松浦寿輝・星野太対談 酷薄な系譜としての”修辞学的崇高” 『崇高の修辞学』(月曜社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年5月18日

松浦寿輝・星野太対談
酷薄な系譜としての”修辞学的崇高”
『崇高の修辞学』(月曜社)刊行を機に

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気鋭の美学・哲学研究者である星野太氏(金沢美術工芸大学講師)が、古代のロンギノス『崇高論』に端を発する「修辞学的崇高」の系譜をたどった『崇高の修辞学』(月曜社)を上梓した。「崇高」とは、西洋の思想史のなかで、どのように位置づけられてきたのか。また星野氏が「酷薄な系譜」と名付けるものとは何か。本書刊行を機に、作家・詩人・仏文学者の松浦寿輝氏と対談をしてもらった。 (編集部)


大胆な野心と周到な手続き

松浦
 一冊の本の内容というのは、一種必然的な絆で、物質的なデザインと緊密に結びついているものです。好著の場合にはとりわけ、その視覚的かつ触覚的な佇まいが、優れた中身を的確に表現していることが多い。星野さんのこの本も、非常に美しい。白を基調とした簡素で鮮烈な外観はもちろんのこと、本文レイアウトも、余白と文字面のバランスが見事です。本文も註も、これ以外に考えられないという決定的なフォントで組まれている。こういうのはネット空間に溢れている言説には無縁の話ですが、私は『崇高の修辞学』と出会って、久しぶりに書物というものの物理的実在感にうたれるという体験をさせてもらいました。それを言ったうえで、少しずつ内容に入っていくと、私も大学を辞めてかなりの歳月が経つのに、性懲りもなくやや教師的な物言いになってしまいますが、人文科学系の博士論文として理想的なものと言ってよい達成だと思いました。紀元一世紀に書かれたと推定されるロンギノスの『崇高論』以来、二千年にわたる広いタイムスパンの中で、ひとつの概念がどういう運命をたどったのかを、徹底的に追いつめていく。周到にして明晰な記述によって織りなされていくその思考の運動は、大変スリリングで刺激的です。そのスリルも刺激も、着実きわまりない文献学的手続きに支えられている。「崇高」の概念というキーワードをまず中心に据え、それに直接関連する文献群のコーパスを確定し、さらにその周辺に広がる数多の二次文献を広く深く博捜して、そこから骨太の論述のヴェクトルを取り出しておられる。また、優れた学問論文がどれもそうであるように、これはアカデミックな専門性の閉域に閉じこもる思考ではなく、広く一般読書人の関心に訴える要素も持っている。そういう意味で、日本の出版界に一石を投じる意義深い仕事だと思いました。「ひとつの概念の運命をたどる」といいましたが、その二千年の歳月を万遍なくたどり返していくのではなく、三つの結節点にフォーカスされているわけですね。『崇高論』が書かれた紀元一世紀と、十八世紀、それから二〇世紀後半と、三つのポイントに絞ることによって、「崇高」概念のドラマチックな運命を浮かび上がらせている。この構想も素晴らしいと思いました。おそらく星野さんの出発点となったのは、二〇世紀後半、もう少し絞ると、一九八〇年代に起こった「崇高ブーム」だったのではないか。リオタールをはじめミシェル・ドゥギー、ラクー=ラバルト、ポール・ド・マンなどが崇高について旺盛に語り、この概念の現代的意義をめぐる問い直しが活性化した。そのあたりの言説にまず興味を持たれて、そこで論じられていた十八世紀のカントやバークあるいはヘーゲルに遡り、最終的に、西洋思想の源泉に近い紀元一世紀のロンギノスのテクストへと至りついた。そういう流れだったのではないか。それをしかし、この本ではクロノロジックな順序に従って整序し直してみせたわけでしょう。ヴィヴィッドで生々しい、鋭利で現代的な問題意識を、二千年にわたる西洋思想史の内部に位置づけ直すという作業がこうして可能になった。そのような大胆な野心と周到な手続きの共存が、私のような門外漢にも大きな知的刺激を与えてくれる所以だと思います。本文に即してうかがっていきたいのですが、まずは崇高という問題を設定された動機、また、そこからどういう経緯をたどって一冊の書物に結実したのか。この辺りからお話しいただければと思います。
星野
