精神的な状況としてあると、ここではっきりとサイードは言った。サイードの場合、もちろん政治的な意味で当事者(亡命者)でもあったけれど、「国家的忠誠心」といった観念に対して批判的な距離を保とうとする人間はすべてが亡命者としての精神を共有できると断言した。彼が「ワールドリネス」と呼んだ、日常の生活世界への倫理的・美的な配慮をもって、ひとりの人間がこの世界でどう存在し、生きていくかということに関する新しい視界をサイードの文章は開いてくれました。このエッセイからの断片を『クレオール主義』は冒頭で引用しています。サイードの言葉は、今の時代に生きる誰にとってもいまだ抜き差しならない問いを投げかけています。
グリッサンとセゼール

クレオール主義(今福 龍太)青土社
クレオール主義
今福 龍太
青土社
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松田
 「亡命者」という概念は、後の「難破者」というテーマにも繋がってくるのでしょうか。
今福
 まさしくそうです。サイードに示唆されながらずっと「亡命者」の問題を考えてきて、最近ではそれを家郷や言語から切り離された「難破者」と言い換えながらさらに深めようとしているところです。サイードは元々、「亡命者」のモラルの問題をアドルノの思想から受け継ぎました。アドルノは「自分の家にいながらアットホームと感じないこと、これが現代世界に生きる我々のモラルの基本である」と言った。つまり自分の国で市民権を持って生きている人間だとしても、そこでぬくぬくとくつろいで(アットホーム)生きているわけにはいかない。どこにいてもアットホームではないと感じることから人間のモラルが生まれる。それが現代社会であるとアドルノは言ったわけです。亡命者や難民、あるいは国内におけるマイノリティにたいする共感や理解は、家でぬくぬく暮らしていたのでは決して生まれない。サイードは亡命者としての大きな政治的な葛藤を通してこうした倫理的地点にたどり着いた。あえて言えば、この亡命者の深い悲嘆に立ったオプティミズムから、僕は大きな勇気を与えられました。サイードはこんなことも言っています。社会における想像力や寛容さの供給量は本質的に少ない。影響力のある人間が誰かを敵対視し、「奴らは敵だ」と言いつづければそれはたやすく事実化してしまう。だから耐えざる努力によって、想像力や寛容さの社会的供給量を高めていかなければならない。これは、グリッサンの言う美的・詩的要求としての「高度必需」の考えにとても近いと思います。松田さんの最初の質問にごく短く答えておくと、テキサス大学でマルティニックからの留学生と知り合ったのですが、彼がことあるごとにグリッサンのことを熱っぽく話していた。一九八四年ぐらいのことだったと思いますが、その留学生と議論する中でグリッサンという詩人・思想家の大きさを知った。さらにそこから遡って、グリッサンの先人であるエメ・セゼールのことが気になってくる。『クレオール主義』には、セゼールも大きな影響を与えています。初版のあとがきも、僕がもっとも共感するセゼールのある詩句の象徴的な引用からはじまっていました。
中村
 あのあとがきは一番好きな箇所です。本当に素晴らしいですよね。あれを読めば、この本が何を伝えようとしているのか、エッセンスがわかる。『クレオール主義』は、基本的にはポエティックスだと思っていますが、それが一番凝縮しているところだと思います。今福さんは、ひとつの詩学を打ち立てようとされたのではないか。今福さんの書くものは、評論とも試論ともいえるけれども、ずっとエッセイという形式に拘りつづけてこられた。そこに書き手としての思想的な構えがあるのではないか。
今福
 「どんな人生にも北と南があり、東と西がある」というセゼールの言葉を引いたとき、とりわけ強調したかったのは、僕らの知があまりにも歴史化され過ぎてしまっているということでした。すべてを西欧的構成物としての単一の歴史の下で捉える発想です。それをもっと空間的想像力とか場所の感覚に開いていきたい。歴史をすべての方位に向けて空間化・景観化したいということです。セゼールやグリッサンは、まさにそれをやった人たちだと僕ははじめから考えていました。
松田
