三笠宮と東條英機暗殺計画 / 加藤 康男(PHP研究所)◇軍と皇室の関係 歴史愛好者にとっては見逃せない一冊|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年5月15日

◇軍と皇室の関係 歴史愛好者にとっては見逃せない一冊

三笠宮と東條英機暗殺計画
著 者:加藤 康男
出版社:PHP研究所
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昭和十八年(一九四三年)に入ると、太平洋の戦況は日本にとって悪化の一途をたどった。二月にはガダルカナル島で大きな損害を喫して撤退し、四月には前線視察中の連合艦隊司令長官山本五十六大将が、ブーゲンビル島上空で米軍機の待ち伏せ攻撃を受け戦死する。五月になるとアッツ島守備隊が玉砕し悲報が相次いだ。

このような状況に至って大本営は、国防の範囲を圧縮し、それを「絶対国防圏」と定めて天皇の裁可を得た。この絶対国防圏の要がサイパン島で、この島が米軍の手に落ちると、日本本土が米軍B―29爆撃機の作戦範囲に入ることを意味する。由々しき事態である。

東条首相が危機感を持ったのも当然で、彼は開戦以来、総理大臣、陸軍大臣、内務大臣、外務大臣、軍需大臣、商工大臣、文部大臣を兼任または歴任したが、今度は陸軍参謀総長まで兼任しようと決断した。つまり統帥部と政務を緊密に一体化してして時局を乗り切ろうと言うのである。海軍は嶋田海軍大臣が軍令部総長を兼務する。さらに憲兵などを使って権力を一手に掌握した。反対する者は激戦地に飛ばされるなどした。

このような展開に反発が起きるのは当然で、東条を亡き者にせよとの暗殺計画が動き出した。昭和十九年九月には大本営参謀の津野田知重少佐と柔道家の牛島辰熊とが中心となり、東条に疎まれて予備役に編入された石原完爾中将も賛意を表していた。秘密兵器の青酸ガス爆弾を、東条首相の乗るオープンカーに投げ込もうという自爆作戦であった。

東条内閣の後には皇族内閣が必要とあって、津野田少佐は同じ大本営参謀であられた三笠宮が脳裏に浮かんだ。陸士の二期先輩として親しく声をかけて貰ったことがあり、支那派遣軍時代にも何度か顔を合わせる機会があったので、希望が持てると踏んだのである。そこで昭和十九年夏に宮家を訪問して、「意見計画書」なる「東条暗殺計画書」をお渡しした。

三笠宮は平成二十八年十月二十七日に満百歳の長寿を全うされて薨去されたが、その十年前に本書の著者は、三笠宮と百合子妃殿下から昭和史における皇室のオーラルヒストリーを伺うという希有の経験をする。その際の話題の一つがこの暗殺計画に対する三笠宮の関与であった。軍と皇室の関係という機微に関する事実が浮かび上がってきて、歴史愛好者にとっては見逃せない一冊となっている。

海軍にも暗殺計画が存在したが、要衝のサイパン島失陥の責任を取って東条内閣は総辞職し、それと共に暗殺計画も消滅する。

この記事の中でご紹介した本
三笠宮と東條英機暗殺計画/PHP研究所
三笠宮と東條英機暗殺計画
著 者:加藤 康男
出版社:PHP研究所
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2017年5月12日 新聞掲載(第3189号)
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