無神論と国家 / 坂井 礼文(ナカニシヤ出版)著名なヘーゲル研究者の政治哲学の全容を明らかに|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年5月29日

著名なヘーゲル研究者の政治哲学の全容を明らかに

無神論と国家
著 者:坂井 礼文
出版社:ナカニシヤ出版
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アレクサンドル・コジェーヴは、ロシア系の極めて著名なヘーゲル研究者である。いまや伝説となった彼のヘーゲル講義には、当時のフランスの若き錚々たる哲学者が参加したといわれている。サルトル、ラカン、モーリス・メルロー=ポンティなどが参加し、彼らはのちにフランスを代表する国際的な哲学者、研究者になった。彼はいわばこういう人々を育てたのである。この書物には、ロシア=ソ連からドイツを経てフランスに帰化した哲学者=官僚の運命が描かれている。

私はもともとアレクサンドル・コジェーヴのヘーゲル研究の書物を高く評価していた。それとともに、このヘーゲル研究の書物は、ハナー・アレントがハイデッガーに推薦さえしている。彼らの往復書簡を読んでいて私はこの事実を発見した。私は常々日本の哲学の文献研究を主流とする行き方に批判的であり、「事柄そのものに帰る」ためにも、文献研究を超えて一種のフィールドワークをするべきであると主張している。現象学とは、まさしくこのような「事柄そのものに帰る」ことを目指し研究を進めるものである。

著者の坂井氏は、フランスで驚くべきことに一種のフィールドワークをしており、コジェーヴを知る当時の人々に取材している。彼の取材の成果には見るべきものがある。その取材から分かることのうち、たとえば、コジェーヴは、戦後二度日本を訪問しており、日本の文化の将来性を高く評価していることなどは特筆すべきであろう。なかには、イギリスの文化よりも日本の文化の繊細な魅力を高く評価していたという証言がある。

もうひとつ単純な資本主義批判を是正するようなフォーディズムの紹介なども極めて面白い。要するに、「与える資本主義」である。自動車王フォードは、従業員に高賃金と労働時間の短縮を行い、労働者の購買力を高めたのである。この思想をさらに世界全体に拡大して、「コジェーヴは、豊かな国々と貧しい国々の間での争いを避けて平和を実現すべく、与える資本主義を提唱したと言える。(P200)」

それとともに、コジェーヴは、今日のEUの成立のために働いたフランス側の官僚であったようで、官僚と現実政治の関係を考えるためにも極めて重要な著作である。坂井氏の見るところでは、ド・ゴールを助けて、ヨーロッパ共同体を形成するのに大きく力を振るったのは、コジェーヴだった。

この著書によって坂井礼文氏が、コジェーヴの政治哲学の全容を日本で始めて明らかにしたといえよう。コジェーヴは、レオ・シュトラウスやすこし年上のカール・シュミットとも交流があり、当時の知識人相互の交流関係も明瞭に示されている。私には、哲学の方法のうえからは著者の「注釈哲学」の方法を高く評価できる。

ヤスパースのもとで博士の学位を取得したコジェーヴは、そののちフランスに帰化し、学者、哲学者というよりも、むしろフランス政府の官僚として働き、直接政治に関与した。(このあたりは、フィレンツエの事務局長だったマキアヴェッリを想起させる。)

さらに興味深いのは、アレクサンドル・コジェーヴは、今日存続も含めて世の話題の中心となっているヨーロッパ共同体、いわゆるEUの形成にも大いに力を尽くしたということだ。いうまでもなく現在のヨーロッパにおいてEUの存続が問題となっている。この書物は、ヨーロッパ共同体の理念を想起させるいみでも時宜にかなっている。コジェーヴがフランス政府官僚として働いた背景にあるものが本書から読み取れる。著者によると、最終的には、コジェーヴは僭主制を再評価し、哲学者はその僭主のサポートをするべきなのである。「コジェーヴは、独裁者こそ哲学者が助言を与える政治家としては最もふさわしく(…)ド・ゴールは捉えようによっては現代のよき独裁者(シュトラウスとコジェーヴの用語では僭主)である。」(P237)私に多くのことを考えさせたと言う意味でもこの書は力作である。

この記事の中でご紹介した本
無神論と国家/ナカニシヤ出版
無神論と国家
著 者:坂井 礼文
出版社:ナカニシヤ出版
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年5月26日 新聞掲載(第3191号)
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小川 侃(おがわただし)哲学者、現象学者、京都大学名誉教授、豊田工業大学文系アドバイザー
大阪府生まれ。その理論の特徴はフッサールの統一的な把握(統覚)理論を破壊して現象学の現象概念を「現われの理論」として洗練することにある。現われの理論を構造理論(ロマン・ヤコブソン)と媒介して、フッサール、ハイデッガー、ヘルマン・シュミッツの解釈を基にして氣氛や雰囲氣の理論を構築し、政治の問題に適用しようとしている。哲学の歴史においては現象学の方法で古代ギリシャ哲学、シェリング、ベルクソン、エミール・デュルケームを再解釈している。「気」の理論を中心にしてさらに後期水戸学(藤田幽谷、藤田東湖など)への関心と造詣も深い。「身」と氣の哲学の体系化を目指している。 2008年に京都大学を定年まで一年を残したところで退官した後、人間環境大学の学長に就任。経営危機に瀕した大学の経営再建を期待されたが、運営する学校法人岡崎学園理事長の退任に伴う運営体制刷新のあおりを受け、わずか2年で退任。その後同大学特任教授に就任したが、これも1年で退職している。 2011年5月-8月にはドイツ、リューネブルク大学客員教授。さらに2012年4月に、甲子園大学学長に着任。二年の任期を終了して、2014年3月に学長を退任。2010年から豊田工業大学の文系アドバイザーを務める。現在はドイツ、ヒルデスハイム大学客員教授、豊田工業大学非常勤講師。
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