 遡ってみると、崇高というテーマについては学部時代から関心を持っていました。卒論はベルクソンについて書いたのですが、今から考えると、これも現在の崇高というテーマとどこか接点を持っていたように思います。ベルクソンの哲学は、絶対的な内在の哲学、外部なきホーリズムというイメージとともに語られることが多いですよね。そこで、あえてベルクソンにとっての「外部」の問題を問うとすればどういうかたちになるのかということを、「自己の外への跳躍」という卒論にまとめました。これを崇高論に引きつけていうと、カントの「崇高」概念における超越的なものへの関係が連想されます。カントにおいては、理性という感性の外部にあるものを梃子として、崇高をめぐる基本的な議論が作り上げられている。そしてこのカントの崇高論が、一九八〇年代後半から九〇年代にかけて、否定神学や表象不可能性といった議論に結びつくようになります。カントをひとつの土台としつつ、二〇世紀後半の崇高論は否定弁証法的なモデルを通して練り上げられていった。それがもっとも顕著な仕方で表われたのが、私が修論で扱ったリオタールの崇高論です。それはまさしくカント的な、感性的には到達不可能な理念を否定的に表出するという「表出(表象)不可能性」に基づくものでした。このモデルは、当時の崇高論におけるひとつの範例をなしていたように思います。デリダやリオタール、あるいはこの本では扱わなかったジャン=リュック・ナンシーも含めて、そこではカントの崇高論をモデルとする否定神学的「崇高」と、そこからの脱出がさまざまな仕方で模索されていた。しかし他方で、そうした議論は二〇世紀中にひと通り出尽くしただろう、とも考えていました。そのため修士論文では、リオタールの崇高論の中でも、どちらかというと見過ごされてきたモチーフを取り上げたんですね。それは、ひとつには資本主義と崇高の関係であり、さらにはリオタールにおけるバークの崇高論からの影響でした。修士課程ではそのような問題に関心を持っていたのですが、それから博士課程に進学してすぐの頃は、同じような崇高論の研究を続けるかどうかはまだはっきりと定めていませんでした。ただ、博士に上がってすぐにフランスに留学して、あちらで色々と修辞学の本を読んでいたんですね。たとえば、フランスでは崇高論の権威と言われているバルディーヌ・サン・ジロンという人がいるのですが、彼女が書いた崇高についての本を何冊か読んでみると、ロンギノスからボワローまでの記述に、かなりのボリュームが割かれている。日本語で書かれた崇高論の解説はカントから始まることが圧倒的に多くて、ロンギノスからボワローへという修辞学の系譜は、せいぜい軽く言及されるだけにとどまっています。しかし当然のことながら、フランスやイタリアでは、古代から初期近代までの修辞学における崇高概念の系譜は、それなりに重要なものとして捉えられている。留学中にそのあたりのことをひと通り調査して、まずはロンギノスをしっかり読んでみようと思ったのが、最初の出発点です。ただ、ロンギノスのモノグラフを書くことは、当時からあまり考えていませんでした。いわゆる文献学的な調査研究に終始するよりは、現代的なパースペクティヴから見た『崇高論』について考えてみたかったわけです。その意味で、松浦さんが指摘してくださった通り、本書の出発点は二〇世紀を対象とした第Ⅲ部にあります。そこから、近代の問題をあらためてたどり直す。具体的には、バークやカントの崇高にも修辞学的な問題系が残存しているということを明らかにしようとしたのが、近代を対象とした第Ⅱ部に当たる部分です。
脱構築的な実践

松浦
 そこが本当に面白いと思いました。カントやバークの崇高論のうち言語の問題にフォーカスしながら語っていらっしゃる。特にカントの場合、もともと言語の問題系はほとんど存在しないはずなのにもかかわらず、決定的な箇所で星野さんが「修辞学的な崇高」と呼ぶ主題がせり上がってくるわけですね。
星野
 第Ⅱ部のカントの章は、自分なりに脱構築な読みを意識して書いたものです。また、いわゆるスタティックな歴史記述ではなく、議論が時代を跨いで呼応するような構成を意識しました。ロンギノスのテクストを内在的に読むことで、どのようなトピックを出していけるか。たとえば、第二章で出てきた「パンタシアー」というテーマが、第四章のボワローによる『崇高論』の「改変」の問題、あるいは第五章におけるバークの『崇高と美の観念の起源』に、どのように繋がっていくのか。バークの本にはロンギノスへの言及はほぼないのですが、言語における「像」の位置づけをめぐって、両者は明らかに対立する議論を展開している。そこから両者の「連続性」と「非連続性」について考えていこうとしたものです。また、第一章で提出した「ピュシス」と「テクネー」の問題は、第七章・八章の議論に流れ込んでいきますね。本書は、長い時代をまたいでいるだけに、そうした繋がりを常に考えながら書いていました。
