第三回 日本翻訳大賞|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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受賞
2017年5月19日

第三回 日本翻訳大賞

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翻訳家のほか様々な顔を持つ西崎憲氏の「翻訳賞が必要だ」という一本のツイートから実現に至った、日本翻訳大賞が第三回を迎えた。本賞の候補作は各選考委員と、ネット上での読者の推薦からなる。選考委員は、西崎氏に加え、金原瑞人、岸本佐知子、柴田元幸、松永美穂の翻訳界を牽引する五氏。読者からの候補作十編と各選考委員からの五作を合わせた二次選考を経て、最終候補作六作から、大賞は『すべての見えない光』(アンソニー・ドーア著、藤井光訳・新潮社)と『ポーランドのボクサー』(エドゥアルド・ハルフォン著、松本健二訳・白水社)に決定した。

四月二十三日、東京・駿河台のデジタルハリウッド大学で公開で行われた授賞式は、米光一成氏を司会に、贈賞式や選考経過報告のほか、楽器演奏あり、選考委員座談会あり、受賞者による受賞作の朗読あり、と盛りだくさん。その中から柴田氏と受賞者とのトーク「翻訳について」のほんのさわりを紹介する――。
たくさんの訳書の中で、訳者本人にとって受賞作に特別なところがあるか、との柴田氏の質問に対し、藤井氏は「ドーアは既に岩本正恵さんが短篇を二冊訳しています。僕の訳した長編小説は、作品の質感がその短篇集二冊とつながっていて、こういう場合どう訳せばいいのか、と。翻訳のプロセスが今までと全く違いました」「それで翻訳する前に、短篇集二冊について、岩本訳とドーアの原文を見比べ、どこがどう訳されているのかチェックしました。そして、最後の推敲で岩本訳をもう一度読み返し、自分の原稿に戻りました」「僕は割と余計な事をしたくなるタイプの翻訳者ですが、岩本さんはすごく素直に訳されていて、二冊の既訳に方向性と後押しを貰ったような感覚がありました」。

一方、松本氏は「翻訳を始める前に、作者本人と会う機会があったのが、これまでにない体験でした。事前に、今回の短篇集の元になる三冊を読んだときは、未知数の作家だという印象があったんです。直接会って、三冊を一緒にしたらどうだろうと、本人から言われ、こんなことを言う作家がこの世にいるのか、と驚きました(笑)」「著者のハルフォンは、語り手とほぼイコールな人物像だったので、本人の人となりを知れたことは、多少なりとも翻訳を作っていく上で、役に立ったと感じています」と話した。

また受賞挨拶で、松本氏は「この一週間で、五冊の最終選考作を――実は一冊残っているんですが――読みました。『ペーパーボーイ』(ヴィンス・ヴォーター、原田勝訳・岩波書店)は、子どもの頃に小説を読み始めたときに感じた、アメリカという国に対する甘酸っぱい憧れの気持ちを思い出しました。『狂気の巡礼』(ステファン・グラビンスキ著、芝田文乃訳・国書刊行会)には、ポーの全集やラヴクラフトなどを読み漁っていた、暗い高校時代に連れ戻されました。『あの素晴らしき七年』(エトガル・ケレット著、秋元孝文訳・新潮社)は素敵なエッセイ集です。「亡き姉」というエッセイは、『ポーランドのボクサー』に登場する語り手と妹のエピソードに奇妙なほど似ています。ユダヤという民族の多面性を知る上で、ハルフォンとケレットを合わせて読むことを皆さんにおすすめします。鮮烈なイラストだけでひきこまれてしまう『堆塵館』(エドワード・ケアリー、古屋美登里訳・東京創元社)は、一旦のめり込んだら当分抜けられそうにないので、帰りの新幹線用にキープしておきました(笑)。そして『すべての見えない光』、あんなにすごい物語があるのか、とただただ圧倒されました。受賞で得られた一番の成果は、翻訳小説を読むという興奮。忙しくて忘れていましたが、それを身体で取り戻したことかもしれません」。
続いて藤井氏は、「『すべての見えない光』の中に、視力を失った少女、マリー=ロールの父親が、娘がゆくゆくは自分で町を歩けるように、限りなく精巧な縮尺で町の模型を作ろうとする場面があります。時には自分の足を使って歩数で町の縮尺を計測し、一軒ずつ家を仕上げて町を再現していく父親の姿は、どこか翻訳の作業と重なるように思えました。自分はより偉大な何かにつながる細い管でしかない、と小説の中で父親は考えます。その父親は町そのものと、やがてそこを歩くであろう娘をつなぐ両者の代理のような存在です。

この小説を翻訳していた時間のことを、今、僕はほとんど思い出すことができません。それはおそらく、書き手であるドーアが、受賞メッセージで言っているように、優れた本が読み手を自分の人生から持ち上げ、他者の人生に入りこませてくれるからでもあるでしょう。それと同時に、岩本さんが翻訳されたドーアの二冊の短篇集というもう一つの声が、いつも僕に呼びかけてくれていたからでもあります。翻訳をし始めてから、本が刊行となるまでの約十二か月間、僕はドーアの小説と岩本さんの訳文という二つの声をつなぐ細い管でしかなかったように思います。その経験は訳者としての僕をかつてなく自由にもしてくれました。自分が代理であると考えることによって、僕は他者の声に対して、今まで以上に自分を開くことができた。その経験を与えてくれた二つの声に、僕はこの先も感謝し続けるでしょう」。

文学の楽しさを分かち合わせてもらえる時間だった。
2017年5月19日 新聞掲載(第3190号)
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この記事の中でご紹介した本
すべての見えない光/新潮社
すべての見えない光
著 者:アンソニー・ドーア
翻訳者:藤井 光
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
ポーランドのボクサー/白水社
ポーランドのボクサー
著 者:エドゥアルド・ハルフォン 
翻訳者:松本 健二
出版社:白水社
以下のオンライン書店でご購入できます
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