二〇一七年度(公益社団法人日本文藝家協会主催) 日本文藝家協会懇親会 赤川次郎氏講演「ミステリはつらいよ」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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2017年5月19日

二〇一七年度(公益社団法人日本文藝家協会主催) 日本文藝家協会懇親会
赤川次郎氏講演「ミステリはつらいよ」

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五月十一日、千代田区・アルカディア市ヶ谷で、二〇一七年度日本文藝家協会懇親会が開催された。

オープニングの記念講演では、自著六〇〇冊刊行を三月に達成したばかりの作家・赤川次郎氏が演壇に立った。

赤川 次郎氏
 ■演題「ミステリはつらいよ」

「私が文藝春秋の「オール讀物推理小説新人賞」(一九七六年)をいただいてから今年で四一年。はじめのうちは本格ミステリーを書こうと張り切っておりました。でもしばらく書いているうちにそういうトリックを考えるのがちっとも面白くなくて、面白いのはむしろ登場人物のキャラクターを書いたり、コメディーリリーフ、笑わせ役の人物が登場して主人公とやり取りする、そういうことを書いている方が楽しかったんです。結局私はトリッキーなミステリは向いていないということを自覚して、数年でトリックを考えることをやめてしまいました」。

特に、映画化され大ヒットした『セーラー服と機関銃』(一九七八年)を書いたことで、本格推理ファンからは見放されてしまったと言う。だがそのおかげで一般読者層は広がった。最近、初期の作品が再刊される機会に昔書いた作品を読み返すと、公衆電話をかけるのに十円玉を入れたりしていて驚いていると言う。「初期の頃に考えたトリックなんてまったく通用しなくなってしまっている」。そうした状況を踏まえた上で赤川氏は自分のミステリ作品についてこのように言い切る。

「ミステリというものは小説の部分で読者を楽しませなければいけない。トリックを取ったら何も残らないものを書いても仕方ないと、つくづく、特にこの携帯電話の発達を見ていると思います。ですからはっきり申しまして私の書くミステリはミステリとしては滅茶苦茶で非常にレベルが低い。最後は辻褄合わせに四苦八苦というレベルです。でも、私はそれでもいいと割り切っています。読者に愛される登場人物を書いて、読者が今回はこの人は何をやってくれるのかなと楽しんで読んでくださる。それが私の小説の個性だと思えばそれでいいのかなと思います」。

赤川氏の『顔のない十字架』(一九八六年)という初期の作品に登場するクールでハードボイルドな男性の殺し屋はいまだに人気があって、若い読者からこの殺し屋のファンです、という手紙が来るそうだ。こうした魅力的な人物のキャラクターを描くことによって、小説を六〇〇冊まで書いてきた赤川氏だが、警察小説についての言及では、よく取材して優れた警察小説がたくさん書かれているとする一方、今の警察というものがあまり信用できないと言う。今の警察の捜査方法は防犯カメラの解析やDNA鑑定のような科学捜査が主流になって、そこで刑事が何をやっているか、人間が調べている顔が見えてこないと語る。

「DNA鑑定等に頼り過ぎている今の捜査の仕方と責めて自白をさせればいいみたいなそういう古い体質がどうもうまくマッチしていないんじゃないかという気がする。そういうところに日本の警察の危うい部分を感じます」。

さらに、二〇〇八年の秋葉原通り魔事件(秋葉原無差別殺傷事件)に触れ、
「あの事件が起きたとき、一番ショックだったのは、刺されて血を流して倒れている人を遠巻きにして写真を撮っている人たちです。この人たちは、相手の身になってみるということが全然できない人たちなんだと。もし自分が刺されて血を流して死の恐怖に怯えて倒れているとしたらどう思うか。そういう発想がまったくできていない。それが私はとてもショックだったし、人間と人間のかかわり合い方の基本ができていない、言葉を替えれば想像力の欠如ということ。自分が相手だったらどうかという想像力が働かないこと」。

赤川氏がそのときに感じていたのは、実は敗北感だったのだと言う。

「想像力は本来は本を読むことによって育てられたはず。少年少女の頃、子ども向けの読物から始まっていろんな冒険物語とか小説を読んで、主人公と同じように冒険したり喜んだり泣いたりするということを経験しながら人間は想像力を育てていく。それは私たち作家の役割だったと思うんです。若い人たちが本を読まなくなったことと相手の立場が考えられないということは必ず繋がっている。その責任の一端は、やはり私たちものを書く人間にある。想像力が育っていないのは、私たち作家の力が足らなかったんだと。これから私たちはそういうことを考えながら若い人たちに向って想像力を育てる努力をしなければいけないと思います」。

最後に赤川氏は、このような言葉で講演を締めくくった。

「私も来年は七〇歳。これからは次世代さらに次の世代に向けて、相手の身になってみようよという単純な、人間の基本的な人と人とのかかわり合い方を学んでもらえるような小説を書いていきたい。面白い話の中で経験をして想像力を育てるような物語を書き続けていきたいと思っております」。

続く乾杯の音頭で、日本文藝家協会理事長の出久根達郎氏は、「私は赤川次郎さんの大ファン。赤川さんの小説がいまだにこれだけの読者を得ているということは面白いからで、赤川さんの文章の底には反権力の烈々たる力が秘められている。これがあるから私ども老年も中高生も感動してしまう。文藝家協会では、本年から特に若い人たちに向けて読書啓蒙運動を本格的に始めようと考えている。これは私ども大人の責任です」と会場に語りかけ、乾杯の掛け声とともに懇親会へと移行した。

出久根 達郎氏
  当日出席された長寿会員(13名)=池央耿氏、稲沢潤子氏、川端進氏、小泉浩一郎氏、島崎榮一氏、七田谷まりうす氏、西木正明氏、林順治氏、富士松松栄太夫氏、宮内憲夫氏、宮﨑典子氏、森中惠美子氏、脇地炯氏。当日出席された新入会員(8名)=蒼月海里氏、岡真知子氏、北國浩二氏、更科功氏、時衛国氏、奈倉有里氏、平野啓子氏、吉見正信氏。

なお、協会会員のうち長寿会員は45名、新入会員は67名が該当する。出席者総数は、協会会員、招待者含め、260名が参加した。
2017年5月19日 新聞掲載(第3190号)
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