 そのことに絡めてうかがいます。本論の中でも、景観や風景のことに触れてらっしゃいますよね。過去を読み取れないほど変容し、荒廃してしまった景観のなかで、記憶を見つけだす答え、思想としてのクレオーリズムは「森」にあるとも表明されています。
今福
 「森の言語、曙光の言語」の章の最後の部分ですね。グリッサンが『カリブ海のディスクール』の中で「景観の言語」について書いているのが示唆的でした。今回の版でさらに引用をつけ加えた部分ですが、グリッサンは「西欧の文学的想像力は、空間的にいえば泉と牧草地のまわりで形成されてきた」と書いている。「泉と牧草地」というのは、西欧の言語の出自をあらわす巧みな比喩です。一方、カリブ海の人間にとっての「景観の言語は、なによりもまず森の言語だ」と。そこでの小説言語は「もつれた縒り紐」であるともいう。僕はこの言葉を受けて、思想としてのクレオール主義の棲息地は森にほかならない、と書きました。ここでいう森やマングローヴ林は、生命の生成と死のインターフェイスであり、生命の混沌とした多様性がそこに凝縮されている。草原のように見晴らしがいいわけではない。視覚的な理解が通用しない場所です。目で見えるものだけではなく、聴覚や嗅覚や触覚など多感覚的な共感力を育てないと、森のリアリティは掴めないということです。
越境的・対位法的思考

松田
 話をうかがっていて感じましたが、『クレオール主義』に流れ込む思想が生まれてきた島、マルティニックなどでは景観の政治性が異常に際立っているのでしょうね。サトウキビ畑とマングローヴに分かたれてしまった景観。わたくしは行ったことがありませんが、そこに投影されている歴史が重い。
今福
 景観に刻印され堆積した記憶を、僕らは感じとっている。マングローヴにせよ、海岸に突き出した岩山(モルヌ)にせよ、逃亡奴隷の境遇と切り離せない場所です。沖縄などに行くと風景に歴史がかなり露出していることに気づきますね。でも、日本の都市にしても郊外にしても散文的な土地では、歴史が後景に退きすべてが平板化している。その背後にあるものを松田さんは発掘しようとされている。
松田
 ええ。土地に降り積もった時間の層に分け入り、そこに記された様々な徴を読みとっていきます。
中村
 グリッサンは、マルティニックの風景の中に、時間を読み取ろうとした。そして空間の歴史化をずっと考えていたわけですよね。たとえばサトウキビ畑の風景のうちに奴隷制以来脈々と続く、人々の労働の時間を読みとる。歴史叙述というかたちでは歴史が存在しないマルティニック社会の中で、どうやって自分たちの経験を語り継ぐ言葉を持てるのか。彼は作家として書ける立場にあり、その歴史を小説で表現するときに、風景から読み取ろうとした。そういうスタンスだったと思います。
今福
 中村さんの言いたいことはよくわかります。ただ、むしろ僕は逆の道筋で考えたいんです。ヨーロッパにおいては、すべての空間や地理や風景の記憶を階層化して歴史化した。そういう西欧的な歴史化の圧力を突破するために、グリッサンは歴史を空間・景観に開いていった。それは大文字の「歴史」ではなくてか細い「痕跡」(トラース)を探す営みです。その点では、グリッサンにとっての「イストワール」は、歴史ではなく物語にほかなりません。だから歴史の空間化という言い方がわかりにくければ、歴史を景観に開いて物語化しようとした、と言い換えてもいいかもしれません。
松田
 今福さんご自身も、歴史という言葉を使われるときには常に相当慎重ですよね。
今福
 ホワイトやグリッサンに学んだのであれば、歴史が時の連続体としてそこに自明に存在しているかのように語ることだけは避けたいと思ってきました。『クレオール主義』という本に対しては、初版刊行以後、それが非歴史的・非政治的であり、現実政治の状況にたいしてオプティミスティックすぎるという批判が多方面からありました。八〇年代後半から「ポジショナリティ」という言葉が盛んに使われるようになったわけですね。言説の発信主体が、どの時代にどういう歴史状況、民族性、ジェンダー偏制の中で存在し発話しているかを立論の根拠として厳しく問う。そこでは、歴史的・社会的マイノリティとしての自分のポジョションを明確に引き受けることで、ある言説の正統性が保証された。そんな言説の歴史化や、ポジショナリティの規定の窮屈さに逆らって、サイードのいう「亡命者」として、僕は越境的・対位法的に考えようとした。『クレオール主義』の成立の最後の段階における重要なアクターとなったトリン・ミンハも、同じような意識を共有していたと思います。彼女は母国ヴェトナムのことを語るという自らの正統的なポジションから飛びだして、あえてアフリカについて代弁・表象しようとした。しかし、なぜアジアの人間がアフリカのことを語るのか。ポジショナリティの理論が依拠するアイデンティティの政治学からでは、そうした越境は説明することが困難なのです。
