山田弘明・香川知晶対談 デカルト研究の現在/未来 『デカルト医学論集』(法政大学出版局)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年6月1日

山田弘明・香川知晶対談
デカルト研究の現在/未来
『デカルト医学論集』(法政大学出版局)刊行を機に

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「我思う、ゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)」の言葉で知られる近代哲学の父デカルトが、「医学・解剖学」に情熱を傾けていたことは、デカルト研究者のあいだでも、あまり知られていない。
デカルトによるそうした医学・解剖に関連するテキストの集成が初邦訳された。『デカルト医学論集』(法政大学出版局)である。また昨年、これもまた初邦訳となる『デカルト全書簡集』(知泉書館)全八巻が完結した。四〇〇年にも及ぶデカルト研究の風景が、今変わろうとしている。
これを機に、翻訳を主導した山田弘明氏と、翻訳者のひとりである香川知晶氏に対談をしてもらった。 (編集部)


デカルト翻訳症候群

香川
 二〇一二年に知泉書館から刊行がはじまった『デカルト全書簡集』全八巻が昨年完結し、この三月末には、法政大学出版局から『デカルト医学論集』が刊行されました。さらに、法政大学出版局からは『デカルト 数学・自然学論集』が、知泉書館からは『ユトレヒト紛争書簡集』も間もなく刊行されることになっています。これでデカルトの基本的な全集とされる「アダン・タヌリ版全集」全十一巻に収録された、ほとんどすべての文書が日本語で読めることになります。特に『全書簡集』刊行以前は、「アダン・タヌリ版全集」の三、四割ぐらいしか邦訳されていませんでした。このことを考えると、『医学論集』のあとがきにちょっと書きましたけれども、日本におけるデカルト研究の風景、研究の出発点が、大きく変わることになるだろうと思います。

今日は、そうした近年のデカルトの翻訳作業を中心になって進めてこられた山田さんに、私が質問させていただくかたちで、翻訳を企画された背景や、翻訳作業中の苦労話からはじめて、ご意見をうかがっていきたいと思います。そして最後には、少し大きなテーマになりますが、現在の人文学を取り巻く情況のなかで、こうした研究が持つ意味や、今後の展望についてもお話しいただければと思います。

山田さんはこの間、『全書簡集』にはじまり、かなりの量の翻訳を次々に進め、着実に成果を出されてきました。まず最初に、なぜ未翻訳のものをすべて訳そうとされたのか。翻訳作業着手のきっかけからお話しいただけますか。
山田
 外国でデカルト全集の新しいエディションなどが出ることになったのが、そもそものきっかけです。具体的には、まず二〇〇五年に、イタリアで『全書簡集』(ボンピアーニ版)の翻訳が出たことです。書簡に関して日本では、これまで部分訳しかなく、この機会に、デカルトの書簡を全訳できないかと思ったわけです。次に二〇〇九年に、フランスで新しい『デカルト全集』(ガリマール版)が出はじめたことです。さらに、ごく最近、新しいテキストの発掘が続いたことです。二〇一〇年に、アメリカの大学で友人のメルセンヌ宛ての書簡が発見されました(山田『デカルトと西洋近世の哲学者たち』知泉書館二〇一六年、一二九―一三八頁)。また二〇一一年には、ケンブリッジ大学で『規則論』のテキストの新発見もありました(山田・池田「新発見のデカルト『規則論』写本」『フランス哲学・思想研究』一七号、二〇一二年、二二九―二三一頁)。こうした世界的な研究の流れを捉えて、新しい目でデカルトの読みなおしをしたいという思いが強くなり、そのひとつの表われが今回の翻訳に結びついたということです。因みに「テキストの読みなおし」ということに関しては、デカルトだけでなく、ライプニッツ、カント、ヘーゲルなども含めて、世界的な動向になっているようです。

