映画/映画作家/映画批評 ジャン・ドゥーシェ氏に聞く(8)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」
2017年5月30日

映画/映画作家/映画批評
ジャン・ドゥーシェ氏に聞く(8)

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2017年カンヌ・クラシック出品作品
『ジャン・ドゥーシェ:熱狂した子供』仏ポスター
HK
 ビアリッツの映画祭でトリュフォーと知り合い、そして彼の映画(『大人は判ってくれない』)に出演することになったわけですね。
JD
 はい、ドワネル少年の母親の愛人役です。そして次には『勝手にしやがれ』で、シャンゼリゼを歩く紳士の役を演じました。道に人が倒れており、死んでいるか確認する役です。ロメールの映画では『獅子座』の撮影に立ち会っていました。作品の中にも通行人の役で出ています。しかし背中しか写っていないはずなので、見つけるのは大変です(笑)。シャブロルの映画でも『気のいい女たち』で、店から出て来る客の役で出演しています。こちらも背中だけなので見つけられないかもしれません。そしてリヴェットの映画にも出ています。『パリはわれらのものと』と『セリーヌとジュリーは船で行く』です。そしてユスターシュの映画です。ユスターシュに関しては、初めての作品を、シャンゼリゼの『カイエ』のオフィスの下の試写室で見たときから、その映画の重要さに驚かされました。
HK
 リヴェットとユスターシュの作品では、印象に残る役を演じていますよね。その後もイオセリアーニやヴァーホーヴェンの映画でも、ドゥーシェさんの姿が確認できます。
JD
 非常にひどい演技です(笑)。私ほどひどい役者もこの世界にはいません。それにもかかわらず、彼らがオファーをしてくれるので出演しています。
HK
 『カイエ』の批評家たちというと、シネフィルとして知られていると思うのですが、どれほどの数の映画を見ていたのでしょうか。トリュフォーに関しては同じ作品を昼から夜まで繰り返し見ていたという逸話があるほどです。彼らの中でも最もシネフィルとして知られているのはリヴェットだと思います。撮影中にも映画館へ行くのは欠かさなかったとか、公開された映画は端から見ていたという話をよく聞きます。
JD
 リヴェットのシネフィリーとは狂気そのものです。おそらくその噂の通り、公開されたものは端から見ていたのではないでしょうか。一日に3本、4本と映画を見ていたはずです。50年代には私も彼と同じくらい見ていたのですが、その後は仕事などもあり、リヴェットのような映画に対する狂気は薄れてしまいました。もともと私が、人付き合いなどが好きだったのもあるかもしれません。リヴェットは人付き合いを絶ってまで映画を見続けていました。

リヴェットが私たちに映画を紹介したという側面もありました。溝口健二は『雨月物語』の成功もあり、いくつかの作品が比較的早くから『カイエ』の批評家たちに受け入れられていました。その一方で小津安二郎のような作家は、決して知られた存在ではなかったのです。それでもリヴェットだけは小津の存在を早くから知り、興味を持っていたのです。彼は多くの作品を、ありとあらゆる場所で見ていたので、それで知っていたのだと思います。

そのようなこともあって私が小津安二郎の名前を知ることになったのは溝口や黒澤よりも遅れて、1960年でした。シネマテークのアンリ・ラングロワに、小津安二郎についてのプログラムを進言したのは、リヴェットだったはずです。小津安二郎の名前は、アメリカやアングロサクソンの国で先に知られていました。フランスで小津の名前が知られるようになったのは60年からです。溝口の名前が大々的に知られるようになったのは、62年か63年です。黒澤に関しては50年代から非常によく知られていました。成瀬はそれからだいぶ遅れて80年代です。
HK
 リヴェットに絡めて聞きたいことが一つあります。60年代始めに『カイエ』の中でちょっとした事件がありました。泊まり込みで身を粉にして仕事をしていたロメールが、リヴェット率いる若い批評家たちによって『カイエ』のオフィスから締め出された事件です。ロメールはバザンの死後、そしてトリュフォーやゴダールが映画作家となった後に、『カイエ』の編集長としてその後を担っていたのですが、63年に、映画の保守派でありヌーヴェルヴァーグ以降の映画を理解していないとして、リヴェットに『カイエ』から追い出されます。そしてドゥーシェさんも、それに続いて『カイエ』を去ることになりました。ドゥーシェさんは各地で『カイエ』のドゥーシェと認識されていると思うのですが、実を言うと、それほど長い期間『カイエ』にいたわけではないのですよね。その後80年代に戻ってきて、今でも『カイエ』の紙面上に書いているからかもしれないのですが。 <次号へつづく>
〔聞き手=久保宏樹/写真提供:キダム―カルロッタ〕

2017年5月26日 新聞掲載(第3191号)
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