中村
 お話をうかがっていて、『クレオール主義』に流れる思想の一貫性が、はっきりと示された感じがします。つまり「亡命者」という精神的境位に自分を置くということ。そして、絶えずポジショナリティをずらしていく。そこから批評行為を立ち上げていくのが、今福さんのスタイルである。本を読んでいても強く感じることですけれども、文化的な正統性や本質性と戦っていく。僕にとって『クレオール主義』は、「文化の政治」を実践する本という位置づけにあります。当時は、学問も強い制度を持ち、権威的であった。そういうアカデミズムのあり方と格闘しながら、これまでになかった新しいものを立ち上げていく。それが今福さんのお仕事であった。
今福
 そう読んでくださるのは嬉しいですね。
中村
 「文化の政治」といっても、これが社会運動に直接繋がっていくわけではない。グリッサンがいうような、イマジネール(想像域)の領域で働きかける力を持っているのだと思います。今福さんの本を読むことによって、自分たちの中にある感受性の見直しが迫られる。それが『クレオール主義』の魅力であり、今の時代に読む意味も、そこにあるのだと思います。九〇年代に議論されていたテーマではあるけれど、再度前面に浮上してきている問題がある。今福さんが最初におっしゃったように、排外主義が非常に強くなり、社会が退行している。人々が紡ぐ言葉も貧しくなってしまった。そのような状況の中、二六年前に出されたこの本が問いかけるものは大きいと思います。
松田
 今福さんが連載を書かれていたのが一九九〇年ですが、その前年に、ラファエル・コンフィアン、パトリック・シャモワゾーらによる『クレオール礼賛』の原書が刊行されているのですよね。マルティニック生まれの若い人たちが、セゼールやグリッサンを乗り越え、継承していくというカリブ海地域での重要な動きと、今福さんのお仕事が、ほぼ同時発生的に生まれていたことに驚きます。
今福
 『クレオール礼賛』は、自分の本を書いた後に知ることになったのですが、グリッサンがいうような意味で、横断的に地下水脈で繋がっているものがあるのだと思いました。セゼールとグリッサンの思想を自分なりに受けとめながら「知的亡命者」になるしかないと考えていた。そのセゼールからグリッサンに至る道を、知らず知らず同世代のシャモワゾーやコンフィアンと共有していたわけです。
中村
 松田さんが『クレオール礼賛』に触れてくれたので、ひとつ言っておくと、この本のもうひとりの著者ジャン・ベルナベが、最近亡くなりました(四月一二日)。その数日後、こうしてクレオールについて話していることに、何か不思議な縁を感じます。そもそもの話をうかがいますが、連載時のタイトルから、単行本時に『クレオール主義』と変えられたのには、何か強い思いがあったのでしょうか。
今福
 本文にも「クレオール主義」という言葉は何度も登場しますので、宣言としての意識ははじめからあったと思います。植民地主義が産んだ「クレオール語」という現象を、文化の混血化の可能性をめぐる議論として展開したいという意図です。そうした意識が、現実的に本のタイトルを付けるときに強くはたらいたのでしょう。その後も、クレオール性の問題をさらに突き詰めて考えていって、今も僕の中ではその問題は終わっていません。ただ、一つの用語や概念をひたすら自己反復したくないという気持ちもあるので、新しい方向性やヴィジョンを牽引する別のキーワードも必要となります。そこに「群島」という概念も出てきた。そして今現在は、「ハーフ・ブリード(混血)」という言葉に神話的な可能性を求めようとしています。クレオールという言葉はなるべく使わないようにしていた時期もありましたが、もうそれほど拘ることはないのかもしれませんね。ひとつの概念が持っている学的な用語としての新しさや古さを超えたところで、クレオールを受け止め、クレオールを生きるべき現実の状況が出現しつつあるのではないか。