松浦
 全体として、ある緊密なストラクチャーを形作っていらして、三つの結節点同士の間で様々な問題が呼応し合うというか、こだまを返し合うような構造になっている。私のような無知な者が当てずっぽうでいうのも良くないのですが、第Ⅰ部のロンギノスの読解も、実はかなりの程度脱構築的な実践といっていいものなんじゃないか。第Ⅰ部の一章から三章までの部分で取り出してこられた概念、「ピュシス」と「テクネー」、「パンタシアー」と「パトス」、「カイロス」と「アイオーン」の問題ですが、ここに力点を置いて強く読むと、ロンギノスの崇高論が一番面白く読めるというか、美学的ならざる「修辞学的な崇高」の意義が際立ってくるということでしょう。それによって、第Ⅱ部・第Ⅲ部まで含んだ全体にわたって、複数の問題系がこだまを返し合うという構造が成立する。そういうあたりに、文献学的な記述を裏打ちする哲学的な思弁力の強さを感得しました。
星野
 ありがとうございます。
松浦
 ピュシスとテクネーの「キアスム的構造」と書いておられたと思いますけれど、両者の関係も、普通に読めば、自然、本性としてのピュシスがまずあり、これをもっとも上手に、もっとも見事に表現するためのテクネーとしての修辞法があるということでしょう。ところがロンギノスのテクストに逐語的に拘って細かく見ていくと、ある不思議な「キアスム的構造」が存在していて、テクネーは、プラトンが軽蔑した意味での、単なる技術・技巧ではないのだと、そこを強く読んでいくわけですね。この辺りの読みの力の配分に、読み手の力量を感じました。つまりテクストというのは、均質な密度でなめらかに流れていくわけではなく、凸凹があり濃淡があり強弱がある。どこを強く読み、弱く読むか、そこで人文学の読み手の感性と知性が試されるわけです。
パトスとパンタシアー

松浦 寿輝氏
松浦
 それにしても、この「パンタシアー」というのはとても面白い概念なんですね。これまでフランス語で「イメージ(image)」や「想像力(imagina-tion)」と訳されてきたこの語に、「現われ(apparition)」という訳語を与えた人がいた。
星野
 古典学者のジャッキー・ピジョーですね。ピジョーという人は、古典古代の医学史を対象として、フーコーの『狂気の歴史』に比する仕事をした人です。実は、彼がロンギノスの『崇高論』の仏訳を一九九一年に刊行していて、それを留学した直後に読んだんです。なかなか癖の強い逐語訳をする人で、「パンタシアー」を「現われ」と訳すのもそうですし、「アイオーン」を「永遠」ではなく、著作全体の内容に鑑みて、あえて「時代(Temps)」と訳しています。彼の翻訳から得たものは多いですね。
松浦
 そういう決定的な書物との幸便な出逢いを体験しうるということ自体、人文科学の研究者に必須の才能のひとつなんです。フランス語の「apparition」には「幽霊」という意味もあるわけでしょう。訳語に非現実的・超現実的なニュアンスを込めるかどうかで、随分読み方も違ってきますね。
星野
 ピジョーの読みに従えば、ロンギノスにおける「パンタシアー」とは、いわゆる「想像力」ではないのですね。それはアリストテレスがいう意味での表象能力ではない。他方の「イメージ」の場合、もちろんそこには空想的なイメージも含まれるのでしょうが、その場合には実在的なイメージへの傾きがやや強くなってしまうということで、結果として「現われ」という訳語を考えたのだろうと思います。やや奇矯な訳ですが、その長大な訳註を読めば、テクストの内容を十分に踏まえたうえで導き出された訳語だろうということがわかります。
松浦
 狂気・幻覚に通じるような何かがロンギノスの中にあるということで、当然私も、フーコーの『狂気の歴史』に思いが至り、フーコー的な系譜学にも通じるものがあると感じたんですけれど、今聞いてみると、『狂気の歴史』に接続するような仕事をなさった方が、あえてロンギノスのテクストからその問題系に通じるものを取り出して、「現われ」と訳してみたということなんですね。