次に、翻訳の意図についてご説明します。これは個人的な事情でもありますが、書簡にせよ、その他のいろんなテキストにせよ、とにかく日本語で読んで概要がつかめるようにしたかったということです。これまで、重要な書簡は、研究者がその都度いちいち訳していました。そうすると、人によって訳語も違いますし、全訳することで、そういう不便をなくして、一元化したいと思ったんですね。これが最初の出発点です。いわば、自分の都合から出発しているといっていいかもしれません。ただし、これが大変無謀な計画であることは百も承知でした。なにしろテキストの量が膨大です。加えて、半分くらいはラテン語で、あとの半分は十七世紀のフランス語で書かれています。オランダ語もちらほら出てきます。また、内容的には、哲学以外に、数学や医学の話題があり、機械工学や力学もあれば音楽の話もある。こういうことは、普通のデカルト研究者はあまり知りません。さらに、イタリア語訳の『全書簡集』と申しましたが、私はイタリア語はまったくわかりません。これでは、とてもひとりでは手に負えない「無謀な計画」であることになります。

そこで、そういう様々な問題があることを踏まえたうえで、デカルト研究会のメンバーに相談し、専門家も入れたプロジェクトチームを作ることにしました。出版社の方にも相談し、科研費にも応募して、いずれもOKをいただき、ようやくゴーサインを出すことができました。出版までには紆余曲折がありましたが、四、五年かけて、なんとか『全書簡集』と『医学論集』の翻訳ができあがったというのが実情です。
香川
 『全書簡集』の翻訳については、私もごく一部分参加しました(第三巻)。ただ正直いうと、最初に話を聞いたときには、企画に関しては承知したけれども、いつまでにできるんだろうというぐらいの感じで思っていたんです。とても完結などしないだろうと。それが、他の翻訳者の方々のご尽力もあって、あれよあれよという間にかたちをなしていった。これには、本当に驚きました。
山田
 出版社でも、大体十年ぐらいはかかるんじゃないかと予想しておられましたね。幸いに科研費に通ったということもあって、作業が加速されました。そして『全書簡集』の翻訳が一段落したあと、これまで訳のなかったマイナーなテキストも訳してみたいと考えるようになったわけです。今回刊行された『医学論集』と、いまやっている『数学・自然学論集』、『ユトレヒト紛争書簡集』です。私自身が歳をとったせいもありますが、生きているうちにデカルトの一次資料をできるだけ訳しておきたい。その任でもないのに、これが自分の使命だと思うようになりました。友人からは老人性の「デカルト翻訳症候群」といわれています(笑)。
香川
 八巻におよぶ『全書簡集』をはじめ、全体の量も多いですから、今申しあげたように、本当に完結できるのかと思っていたんですけれども、比較的短時間のうちに刊行までこぎ着けることができた。山田さんがいわれたように、いろいろな周囲の状況に後押しされたこともあったかと思います。そうした進捗のペースに関して、企画の発案者である山田さんご自身としては、改めて振り返られて、どのような感慨をお持ちですか。
山田
 自分では、一応満足しています。まだ二巻を残しており、現在進行形ではありますが、多くの人の協力や科研費も得て、当初予想していた以上に進捗しています。もちろん、いろんなご批判もあるでしょう。『方法序説』や『情念論』といった書物を訳しなおすのならわかるけれど、こんな誰も読まないような断片的なテキストを訳して、一体どうするのか、と。しかし、少なくともデカルト哲学の歴史的研究という観点からすると、大きな意味があると、私は思っております。デカルトのほとんどのテキストが、日本語になってその全貌をあらわしつつあるわけで、これは「知られざるデカルト」の発掘といっていいと思います。そのことに一応は満足しています。ただ、それは自己満足であって、これが決して完璧な決定訳というわけではありません。多くの人の集合体の仕事であり、それをまとめる私自身の力不足もあって、試行錯誤を重ねながらの暫定的な訳にすぎません。これが正直なところです。
香川
 今のお話にもありましたが、残されたデカルトの未邦訳のテキストは、断片的なものが多いわけですよね。そんなものを訳してどうするのかという批判も、確かに一方ではあります。刊行されたばかりの『医学論集』にしても、断片の集積といっていい。ここからは、この本に絞って話を進めていきたいと思います。『医学論集』は、デカルトの中でも特殊な文書を集めたものです。翻訳に際して、山田さんが特に注意された点はどこになりますか。
山田
 それは、たくさんあります。先ほど「満足」だと申しあげましたけれども、たしかに哲学の分野で、これだけ医学に踏み込んだ翻訳が出るのは、日本では稀なことではないかと思います。しかし、全体として断片の集積であり、そのすべてを読み解くのは、正直いって、簡単ではありません。たとえば、本書冒頭に収められている『解剖学摘要』は、「私は解剖した仔ウシの心臓で以下のことを観察した」(二一頁)という文章ではじまります。一般の興味をあまり引かない話からはじまるわけで、読む人は、いきなり動物解剖の現場に連れて来られたような気分になります。そこで注意したのは、本文の訳だけでなく、詳しい解説をつけるということです。解説だけで本書の半分ぐらいを占めています。その解説によって、本文の意味内容が十分理解できるようになっていると思います。