四半世紀経ってみると、この言葉が消費されて薄っぺらなものになってしまったという感覚はありません。これからはむしろ、こうした概念に対峙する我々の言語意識の感覚を、さらに研ぎ澄ませていかなければならない。僕が今やっている仕事が、まさにそういうものです。「ハーフ・ブリード」は、一九世紀までアメリカの歴史において「あいのこ」を示す侮蔑語だった。だから自分から「ハーフ・ブリード」を名乗ることはありえなかった。他称に限定された言葉だったのです。ところが二〇世紀に入ってそこに修辞的な力が備わるようになり、自称として戦略的に使っていく可能性が生まれてきた。『クレオール主義』でもしばしば触れた、チカーナの批評家グロリア・アンサルドゥーアがその点においてもっとも自覚的でした。そして今後、この言葉がさらなる変容を遂げ、たとえば人間の未来のヴィジョンを語る神話力をもった言葉として使われるようになったらどうなるのか。これがいまの僕の大きな関心事であり、それを次の著作になるはずの『ハーフ・ブリード』のなかで徹底して考えようとしています。これは、ほとんど自分自身の知的自伝のような本でもあり、『クレオール主義』以後の自らの意識の混血化の過程を、クレオールな他者たちとの関わりのなかで語り直したものになると思います。
事実や真実の「不透明な厚み」

中村
 最後に、今福さんが言及されていた「ポスト・トゥルース」の話をしたいのですが、ここ数年で、「フィクションと現実」という問題系が随分進んだという気がしています。つまり一九七〇年代までは、フィクションはフィクションであり、事実は事実であるという明確な二分法があった。だから事実として認められるものが歴史要素になり、それ以外は物語であるとされた。そのことを、ヘイドン・ホワイトは七八年に出した本で批判したわけです。今はバーチャルな世界が一般化してきて、「現実」と「フィクション」の関係がよくわからなくなってきている。そうなったとき、どういう言葉を紡いでいけばいいのか。これは、僕にも切実な課題です。今福さんもグリッサンも、あえて「現実」と「フィクション」を混ぜ合わせて書いていく。そのほうが読み物として面白いし、そうした書き方にこそ大きな可能性を感じます。しかし、現在は、そういう時代の反作用であるかのように、嘘であろうがなんであろうが、言ったもの勝ちだ、という風潮が強まっている。嘘をついたとして、それが一年後に真実ではないと判明しても、もう手遅れです。あまりにも情報量が多く、人は極度に忘れやすくなってしまっている。だから権力者も、嘘を言うことに悪びれない。戦略的に嘘をつく。そういうあり方に対して、どうやって抗っていけばいいのか。自分の中に答えがあるわけではありませんが……。
今福
 重要な問題ですね。昨年、OED(オックスフォード英語辞典)が「今年の一語」に「ポスト・トゥルース」を選んで話題になりましたけれど、前年と比べて二千倍の使用頻度になったそうです。おそらくブレグジットやトランプ大統領の誕生が、その背景にある。OEDでは「ポスト・トゥルース」は次のように定義されています。「客観的な事実よりも、感情や敵意を煽るだけの公的な虚言の方が、世論の形成により影響を持つような状況」。「ポスト・ファクチュアル・デモクラシー」といえば、まさにトランプ的なものであり、「事実無根の民主主義」のことです。事実ではない、あるいは実現不可能なことを、大衆受けする主張として掲げて、選挙に勝利したり大衆の支持を得たりする。どんな虚言を弄しても、それが検証・批判されることなく、いつの間にか既成事実化されてしまう。そういうごまかしですね。いまの日本も同じ状況にあります。この問題について考えるとき、やはりヘイドン・ホワイトの議論を参照すべきでしょう。ホワイトが教えてくれたことは何だったのか。事実や実体、あるいは歴史的過去、そういうものは、つねに政治的で詩学的なプロセスを含んだ表象であるということです。我々はこうした議論から、事実や真実というもの自体の「不透明な厚み」について学んだ。それは、真実や事実は存在しないという議論ではまったくない。 
今福