星野
 そうですね。
松浦
 そして、「パンタシアー」の動因としてのパトスということを強調されている。ロゴスではなく、パトスつまり熱情が崇高にこもっていなければならない。その点を強調されたのも、第Ⅱ部・第Ⅲ部に繋がっていく大変面白い部分です。
星野
 ロンギノスにおける特異なイメージ論を強く読むことによって、近代的なロマン主義の源泉を古代の『崇高論』に求めていく、という先行研究も実は少なからず存在しています。本書でもそうした議論を参照しつつ、パトスとパンタシアーの結びつきに着目するという方向に議論を進めてみたんですね。
松浦
 「カイロス」と「アイオーン」の二項対立の問題はどうなんでしょう。崇高には、ある特権的な瞬間が必要であり、かつ時代を跨いで、前の時代と後の時代の両方に関わっていかなければならない。そうした時間的な広がりの中で、引用が繰り返されるテクストにこそ、崇高があるんだという主旨ですね。この辺りは、既存の研究はあるのでしょうか。
星野
 第三章で名前を挙げているニール・ハーツという批評家が、一九七三年にフランス語で発表した「ロンギノス読解」というテクストがあります。私の論旨も、そのハーツの読みに影響を受けているところがあります。ほかにも、『崇高論』が書かれた時代性に注目する文献学的な研究はいくつか存在しています。すなわち、『崇高論』で引用されているさまざまな書き手は、すでに過ぎ去った古代の人間であり、ロンギノスはそれを継承する後世の人間として彼らのテクストを論じている。そこから、アプリオリな永遠ではなく、時代の試練に耐えることによる永続的な継承という問題が浮かび上がってくる。これはある意味で、紀元一世紀の書き手が、ある種のモデルニテを体現しているという事態です。そういう意味では、おっしゃるように、テクスト内在的でありつつも、すでに第三章の時点で、わりと現代的な問題に強く引きつけて読んでいると言えるかもしれません。
松浦
 第Ⅰ部のロンギノスの話から第Ⅱ部へと、一世紀から十七世紀まで、ぽんと時代が飛ぶんですが、このジャンプにも理由があるわけですね。十七世紀まで、ロンギノスの翻訳はまったくなかったんですか。
星野
 ギリシア語の原典が初めて印刷されたのが一五五四年ですから、この間ロンギノスのテクストは、ほぼ人目に触れていなかったことになります。ただ、その千五百年間、西洋の文学作品において「崇高」という言葉がまったく不在であったわけでもないんです。たとえばダンテのテクストには「崇高」という言葉が出てきますし、有名なところではアウエルバッハがそのあたりの問題を詳しく論じています。ただ、私がこの本でたどろうとしたのは、あくまでもロンギノスに端を発する「修辞学的崇高」の系譜であり、それが次に歴史の前面に浮上するのはボワローの翻訳をおいて他にはないだろう、と思った。それもあって、第Ⅱ部では一気に近代の初めに飛ぶという選択をしたんですね。
松浦
 そうしたダンテのテクストだってきちんと把握していらっしゃるわけだから、その系譜を年代的に逐一たどっていけば、体裁の良い篤実な思想史記述になってきますよね。しかし強いベクトルだけを取りだすために、あえて余計なものを切り捨てて、均整の取れた三部構成という簡素な構造を作りあげられた。それがこの本の迫力になっている。さて、その第Ⅱ部第四章で論じられているボワローによる『崇高論』の翻訳ですが、誤訳・改変の問題を指摘されていますね。ボワローは新古典主義の時代の著述家に相応しく、パトス的イメージを排除して、『崇高論』を訳している。意図的にか無意識的にかはわからないけれど、ロンギノスの著作の核心のひとつを目に入れまいとしている。
星野
 この第四章は、松浦さんが今指摘してくださった最後の部分を書くために、ボワローの翻訳を綿密に見ていったものです。興味深いことに、ギリシア語に相当達者であったと思われるボワローが、「パンタシアー」に関わる部分で、一ヶ所だけ、確実に逆の意味に取れる誤訳をしている。「詩人が復讐の女神たちを見ている」という記述を「見てはいなかった」と訳しているわけです。それ以外のやや些末な点に目を向けてみても、ところどころでちょっとした手を加えて翻訳している。しかし同時にそこには一定の整合性もあって、ボワローは新古典主義者として、ロンギノスのテクストが持つパトロジックなイメージを排除しようとしていたふしがある。
松浦