それ以外にも、翻訳作業には、たくさんの問題が立ちはだかりました。いくつか申しあげますと、まず、デカルトの解剖学は、現代の解剖学と用語や概念が決して一対一対応していません。つまり、現代の解剖学との整合性が問題になるわけです。たとえば、「心耳」という言葉がよく出てきます。これは、現代でいえば「心房」のことなんですが、デカルトの時代にはそれは血管の一部とされていて、決して心臓の一部とは考えられていませんでした。このように、現代医学では意味の異なる言葉をどう処理するかが問題でした。本文では、「静脈性動脈〔左心房〕」といった具合に、現代に対応する用語をカッコに入れて補いました。
哲学と医学の連動

山田 弘明氏
山田
 それからデカルトの文書では、器官の名前がはっきり書かれていないことがよくあるんですね。一体その用語は何を指すのか。これを確定するのが非常に難しい。たとえば『人体の記述』には、「(脳にある)三角形の血管」という言葉が二回ほど出てきます。これだけでは、何のことかまったくわかりません。そこで、デカルトが読んだ当時の解剖学書にあたっていろいろ調べ、どうやらこれは現代医学で「上矢状静脈洞」といわれているものらしい、との結論にいたりました。たしかにそこでは三角形が確認できます(本書、二七八頁、図3)。このように、その器官が何であるかを現代の知識によって推測する必要がしばしばあり、これが非常に難しかった点です。実際には、医学史や解剖学を専門とする訳者にお願いして、用語の吟味をしました。具体的には、まずそれぞれの訳者が、自分の判断で自由に訳してみる。次に、専門の立場から徹底的にチェックする。つまり複数の目で相互検証し、プルーフ・リーディングを行なう。これは重要ですが、大変骨が折れた作業です。しかし、そうした作業を経ることによって、はじめて正確な訳が可能になったと思います。

以上のように、医学の専門家から見ても間違いのない、意味の通る訳にすることが、特に注意した点です。
香川
 デカルトの時代と現代とでは、用語の使い方が違うところがかなりあって、そのまま訳すと、全然意味が通らないわけですよね。けれども、現代の用語にすべて置き換えればいいかというと、そこも微妙ではある。前提となっている医学の体系自体が異なっていますから、現代の用語に完全に直してしまうと、むしろデカルトのテキストが意味する文脈からはずれてしまう。この点で一定の方針を立てるのがとても難しい。それは、私も翻訳に参加させていただいて、強く感じました。逐一文脈を見て、案配を考えながら対応するしかないところがありました。簡単に現代用語に置き換えればいいというものではない。十七世紀のこういうテキストと向き合って、そのことがよくわかりました。ここは常に苦労した点であり、一方で、実際に翻訳に携わっておもしろかったところでもあります。当然のことですが、デカルトが考えている医学の文脈が、現代医学の出発点のひとつであることは間違いない。しかし、それがそっくり現代に合うかたちにはなっていない。ここは翻訳で苦労して、よくわかった気がします。私自身は、ほんの一部分を担当しただけですが、山田さんはじめ、皆さんの御苦労は相当なものだったと想像します。