 事実や真実といわれているものは、様々な揺れと厚みを持って構築されているという、まさにそういう「事実」を学んだわけです。それが、我々がものを考えるための重要な根拠となった。ファクトというものが持つ様々な変容可能性、あるいはそのレトリカルな存在のあり方を、きちんと認知できるかどうかが重要だったわけです。そのことによって、事実というものの力が衰えたのではありません。むしろ事実というものに、より強い力が与えられたのだと思います。「ポスト・トゥルース」の現象を見ていて情けないと思うのは、我々の社会が学びとったはずのことが、まったくなかったかの状態に差し戻されてしまったということです。客観的な事実、唯一の事実なるものを捏造し、その痩せ細った事実への感覚が、さらに嘘を自分にとっての事実であると開き直る態度を助長する。だから「ポスト・トゥルース」というのは、「事実なんていうものはない」という時代が到来したということではなくて、あらゆる人間が「これが自分にとっての絶対的な事実である」と主張し合っている状態を示しているだけのことです。完全にホワイトの議論以前に戻ってしまった。結果として事実が痩せ細れば、欺瞞がはびこる。事実ではないものが、嘘やごまかしとしてたくさん出てくるのは、我々の、事実や真実というものの不透明さや厚みへの信頼が失われてしまったからなのです。私たちの思想には、根拠が必要です。それは決して実証的な事実を根拠にするという意味ではない。事実が持っているポエティックな側面と政治的な側面を深く認知し、それを議論の根拠にしなければいけない。「ポスト・ファクチュアル・デモクラシー」には根拠がありません。トランプ政治や安倍政治が持っている無根拠さに、我々は耐えられない。そういうことを含めて、もう一度今の状況を問い直すための種子が、すでに八〇年代に『クレオール主義』を書くときに播かれていた。四半世紀前に気づかれていた問題は、未だにアクチュアルな問題として我々の傍らにある。だからこそ、若い人たちがこの本から汲み取ってくれるものはあるはずだ。そういう思いが、今回の新版には強く込められています。
中村
 たとえば「越境」や「混血」であったり、現存の政治性を揺るがしていく批評的な言語が、今福さんの本にはたくさん含まれていたわけですよね。私たちは、そうした言葉から刺激を受けて、ものを考えていった。でも二六年経って、時代が一巡してしまったのか、そのような言葉が若い人たちに届きにくくなっている。この状況で、『クレオール主義』が復刊されるのは、新しい読者が言葉に出会うために、非常に重要な意味があると思います。読書や外国文学を学ぶという行為は、そもそも「亡命者の精神」に深く関わることです。僕自身、この本を読むことで、そのことを確認しなおす機会になった。そんな感覚を持っています。
松田
 自分の仕事に引きつければ、先ほど話に出た「歴史の空間化」とはどういうふうになされてきたものなのか、改めて考えなおさせられました。それと、今回の〈パルティータ〉版『クレオール主義』のあとがきに書かれた「小さな世界」という言葉に強くひかれたということを、最後に言っておきたいと思います。常に「小さな世界」から出発していく。これがキーワードだと思っています。
今福
 権力者が「大きな世界」を維持するためには、嘘を真実だと言いくるめる政治が必要になってくるわけですね。正当化のための皮相な根拠が必要となる。まさに国家というものがそうです。「小さな世界」という言葉を使ったのは、それに抵抗するという意味を込めてのことです。「小さな世界」を生きるためには、国家的集約化の狡知は必要ない。小さな世界にこそ、いくつもの真実が並び立っている。そこには、多様な真実のありようを求めていく人々の日々の努力がある。それが小さな世界を小さいままに練り上げてゆく。決して大きくなろうとはしない。今回初めて、「小さな世界」と言ってみたんです。そのような考えは以前から持っていたけれど、あとがきを書いているときに自然と出てきたんですね。そこに反応してくださってとても嬉しいですね。簡単な言葉だけれど、四半世紀の思い入れが詰まった言葉かもしれません。


この記事の中でご紹介した本
クレオール主義/青土社
クレオール主義
著 者:今福 龍太
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年5月5日 新聞掲載(第3188号)
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