 まあ古今東西のどんな書き手もそうですが、ボワローも自分が置かれている時代時代のパラダイムの拘束を受けていて、それに沿うようにというかそれに逆らわないように、テクストを歪曲したり、意識的ないし無意識的に誤読していたりしていた。
星野
 はい。今回の本ではあまり詳しく踏み込めなかったのですが、この時代のテクストを読んでいて面白いのは、『崇高論』をめぐって、フランスのみならずイタリアでもさまざまな理論的対立が見られることです。そのいくつかは「註」で補足していますが、ロンギノスの書物は古代派と近代派の双方から重要なテクストと見なされていて、それをいかに読むかという点で両者のあいだには深刻な対立がある。ひとつのテクストの解釈をめぐって、相異なる立場の文学的な潮流がぶつかりあっていた、という当時の状況は、調べていてなかなかスリリングなものでした。
松浦
 同じひとつのテクストを、対立し合う古代派と近代派の両方が自らの主張を裏付けるために持ち出してきて、錦の御旗のように押し立てていた。そういう思想的バイアスがかかることで、読みのなかに必然的に歪曲や誤読が導入されるということですね。
星野
 そうですね。それこそフランスの新旧論争にとどまらず、後のイギリス文学に目を向けてみても、本来立場を異にする人たちが、十七世紀から十九世紀にかけてこぞってロンギノスを論じていた。考えてみれば不思議なことだと思うんです。
歪な構造を持った書物

松浦
 そして、ボワローの時代につづく、十八世紀の崇高論に移ると、当然エドマンド・バークの『崇高と美の観念の起源』が俎上にのぼることになる。この第五章で星野さんが集中的に取り出された問題は、「像(ピクチャー)」の排除ということです。「音」のみを媒介として「共感」を称揚するものとしてとらえたバークの崇高論は、必然的に言語論に焦点化していくことになるわけですね。これは星野さんが主題とした「修辞学的な崇高」と、どこまで重なり合い、どこで掛け違うことになるんでしょう。
星野
 まず言えるのは、バークの『崇高と美の観念の起源』という書物が、そもそも歪な構造を持っているということです。バークは同書の目的について述べるさいに、それが「崇高と美という二つの観念を明確に峻別すること」であると言っているのですが、実は最終的にそこには一定の破綻がある。つまり、第四部まではほぼその言葉通りに遂行されているのですが、なぜか最後の第五部だけが独立した言語論になっている。この事実そのものは従来の研究でもたびたび指摘されてきたことではあるのですが、ではその言語論の意味を最大限に高く見積もった場合、どのようなことが言えるのか。それが、この第五章の最初の動機になっています。そこでおそらく重要になってくるのが、この本にロンギノスへの言及がほぼ皆無であることです。『崇高論』がバークの議論に少なからぬ影響を与えているのは確かなのに、なぜそこに肝心のロンギノスが登場しないのか。バークのテクストの中に、ロンギノスに対する間接的な応答はないだろうか。そのような問いもありました。また、これも本に書いたことですが、バークの崇高論は、そもそもロンギノスの延長線上にはないという広く流布した通念があります。バークの時代において、崇高なるものは言葉の中にではなく、自然や芸術といった感性的対象の中に見いだされるものになっていた。したがってロンギノス的な崇高のパラダイムは、バークの時代にはすでに消え去っていたのだ、という通念があります。以上のような問題が出発点にあり、これらをすべて踏まえたうえで、バークがロンギノスから何を継承しているのか、両者がどういった点で連続性を持ち、どういった点で離反するのかを浮き彫りにするために、『崇高と美の観念の起源』の言語論にフォーカスしたということです。
松浦
 なるほど。それに対して、第六章で論じられるカントの場合、言語の問題系は一見したところ存在せず、むしろ自然の暴風やピラミッドのような壮大な建築といったものを、崇高の例として取りだしてくる。そこで「力学的崇高」と「数学的崇高」という区別が出てくるわけですが、いずれにせよ視覚的な経験の迫力に崇高の本質を見ようとすることになる。にもかかわらず、そうした表出不可能なものの否定的表出の例として、不意に「ユダヤの律法書」や「イシスの碑文」が出てくる。これが面白いところですね。
双曲線的/放物線的

星野 太氏
星野