では、今回の『医学論集』と『全書簡集』の翻訳を通して、新たにどのような発見や知見を得られたのか。その点についてお話しいただけますか。
山田
 私自身は哲学の研究者として、『全書簡集』と『医学論集』に参加しました。その立場から申しあげますと、ひとつには、心身問題など哲学の問題が、医学の問題と見事に連動していることが再認識されたということがあります。たとえば、大ケガをして腕を失った少女が、なくなったはずの指や手などに痛みを感じるという「幻肢痛」の症例を、デカルトは何度も引いています。そして、これを「内的感覚も疑える」とする哲学の議論の論拠に援用しているわけです。つまり、彼の医学論をしっかり読むことによって、哲学の問題がより具体的にわかるようになるのではないかと思います。

もうひとつ新鮮に感じられたのは、デカルトの経験論的・実証的な研究態度が、この『医学論集』には非常によく出ているということです。テキストの多くは、解剖の実験ノートです。自ら実験をしながら、そばにノートを置いて記した、いわば観察記録が元になっている。ある時は、ペンをへその動脈に差し入れて、その状態を確かめたりもしている。そういう臨場感のある記述が、幾度も出てきます。イギリスのハーヴィの血液循環説を、デカルトが称賛したのも、ハーヴィの考え方が実証的で明快だったからでしょう。デカルトという人は、本来極めて実証的なものを好む人であったことがわかります。

医学の話題ではありませんが、興味深い文章を見つけました。メラン宛ての書簡で、デカルトは「ロワール川の水は十年前と同じではないが、しかし同じ川だ」と言っています。これは日本人には聞きなれた表現です。ただ、鴨長明が「同じ川が流れるがもとの水ではない」という点を強調したのに対して、デカルトは「水はちがっても同じ川だ」と言っているのが面白いと思いました。
「書籍の森」を歩む

香川 知晶氏
香川
 今山田さんがいわれたように、デカルトが実際に手を動かしているのがよくわかる文書が、『医学論集』には多いですよね。そういうデカルトの姿が、目に見えるようにわかる。それとともに、私が新鮮に思えたのは、デカルトが、医学に関連する書物を、非常によく読んでいたということなんです。『全書簡集』のなかにも、本についての問い合わせをするくだりが頻繁に出てきます。盟友のメルセンヌに向けて、当時話題の書物を送ってくれるようお願いする手紙もありますし、場合によっては、新しい本についてどういう感想を持っているか、意見を乞う問い合わせもある。本をめぐる話題が、『全書簡集』には実に頻繁に出てきます。解剖に熱意を傾けながら、バックボーンとして、当時の医学に関する、かなり広範な書物の知識を持っていた。そのことが確認できたように思います。これは、従来のデカルトのイメージとは異なる。つまり、私自身もそうですが、一般的には、次のような捉え方をされてきたのではないでしょうか。デカルトはオランダに移住以後、医学研究にも手をつける。当時のことについて、プレンピウスという医者がのこした有名な言葉があります。「デカルトは、ほとんど本は持っていないし、読むこともなく、孤独な妄想にふけり、時々自ら動物の解剖をしてすごしていた」。こうしたイメージが強かったんですけれども、『医学論集』の翻訳に一部だけですが参加して、それは誤まった印象だったことがわかりました。当時の標準的な医学関係の書物を、デカルトは実際に読んでいて、かなり詳しかった。そのことが感じられて、私にとっては新鮮でした。たとえばヒポクラテスやガレノスといった医学の大伝統は、当然のことながら読んでいた。それから十六世紀以降の医学であれば、最近注目されていますが、フェルネルについても、よく知っていた。特に発熱の問題については、フェルネルが権威だったこともあり、フェルネルの本に言及している書簡もあります。また解剖学のテキストとしては、ガスパール・ボアンについても、熟知していたと考えられます。

細かい話ですが、今回の『医学論集』の中の『治療法と薬の効能』という短い論文の中に、これまでわからなかった数字が出てきます。本書では、九二頁にその数字が登場します。「数ヶ月経っても難しい胃腸の瀉下は、以下のように引き起こされる。728」。この「728」は、従来、日付として理解されてきました。しかし、『医学論集』に協力いただいた、アニー・ビトボル―エスペリエスさんの研究によると、デカルトのテキストにはそうした年月の表記法は見られない。これは、当時の医学書に出てくる薬の分類の番号であると、アニーさんがつきとめたわけです。その類いの本もしっかりと読んでいたということです。プレンピウスがいっているように、デカルト自身、本はそんなに持っていなかったかもしれませんが、しっかりと読んではいた。

