藤沢螢『時間の矢に始まりはあるか』(1997) 不法入国者の彼が提げたるは銀合歓の若枝と向日葵|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2017年5月23日

不法入国者の彼が提げたるは銀合歓の若枝と向日葵
藤沢螢『時間の矢に始まりはあるか』(1997)

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作者は「久木田真紀」のペンネームで1989年に短歌研究新人賞を受賞したが、19歳女性のプロフィールで応募していたにもかかわらず実際は中年男性だったということが露見して歌壇的「事件」となった。その後、藤沢螢という別のペンネームで歌集を出版したが、ほぼ黙殺された。受賞作はかなり素晴らしい出来映えであり、この優れた歌人を「スキャンダル」扱いにして消し去ってしまったのは馬鹿らしいことだったと思う。

そして別ペンネームにて刊行された歌集は、半分以上が日本人留学生の視点から描かれたアメリカを舞台としている。摩天楼やスラム街の猥雑で暴力的な雰囲気が、むせ返るような空気で描写されている。掲出歌もそのうちの一首。「不法入国者の彼」の祖国はどこだろうか。銀合歓は中南米が原産地で、侵略的外来種として世界中に広まり、要注意外来生物にも指定されている。一方の向日葵は北米大陸西部が原産で、ネイティブ・アメリカンの食用にもなっていた。つまり「不法入国者の彼」は中南米からやってきたヒスパニックで、アメリカとの友好を意識して二つの地域を象徴する花を提げている、と見ることができるだろう。

移民・難民や不法入国といった国際問題を正面から捉えることを、国内に閉じこもりがちな現代短歌はあまり出来ていなかった。しかしこの歌はフィクションの導入をその切り口とした。フィクションだからこそ語れることがあるという重要な問題提起である。

2017年5月19日 新聞掲載(第3190号)
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