 カントの崇高論が、もっぱら感性的なものを契機としている一方で、実は「ユダヤの律法書」や「イシスの碑文」にある言葉が、この上なく崇高なものとして例示されているということですね。実はこのことは、過去にも指摘されてきたことではあるんです。日本でも、谷川渥さんがやはり同じ問題について論文を書かれています。ただ、そうした従来の議論からどうすれば先に進めるかを考えたのが、第六章の後半です。言葉における崇高さについて論じるカントの議論を、彼の修辞学批判と結びつけて考えたかった。というのも、カントは修辞学を極めて侮蔑的な物言いで批判しているわけですね。カントは修辞学を「陰険な策略を弄する技術」といった言葉で評していて、そもそも修辞学をまったく評価していない。しかし、にもかかわらず、カントのテクストにもある種のレトリカルな操作は確実に存在しているはずだ、と考えたわけです。カントは『判断力批判』で「イシスの碑文」について論じた数年後、「哲学に最近あらわれた尊大な語調について」という論文の中で、ふたたび「イシス」を取り上げる。そのイシスの「声」について論じるという極めて決定的な局面において、カントもまたある種のレトリックを行使しているのではないか。本音を言えば、ここはもうちょっと先まで論じたかったのですが、残念ながら時間切れでした。ただ、第Ⅱ部に関して、もっとも冒険したのはやはり第六章です。第四章・第五章が論文としてのまとまりを意識したものだとすると、第六章ではやや大胆なことをやってやろうという意識で書いていました。第六章では、いくつかの異なる問題が並行して走っています。まずカントの崇高論の中に、言語の問題が入り込んでいるということ。そしてカントが修辞学を批判しているのとは対照的に、詩を極めて高く評価していること。しかし、カントのテクストの中にも、ある種のレトリカルな操作が存在しているということ。この三つを自分なりに織り合わせながら書き進めていったのが第六章です。そもそも、十八世紀における美学という学問の成立において、修辞学はそれを背後から支えるような仕方で機能していた。これについても実証的な研究はいくつかあるのですが、十八世紀ドイツにおける美学の誕生の瞬間に、実は修辞学の語彙がかなりの割合で密輸入されていたということですね。
松浦
 「構想力」というあのカント的概念もそのひとつだということですね。この言葉の出自が修辞学にあったという指摘には、目を開かれました。
星野
 第六章は、やや大袈裟な話ではありますが、美学というディシプリンに対する自分なりの態度を示そうとしたところでもあります。
松浦
 第Ⅲ部に話を進めると、星野さんが修論で扱われたリオタールは本書では脇に置いて、フランスの詩人と哲学者、さらにベルギー出身でアメリカに亡命した文芸評論家という三人を取り上げている。そこで改めて、一九八〇年代以降の時ならぬ崇高概念の流行の中から、一番刺激的な部分を取り出そうと試みられた。ロンギノスをめぐって、片やミシェル・ドゥギーは「パラボリック(放物線的=寓話的)な超越」といい、片やラクー=ラバルトは「イペルボリック(双曲線的=誇張論理的)な運動」といっている。この対比は、実に面白いですね。
星野
 この二つの概念を見つけたとき、第Ⅲ部の大きな絵図は描けたという感じがしました。私の本では、第七章がドゥギー、第八章がラクー=ラバルトという順序になっていますが、ラクー=ラバルトが八〇年代にすでに「双曲線的=誇張論理的」という言葉を使っていたのに対し、ドゥギーが崇高論の文脈で「放物線的=寓話的」という言葉を用いはじめるのは、調べたかぎりではそれよりも後の二〇〇〇年代に入ってからのことです。
松浦
 「イペルボリック」という言葉で私などがすぐ思いだすのは、マラルメの「続誦(プローズ)――デ・ゼッサントのために」という詩篇です。第一行、「イペルボール!」という唐突な呼びかけでいきなりはじまって、現実を超えた彼方へ飛翔しようとする精神の運動を高らかに謳い上げるところから詩の空間が開かれる。デリダなどと同様、ラクー=ラバルトもマラルメ好きに違いないし、発想の淵源にはこの詩があるのかなと思いました。ラクー=ラバルトを扱ったこの八章を読んでいくと、星野さんが第Ⅰ部で強調していた「ピュシス/テクネー」の問題が流れこんでくるわけですよね。ハイデガーを意識しつつ、「アレーテイアの戯れ」という言葉が出てくるのですが、私が今日星野さんにちょっとうかがってみたかったのは、アレーテイアすなわち「真理」の概念は、「崇高」のそれとどういう関係にあるのかということなんです。ラクー=ラバルトは、崇高が崇高として把握された瞬間に崇高でなくなってしまうというパラドックスとの関わりという文脈で、「アレーテイアの戯れ」について語っているわけですね。これは星野さんの書物の外部にある問題系なので、余計な脱線かもしれませんが、「真理」概念の系譜というものがともかく西洋思想史の大きな流れとしてあって、晩年のフーコーも「パレーシア(真理を言うこと)」の概念を手掛かりにその問題を集中的に論じている。崇高と真理とが切り結ぶ場所があるのかないのか、その辺りはいかがですか。