また、これも、アニーさんが指摘していたことですけれども、デカルトはオランダに行ったあと、あちこちの大学に登録する。その主目的は、大学で図書館を利用することだった可能性が高い。『方法序説』の記述をもとにして、デカルトという人を考えると、森の中をただひとり歩んでいく、そんな思索家のイメージがあり、私自身もそう考えていました。確かに、それは正しいデカルトの姿だと思います。しかし、その森というのは、「書籍の森」だった可能性があったんじゃないかと、今回翻訳に参加して感じました。
山田
 なるほど。
香川
 もう一点。『医学論集』の翻訳・解説に参加いただいた、医学史研究で有名な解剖学者・坂井建雄さんがいっていたことですが、実際に解剖するにしても、教科書なしに、ただ動物を解剖するというのはナンセンスなわけですよね。医学研究としては標準的なテキストがあり、デカルトの場合、たとえばボアンの『解剖劇場』という書物をしっかり読んでいた。それを傍らに置きながら解剖に臨んでいたはずです。そういう意味では、書物をよく読んでいたし、デカルトの書きのこしたテキストには、同時代あるいは先行する思想家たちの書籍を介しての影響が色濃く出ている。すでにジルソンに教育を介してデカルトが受けたスコラの影響を明らかにした古典的研究がありますが、それだけではなく、イエズス会の学院を出た後も、同時代の人たちも含め、さまざまな分野の学者たちがデカルトに及ぼした影響は、これまで考えられていた以上に大きかった可能性がある。今後の課題としては、『医学論集』をさらに読み解いていくことで、そうしたいろんな影響関係を明らかにするというのが、ひとつあるだろうと思います。それとともに、かりにそういう影響があったとしても、やはりデカルトはデカルトであった、その所以を、新たな目で見なおすことも必要になるんじゃないか。今回は、そうしたことを強く感じました。

今、アニー・ビトボル―エスペリエスさんの名前を出しましたが、『医学論集』は日本語の翻訳でありながらも、デカルトの医学研究の世界的権威であるアニーさんの協力が、非常に重要でしたよね。アニーさんをはじめ、国際的な研究ネットワークとの関連なしには実現できなかったところもあると思います。山田さんは、実際に国際的な研究状況に、活発に関わっていらっしゃいます。その辺りの話と絡めて、ご意見をお聞かせいただけますか。
山田
 今回の一連の翻訳作業が、国際的な研究組織と密接に関連しているのは、間違いないことです。たとえば二〇一四年に、書簡集に関する国際集会がパリ大学でありました。そこには、世界各国から、様々な研究者が集まりました。イタリア語訳『全書簡集』を作ったベルジョイオーゾさん。フランスで新しい「書簡集」(ガリマール版)を出したばかりのアルモガットさん。オランダで新たに書簡全集を準備中のファベイクさん。その他、スイス、スペイン、ルーマニアの方々がおられました。むろんアニーさんもおられました。日本からは私が報告しました。翻訳にかかわる苦労を「同業者」がみんなで語り合う、有意義な学会でした(山田「パリ デカルト・セミナーに出席して」『フランス哲学・思想研究』二〇号、二〇一五年、三四〇―三四三頁)。我々の『全書簡集』の翻訳には、このネットワークを大いに利用させてもらいました。難しいテキストを、みんなどのように解釈しているのか、あるいは、入手困難なマニュスクリをどうやって手に入れたかとか、こちらからメールで質問し、丁寧な答えを毎回いただきました。逆に私から問題を提起して、単に翻訳の本文を並べるだけでなく、冒頭にキーワードを挿入したらどうかというアイディアを出したりしました。

