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Forget-me-not
2017年5月16日

Forget-me-not⑲

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ニューヨークで暮らしていた頃のブルックリンのアパートで。ⒸKeiji fujimoto

ある日曜日、電話がかかってきた。受話器の向こうから聞こえてきたのは、それを母国語として生きてきた者の発する迷いのない英語だ。

「よかったら今晩二人で飲みに行かないかな?」

相変わらず混み合ったウィリアムズバーグの駅前で待ち合わせをした。レオと会うのは共通の友人の家で知り合って以来まだ二度目だったが、互いに長身だったのですぐに認識し合うことができた。カナダからニューヨークに出てきたばかりの彼としては新しい職場へ出勤した時のような気持ちだったかもしれないし、こちらとしても初めて訪れた異国の街角に立っているような心許ない気分だった。

その晩、意気投合した僕たちは家を行き来するようになった。音楽制作をする彼と、写真を撮る僕には似た部分が多かった。夢見がちな若い脳みそを持ち寄り、将来を語り合ったりもした。

やがて秋は深まり外気は日増しに冷えこんでいったが、室内にいる僕たちの心は暖かかった。レオがいつも意識的に隠している、太ももに残る幼い頃に暖炉で負った火傷の痕。月光で白く照らされたシーツの上に裸で眠っていると、彼が恥部と感じている部位さえもつぶさに観察をすることができた。

ふいに眠っていたはずのレオが目を開けてにやにやと笑う。僕が火傷の痕を眺めていることに気がついていたのだ。視線が重なり再び抱きしめあった僕たちは、月明かりの下で揺れるただ二つの個体だった。
2017年5月12日 新聞掲載(第3189号)
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