星野
 真理という言葉は、私の本では第一章に頻繁に出てきますが、そもそもこの言葉をどのような位相で捉えるかは、なかなか難しい問題だと思っています。拙著の中では、これを「本来性」あるいは「ピュシス(自然)」に近いものとして用いています。物事のもっとも本質的な現われ、それが真理であり、ピュシスである。そういった意味での真理と技術の関係を、第一章では主題としました。つまり通俗的には、「技術(テクネー)」というものは、あらかじめ存在する真理を歪めてしまうものだと理解される。しかし私の議論では、物事の真理としてのあり方を露わにするものこそがテクネーである、というかたちでピュシスとテクネーの関係を論じています。その意味で言えば、崇高さとは、テクネーによって真理としてのピュシスが本来の姿で現われる、そのような事態のことなのではないか。
松浦
 真か偽かという二項対立を超えたところに「修辞学的な崇高」が出現するということでしょうか。さて、ボール・ド・マンを論じた最終章の第九章で、「テクスチュアル・サブライム」という概念が提起されますね。
星野
 この「テクスチュアル・サブライム」という言葉は、もともとド・マンのカント論を収録した論文集の表題につけられたものなんですね。ですが、その本を読んでみても、肝心の「テクスチュアル・サブライム」の明快な定義がどこにも見当たらない。そこで、この言葉を自分なりに引き受けながら、それを練り上げることができるのではないか、と考えたのが第九章の出発点です。この章ではド・マンに即して、その「テクスチュアル・サブライム」の概念を自分なりに規定しようとしました。
テクストの不気味さ

崇高の修辞学(星野 太)月曜社
崇高の修辞学
星野 太
月曜社
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松浦
 一章から九章までの叙述の流れに沿ってこうしてお話をうかがってくると、本書全体の構造が改めて浮かび上がってきて、私の理解も深まりました。ともかく大変面白い本でした。二千年にわたる崇高概念の変容のダイナミズムを記述しようとする試みですが、それが思想史でもなく哲学論文でもなく、しかしどちらでもあるような書物として結実した。むしろその両者が重なり合う際どい場所を指し示すような思考の実践といったほうがいいかもしれません。ただ欲をいうと、修辞学的崇高という本書の中心概念が、一体どういうテクストに、どういう具体例に顕現しているのか、という疑問が残らないではない。美学的ならざる修辞的崇高の端的な表われに関して、星野さんならではの独創的な発見と分析があると、もっと肉付けの豊かな論文になったんじゃないか。そういう気もしたのですが。
星野
 実は博論審査の時に、小林康夫さんにも同じことを言われました(笑)。この点については少し説明が必要になるかと思います。まず、この本では修辞学的崇高という概念を中心に置いているわけですが、それは、本書の議論に一貫した背骨を与えるためのひとつの戦略だったということです。つまり従来の図式では、崇高はもっぱら感性的な次元において論じられてきたわけですが、それは拙著の言葉で言えば美学的崇高ということになります。他方、それとは異なる修辞学的崇高という酷薄な系譜が存在し、それが美学的崇高の背後にぴたりとくっついているということを、本書では示そうとしました。修辞学的崇高というのは、その意味で、いま述べたような戦略のための梯子のような概念だと考えています。そのうえで言うと、ド・マンを論じた最終章で「テクスチュアル・サブライム」と呼んだものは、修辞学的崇高と重なりあいながら、最終的にそこからはややずれるものです。本書末尾のアイロニーの議論にあるように、あるテクストが書き手の意図を離れて、まったく異なるものとして受け取られてしまうということがある。