アニーさんの話が出ましたが、彼女からは、『医学論集』に対して、直接・間接的に大きなご支援をいただきました。「序」もご寄稿くださいました。先ほどの「三角形の血管」という言葉が一体何を指すのか、何度も図入りでメールの交換をしました。香川さんが「あとがき」で書かれていますが、ゲラの初校をPDFで送ると、そこにある欧文部分の誤植まで指摘したメールが即座に返ってきました。これには驚きました。
哲学研究の見直し

香川
 『医学論集』に収められたラテン語の論文は、フランス語に翻訳されたものがいくつかあります。実際に、そういう仏語の翻訳文を参考にしながら、私たちも作業を進めたわけですが、やはり解釈の部分で不安を感じるところが多々ありましたよね。雰囲気はわかるけれど、厳密にどういうことをいっているのかがわからない。きっちりつめて仏文訳されていない箇所も、いくつかありました。はっきりいってしまうと、こちらで翻訳する際の参考にはならなかったところもあります。逆にいえば、デカルトの医学・生理学関係における論文の研究は、国際的に見ても、そんなに進んでいなかったということです。そういう情況のなかで、アニーさんは、新しいデカルト全集の医学関係の巻を担当されていますし、その分野の第一人者である。だから、フランス語の従来の翻訳を見なおす過程で、テキストを厳密にチェックされていたこともあって、我々の翻訳作業にも、丁寧な意見をくださったのだと思います。

国際的に見ると、十七世紀の哲学全般について、これまであまり意識されていなかった生理学や医学の観点から、哲学者の思想を見直そうという大きな流れが生じています。アニーさんは、デカルトに関しては最先端を走っていらした。その彼女に教えを受けながら、また、ある時は、学問的に激しいバトルをしながら、翻訳を進めることができた。日本語の翻訳ではあるけれども、そうした国際的なネットワークとの関連なしには、今回の仕事は実現できなかった。逆に、私たちが翻訳した『医学論集』に対して国際的反響があれば、ご紹介いただけますか。
山田
 残念ながら、今のところ、学問的な反響はあまりないというのが率直なところです。形式的な面では、いろいろ評価してくださっています。テキストの選び方がいいとか、表紙のカバーがしゃれているとか、日本の製本技術を高く評価される方もいます。また、アニーさんは「日本人が重要な仕事をしている」と、宣伝してくれています。この『医学論集』は、フランスのデカルト研究誌に紹介される予定です。しかし、なにしろ日本語訳ですから、中身まで読んでくれる西洋人はあまりいないだろうと思います。たとえば西田幾多郎のチベット語訳が出ても、日本の研究者はあまり関心を寄せないでしょう。そういう意味では、内容面での反応は期待できないし、期待はしていません。
香川
 西田のチベット語訳ですか……。それと同じような扱いであれば、反応がないのも致し方ないことだと思います。ただ、もしそうだとすると、少し大きな話になってしまいますが、現在の日本における人文学の研究の状況を踏まえて、考えざるを得ない問題が生じてくるのではないでしょうか。つまり、国内における人文学研究も、常に国際的な研究との関連で評価される。世界的に評価されないといけないんだという意見を、昨今よく耳にするようになりました。そうした風潮が、片方にあるわけです。人文社会学への逆風が強まっているといっていいと思います。その時に、我々のこういう仕事は、意味がなくなってしまうのか。『全書簡集』や『医学論集』、あるいはこの後につづく『数学・自然学論集』『ユトレヒト紛争書簡集』まで含めて、「西田幾多郎のチベット語訳」のようなかたちで片づけられてしまうのか。それとも何か大きな意味を持ちうるのか。
人文学への理解が深まる

