柴田瞳『月は燃え出しそうなオレンジ』(2004) つないだ手いつか手錠に変わってもいいと思っている月の下|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2017年5月16日

つないだ手いつか手錠に変わってもいいと思っている月の下
柴田瞳『月は燃え出しそうなオレンジ』(2004)

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「つないだ手」は愛の、そして「手錠」は罪の象徴である。つまりこの一首は、この愛がたとえ罪と呼ばれようとかまわない、このまま二人で生きてゆきたいという思いの歌だ。その心情が月明かりに託されることも含め、現代的な言葉遣いをしていながらどことなく古典和歌の世界観を思わせるところがある。下の句に句またがりを駆使して文節をずらしてゆくことで、迷いを抱きながらも少しずつ決意を定めてゆくような心理を表現している。この手法は実は俵万智が開拓して広めたものである。

この歌が入っている短歌連作を読むと、弟に対して過剰なまでの愛を募らせる姉を主人公としたストーリーとなっており、「手錠」が示唆している罪がインセストであることがわかる。しかし連作から外してこの一首だけで鑑賞するのであれば、不倫であったり、「ボニーとクライド」的な犯罪を重ねながらの逃避行であったりという解釈を施すことも可能である。「愛することが罪になる」というシチュエーションは、国や社会や時代の影響でいくらでも変化をする。同性愛が刑法犯になる国だって世界にはいまだにたくさんある。もしこの歌が文語で「つなぎし手いつか手錠に変はりても~」なんて表現されていたなら、まだ姦通罪があってリアル手錠をかけられる愛もあった時代のシチュエーションだと想像してしまうかもしれない。現代の口語短歌だからこそ、自由な鑑賞をしやすくなっている歌といえる。

2017年5月12日 新聞掲載(第3189号)
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