ド・マンの言葉で言えば、テクストはいついかなるときにも「機械」として、それじたいが「自律的」なものとして作動してしまうおそれがある。本書でも例を挙げましたが、「ホワッツ・ザ・ディファレンス?」という文章を修辞疑問(いったい何の違いがあるのだ?)と捉えるか、たんなる疑問(その違いは何だい?)と捉えるかは最終的には決定不可能であり、場合によっては、疑問文のほうが修辞疑問文よりも単純であるとは必ずしも言えないような側面もある。ド・マンがイエイツの詩について述べているように、一般的に修辞疑問文と考えられているものを疑問文として受け取ったほうが、テクストの読みが深くなることすらあり得るわけです。そのような事態を、「テクスチュアル・サブライム」という言葉で呼ぼうとしたんですね。ロンギノスが崇高なロゴスの例として挙げる、いわゆる名文とされるテクストがあります。プラトンやホメロスといった古典の中に見られる優れた文章を、ロンギノスは崇高なロゴスだと考えていた。しかし本書が最終的に向かおうとしたのは、そのような方向性とは異なります。それよりももっと凡庸で、日常的な場面にもふと顔を出してしまうようなテクストの不気味さを、修辞学的崇高という概念によって言い表わすことができれば、と思ったんですね。だからこそ、これこそが修辞学的崇高であるという事例として、詩的/文学的な例を出すことはむしろ避けたかった。 
松浦
 そこは著者の立場として、首尾一貫しているとは思います。ただ、本書の全体はいってみれば崇高の修辞学をめぐる「一般概論」といったものでしょう。読者としては概論の後につづく各論も読んでみたいという思いに誘われざるえないわけです。カントがユダヤの律法書を読んだように、あるいはド・マンがイエイツの詩を読んだように、星野さんが具体的に、これこそ修辞学的な崇高だという「テクスチュアル」な場面に立ち会い、その「パンタシアー」と「パトス」を分析しようと試みたものを読んでみたい、という。ただ難しいのは、ラクー=ラバルトを論じた章で書かれていたように、崇高というものは、崇高と名前を与えられた瞬間に、それは崇高でなくなってしまう。そういうパラドクスを孕んでいることです。このパラドクスにあえて身をさらし、そのパラドクス自体を包摂しつつ乗り越えるようなかたちで、具体的な各論に赴こうというつもりがあるのかどうか。今後のお仕事の展望との関係で、最後にお聞かせいただけますか。
星野
 そのパラドクスがあるだけに、何かある実例を取り出して、これが崇高であると名指しするような仕事、いわゆる文芸批評的な仕事とは、本書の議論は相性が悪いように思うんですね。それはまさしくパラドクスに陥ってしまいかねない。
松浦
 あるいは、他者のテクストから崇高を取り出していくという批評の作業よりはむしろ、修辞的崇高がそこに立ち現われてくるような詩なり小説なりの創作をご自身で試みる――そういう方向も考えておられるのでしょうか。
星野
 この本を書き上げたことがどれほど影響しているかわかりませんが、実は以前よりも文学に対する関心は強くなっています。昔、松浦さんに「小説を書いてみたらどうですか」と言われたことが、ずっと心に残っていたからかもしれません。それが実際に創作に結実するかどうかはわかりませんが、いずれにせよそうした関心は強まっています。
松浦
 楽しみにしています。星野さんが『文學界』に寄せた北村太郎に関するエッセイを読ませてもらいましたが、詩よりはむしろ小説ですか。
星野
 どうでしょう。詩になるかもしれません。いずれにしても文学的な言語が、以前よりも身近に迫っている感じがしています。
松浦
 ともあれ、小説というのは俗の俗なるものですからね。崇高が顕現する芸術形式というのは本来、カントも言っているように、やはり詩なんですね。とはいえ超越的なものがすっかり稀薄化し摩滅し、万事が俗塵にまみれているような現代日本に生きている我々としては、ヘルダーリンやリルケのような崇高なる詩篇といったものを書くことはなかなか難しい。むしろ小説的散文の、さっき凡庸で日常的とおっしゃった、そうした俗悪性のただなかに崇高がかいま見えるというような、パラドクシカルな出来事の可能性に賭けるべきなのかもしれません。 (おわり)




2017年5月12日 新聞掲載(第3189号)
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