山田
 難しい問題ですね。少なくとも我々のやっている仕事は、人文学という学問の裾野を広げるという意味は持ちうるでしょう。つまり、人文学への一般の理解を広めるという点においては、一定の貢献はある。こういうマイナーな文献にまで日本語訳があること自体、意味があると思います。これから勉強しようという学生さんも、入って行きやすいでしょう。結果として、デカルト研究の門戸が広くなり、ひいては、人文学そのものの理解が深まるんじゃないかと、私は思っています。また、これまで哲学者としてとらえられてきたデカルトは、これだけ医学に専念していたわけです。少なくともこの時代は、文系・理系という区別にあまり意味がなかったこともわかります。現代でいう「文理連携」などは、むしろごく自然なことだったのが、デカルトの全体像を見てみれば、よく理解できると思います。
香川
 『医学論集』のあとがきにもちょっと書きましたが、振り返ってみると、私がデカルト研究のまねごとをはじめたとき、白水社の『デカルト著作集』全四巻が出たばかりでした。そこには『省察』の「反論と答弁」の大部分と、『方法序説』の「三試論」や『人間論』など、未邦訳の著作が含まれていました。そこから多くを学び、今日まで研究をつづけてきました。しかし、デカルトがのこした文書全体としては、半分にも満たない。特に書簡に関しては、その多くが翻訳されてこなかった。それが今回、ほとんど完全なかたちで翻訳が実現した。このことは喜ぶべきことである。これはデカルトだけにいえることではなく、外国の思想家や哲学者について研究をはじめる、少なくとも出発点において、どういうテキストが翻訳されているのかは、非常に大きいことだと思います。その意味では、デカルトに関しては、間もなく、すべてが日本語で読めるようになる。そうなったとき、デカルトへのアプローチの仕方も変わってくるのではないか。翻訳した側さえ予想しなかった、そんな読みをする若い人が出てくる可能性もあります。人文学に対する逆風のなかで、どれだけ現実的に役立つかはわかりませんけれども、従来とは違う読みが生まれてくる可能性はある。そこに期待したいと、私は思います。そんなに甘いものではないと、山田さんにはいわれそうですが、少なくとも研究の風景は、かなり違うものになってくるんじゃないかと思います。

それから、実際に作業に関わった人間として、率直な感想をもう一点申しあげておきます。デカルトの文書を読んでいて、今までは、何かわけがわからないと感じるところが多々あったんですね。翻訳作業を通して、それなりに理解できるようになった気がしました。この点では、愉しい作業だったし、やっていておもしろかった。先ほどもいいましたが、解剖学の現役の専門家にも入ってもらって、訳語を検討したり、現代的な視点とデカルトの時代とを、どう関連付けて読むか、かなり激しく議論もしました。海外の専門家とのあいだでもやりとりをし、国際的な交流の中で研究もできた。現在の人文学研究を取り巻く情況とか大問題があるにせよ、やっている当人にとっては非常におもしろい経験でした。結果としてそういう印象を持てたのは、貴重なことだったと思います。
山田
 私自身も、長らくデカルト研究をつづけてきましたが、とくに今回は学ぶことが多かったですね。たとえば、デカルトが医学をやっていたことは知っていたけれど、ここまで本腰を入れて細かくやっていたとは知りませんでした。それは、ある意味で感動的でした。精密な医学的・科学的な視点が、彼の学問の中核にあることを感じることができたからです。

日常的なことでいえば、彼は三十歳過ぎてオランダにいくわけですよね。アムステルダムで、ほとんど毎日解剖をやって暮らしていた。肉屋から仔ウシを取り寄せては、解剖に専念していた。いつも手を血に染めていて、近所の人からは、「変な外国人がいる」といわれるぐらいだった(笑)。デカルトはメルセンヌに、「解剖学をやることは、決して罪なことではない」といっています。『全書簡集』を読んでみると、十パーセントぐらいは医学に関することです。先ほど申しあげた、アルモガットの編集した「書簡集」はジャンルごとに編集されていて、医学に関するものを集めた章があります。そこでもっぱら解剖のことが話題になるなかで、「三年前ライデン大学で女性が解剖された際に、松果腺を見ようと思って懸命に探したが…見つからなかった」とあるのは、とくに印象的です。
香川
 アムステルダムでデカルトが住んだのが、「仔ウシ通り」と名付けられた場所で、肉屋から仔ウシの頭をもらったりしていた。解剖の材料のために引っ越したという説もあるぐらいですよね。
山田
 デカルトは、こんなことまでやっていたのかという感があります。おそらく普通の日本の研究者は知らないと思います。我々がこれまで研究してきたデカルトは、特にその形而上学が中心です。それが十九世紀以来のデカルト研究の伝統でもあったわけです。今回、その「風景」が変わりつつあるかなという気はしています。また、これまでデカルトの医学論に目が向けられなかった理由もよくわかります。古いフランス語やラテン語で書かれています。かりにラテン語が読めたとしても、ばらばらな断片が連なっているだけで、デカルト学者が読んでもわからないわけです。一般の読者の方が、日本語に訳されたテキストだけを読んでも、全体として何をいいたいかを理解するのは難しいと思います。しかし、『医学論集』の解説と照らし合わせることによって、テキストの意味や背景が浮かび上がってくるはずです。
香川
 難しさの意味が、従来考えられていたものとはかなり違う。そのことは理解できましたね。
デカルト哲学の全体像

