小林秀雄と河上徹太郎 / 坂本 忠雄(慶應義塾大学出版会)担当編集者による小林・河上論 それぞれの資質の違いが浮かび上がる|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年5月29日

担当編集者による小林・河上論 それぞれの資質の違いが浮かび上がる

小林秀雄と河上徹太郎
著 者:坂本 忠雄
出版社:慶應義塾大学出版会
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小林秀雄と河上徹太郎。文芸批評が自律的な文学ジャンルとして確立された時代に、この二人の仕事がなにより決定的な意味をもったことに疑いをはさむ余地はない。両者はともに一九〇二年生まれの同年齢で、府立一中時代に付き合いが始まり、その友情は生涯にわたって続いた。その間には本書冒頭の章で明かされているように鮮烈でやっかいな「女神」の存在も折り込まれていたようである。

では、二人を創造の現場で見ていたのは誰か、あるいは二人の人間の間を見ていたのは誰かというと、まず第一には「編集者」という存在だっただろう。本書は、一九五九年に雑誌「新潮」の編集部に入り、長年にわたって二人の批評家を担当してきた坂本忠雄氏による小林論、河上論である。氏は、ご自身が担当した時期はもちろんのこと、それ以前にさかのぼって昭和初期の若き小林、若き河上の仕事にまで立ち返り、長いスパンで両者の思考をとらえている。小林秀雄の文であればどこを切り取っても螺鈿のようなキラーフレーズがはめ込まれているかもしれない。だが、後年の文章を知悉している氏であればこそ、振り返って戦前戦中の言葉のなかにその萌芽となるような思想を見きわめ、にぶく光り出ているそれを掘り出すかのような引用ができるのだろう。

本書の章立ては、坂本氏自身が産婆役をはたした作品から時を遡るようにして、『本居宣長』、『吉田松陰』、『考えるヒント』と『日本のアウトサイダー』、『私の人生観』と『私の詩と真実』、『モオツァルト』と『ドン・ジョバンニ』、さらに戦争期の『無常という事』と『近代の超克』、さらに『様々なる意匠』と『自然と純粋』という順で構成され、その全体を、最後の対談である「歴史について」と最晩年の作品とを扱う章が挟んでいる。氏は、たとえば小林の『本居宣長』の「そこに、「神代の始メの趣」を物語る、無名作者達の想像力の源泉があったのである」という最終章の一文に、自ずからの到達点が示されており、小林初期からの「源泉」への希求がこの代表できわまったのではないか、その源泉への希求はすでに「また見附かった/何が、永遠が、/海と溶け合う太陽が」という翻訳詩句の内に疼いていると指摘するのである。本書にあっては批評家の艶やかな若さと円熟とが一挙に凝縮されるのだ。

小林は『本居宣長』に取り組み、河上は『吉田松陰』に取り組んだ。河上のエッセイによると二人の間にこんなやりとりがあったという。「私も近年、宣長を少し齧って異常に興味を覚えているので、――オレもそのうち書きたいな。といったら、小林は即座に――オマエは宣長より吉田松陰を書け。と割り振られた」。独特な掛け合いの呼吸であるが、「近代の超克」もこんなふうに進行したのだろうか。司会者河上が一般論で始める日本への発言を促すと、小林は一般論は好まぬから自分の個人的な経験を語る、と応じた。この件を引きながら、坂本氏は二人の対比がよく表れていると示唆している。河上の音楽理解、小林の美術理解、それぞれの資質の違いが本書からおのずから浮かび上がってくるようだ。もっと長く、できれば全文引用したいという思いを抑えるように、きわめて適切に文章を切り出し得ているのは、編集者感覚というものか。ともあれ本書はそうした独特の角度から選び抜かれた名文集の性格をもち、それゆえに批評家の言葉から直接その全貌を理解することもできる優れた入門書でもありえている。
2017年5月26日 新聞掲載(第3191号)
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