山田
 今回翻訳したものの半分ぐらいは、ライプニッツがパリで筆写したものです。デカルト本人が書いたものは残っていませんが、ライプニッツのおかげで、現在まで伝わっているわけです。ただ、その筆写の仕方が、帰国間際に大急ぎでやったせいか、手当たり次第に書き写している感じがある。いろんなメモがあいだに挟まっていたり、医学の文書のあいだに自然学の話が入っていたりする。テキストのディスオーダーな点も、わかりにくくさせているひとつの原因だと思います。
香川
 最後に、今後のデカルト研究の展望についてお聞かせいただけますか。
山田
 そこも、はっきりいうのは、なかなか難しいですね。これまでデカルト研究といえば、対象は方法論や形而上学や情念でした。その流れで十九世紀以来、哲学史では大陸合理論というかたちで、デカルトは扱われてきました。どうやらそれが変わってくるのではないかという気はしています。つまり今や、その主要著作、全書簡、医学文書の邦訳があり、数学・自然学の文書やユトレヒト紛争の書簡まで訳されようとしている。そういうテキストの全体からデカルトを見ると、一体どうなるのか。従来のように、合理論や認識論の枠には収まりきらないデカルトが出てくる。そこで新しい展望が開けてくると思います。友人に聞くと、これは何も、デカルトに限らないようです。ライプニッツでも新しい全集が出ることで、医学、生物学、保健衛生論などの観点からの研究がはじまっている。カント研究でも「遺稿集」をきっかけに新しい研究がなされていると聞きます。
今日哲学というものは、昔のように「万学の女王」ではありません。認識や存在の問題だけを扱うだけでは、とてもやっていけない。もっと広い視野で、現代の諸学問や社会の問題を考え合わせながら、原理的なところをしっかり議論する。そういうあり方が、現代の哲学のひとつの研究の方向になるんじゃないかと思います。決して簡単なことだとは思いません。逆にいえば、そのぐらいの覚悟がないと、逆風のなかで、これから哲学を維持していくのは難しいのではないでしょうか。これが今の私の率直な感想です。
香川
 『医学論集』でもそうですが、その後につづく『数学・自然学論集』も、従来の狭い意味でのデカルト研究者だけでは対応できない。『医学論集』に関しては、解剖学を医学部で講じていらっしゃる方に参加いただいて、なんとかここまでこぎ着けることができた。数学・自然学関係でも、まったく同様だと思います。数学史の専門家が参加してくれないと読み解けない。デカルトは、たったひとりで、それらすべてをやっていたわけです。デカルトが刊行した書物は、書簡集は別にして、量からすると、方法論や形而上学の著作はすごく少ない。分量だけで決めていいかどうかはともかく、それ以外のことに一所懸命時間をかけていたはずです。ようやく、その全体像が我々の前に現われはじめた。新しいかたちのデカルト哲学の全体像です。そこに迫っていく必要がある。山田さんもいわれましたが、ライプニッツにしてもカントにしても、従来とは違う見方で、これまでほとんど取り上げられていなかったテキストが注目されるようになっている。それが国際的な流れです。その流れの意味を考えると、デカルトの日本語全訳の仕事には、大きな意味があるんじゃないかと思います。

(おわり)
2017年5月26日 新聞掲載(第3191号)
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