『週刊読書人』創刊号2面掲載(1958(昭和33)年) 【第2特集】<調査レポート>昭和33年、新中間層=サラリーマンの読書生活(千葉県柏市・光ケ丘集合住宅) ”大衆化”の波の中でー壁を照らすマスコミの強烈な光線|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年7月25日

『週刊読書人』創刊号2面掲載(1958(昭和33)年)
【第2特集】<調査レポート>昭和33年、新中間層=サラリーマンの読書生活(千葉県柏市・光ケ丘集合住宅)
”大衆化”の波の中でー壁を照らすマスコミの強烈な光線

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1956(昭和31)年7月に発表された経済白書の「もはや戦後ではない」が流行語となり、読書階級としての新中間層(ホワイトカラー、サラリーマン)が注目された時代の新興住宅地における調査レポートである。
調査から浮かび上がるのは、当時の読書傾向だが、情報飽和過多社会となった現代と異なるのは、情報収集のツールとして、実によく新聞、週刊誌を買っていることである。
※以下は当時の記事、(編集部)は昭和33年当時の編集部員による記述

■サラリーマンの読書生活(昭和33年)

空から見た日本住宅公団光ケ丘団地
(リビング・デザイン2号より)
「もはや戦後ではない」というコトバがあるが、われわれの読書生活の面とてその例外ではない、新書ブーム、週刊誌ブームといわれる現象が、「中間文化論」や「大衆社会論」を支える一つの柱になるほどに、現代の読書生活は大きく変貌している。

そこで本誌では、このような時代の流れに敏感に反応し、変貌の過程を如実に示す新中間層=サラリーマン層に焦点を合わせて、現在の読書生活の典型(イデアル・ティプス)をアパート都市・光ケ丘(千葉県柏市)にさぐってみた。

この調査は、東大新聞研究所助手の荒瀬豊・稲葉三千男両氏の協力を得て作成した30の項目よりなる調査票に基づいて面接したものである。分析・執筆は荒瀬豊・稲葉三千男両氏にお願いした。貴重な時間を割いて、骨の折れる調査にご協力いただいた光ケ丘の方々に心から感謝申し上げたい。
【調査方法】深層的面接法(デブス・インタビュー・メソッド)をとったため、調査間は調査対象一人につき平均一時間半であった。調査対象は男性16・女性20・総計36。調査日=昭和33年4月19日(土曜)=女性、20日(日曜)=男性。インタビューには荒瀬豊・稲葉三千男(東大新聞研究所)富永健一(東大社会学研究所)斎藤英夫(本誌)の五名があたった。(編集部)
■「大衆化」の波の中で 壁を照らすマスコミの強烈な光線

上野駅から国電で四十分、常磐線南柏駅に着く、すると駅前には「光ケ丘」への専用バスが待っている。ガタガタ道を5分。「光ケ丘」の入り口が小学校前で、そこからマーケット前、集会所前、そして、「光ケ丘」終点とバス停留所がつづいていることは、いっぽうで敷地四万坪という「光ケ丘」の広大さを、またいっぽうでは設備の充実ぶりをうかがわせよう。幼稚園も、グラウンドも……そして、平家家屋二階建テラスハウス、三階建アパートなど計九百四十戸の各世帯ごとにガスと水道、洗面設備と浴室があって、便所は水洗で、その13坪から15坪ほどの部屋はすみずみまで計算され、利用されている。

もう、幾度か紹介されてきた「光ケ丘」集団住宅の近代性・合理性を、ここでこれ以上くりかえす必要はあるまい。ただ、われわれの問題意識にとって、ごく象徴的に思えた事実を一つだけ挙げよう。それは「色」である。

光ケ丘にはパステル色のコンクリートの壁が立ち並んでいる。視野にある垂直平面はすべてソフトトーンのパステル色に塗られ、それが遠景の木立の緑と調和していた。しかも仔細に眺めると、おなじパステル色ながらも、ベランダの仕切りやドアなどは棟ごとにすこしずつ変えて塗りわけられ、人間心理への微妙な配慮をしめしていた。

現代の大家の心の中にはレーダーが据えられている。だから現代人は、外部からの電波、とくにマス・コミュニケーションの不断の刺激に操られて、全く受動的に行動する。近代人たちが、めいめいの羅針盤をもち、自分の針路をみずから決定しながら前進したのとは違う。他人志向型こそ現代人の典型である。としたら集団アパートのコンクリートの壁は、マス・コミの強烈な光線に照らされるワイドスクリーンだろう。そして規格統一された部屋や造作とあいまって、現代の社会経済機構が大家に強いる受動化とが、ついにサラリーマンの住居にまで浸透したことの象徴といえよう。

その非情な色をパステル調に染めてみても、自己疎外されて大衆の人間性回復にどこまで役立とう。またドアの色を塗り分けてみても、所詮は装飾音的変奏部つきの画一化にすぎまい。しかも、うわべの色だけ変えて画一化に抵抗する方向では、大衆の原子化を押し進め「孤独な大衆」をいよいよ生み出すだけではないか。

こういう大衆社会的発想の当否を性急に論ずるのは止めよう。しかし、大衆化の波にもっとも浸食されているはずのホワイト・カラーたち、ことに、住居までが画一化されている「光ケ丘」の住民たち(月収二万五○○○円以上の中流サラリーマン家庭がほとんど)を対象としたわれわれのインタビューも問題究明の一つの手掛かりとなろう。

では、光ケ丘のレーダーたちはマス・コミュニケーションをどのようにキャッチし、どのように反応しているだろうか。
■無葛藤な健康型 自信にみち颯爽たる「駿馬」 A氏の場合

まずA氏の一日を追ってみよう。七時半に起床。時刻を知るためにラジオをつける。朝食中に『朝日新聞』の一面をざっと読み、社会面をもう少し丁寧に読んで八時出勤。南柏駅の駅前でスポーツ新聞を買う。たいがい『報知新聞』(ちなみに駅前のスタンドでは毎朝百五○部のスポーツ紙、うち報知八十部が売りきれる)。九時半に会社に着く。財閥系の商事会社。まだ三十五才のA氏はもちろん平社員。でも四十二、三才で課長になれそうだ。三万六千円の月給だから、三人家族の生活は楽である。午後六時に仕事が終わる。

つきあいで週に一度は酒を呑む。麻雀もだいたいに週に一度。そのほかはまっすぐ帰宅する。帰りも駅で新聞か週刊誌を買う。新聞は『東京新聞』か『内外タイムス』。週刊誌では『週刊朝日』を毎週買う。「問答有用」と「大番」が好きだからだ。ただし金は地道に稼ぐものと信じているから、ギューちゃんをまねるつもりはない。『週刊新潮』や『サンデー毎日』もチョクチョク買う。新聞はどこかで捨てるが、週刊誌は奥さんのために持って帰る。夜は『文藝春秋』か『漫画読本』を読んだり、ラジオを聞く。民間放送が多い。聴取者参加番組(のど自慢やクイズの類)が好き。就寝は十一時ごろ。

土曜の午後や日曜日には、今までは野球をよくやっていた。しかし近々ゴルフをはじめるつもり。日曜日には月に一回くらい家族連れで映画にいく。だいたい奥さんの選択にまかすが、評判のいい映画を見る。映画を見る回数は、光ケ丘に移る前(池袋にいた)よりうんと減った。しかし、雑誌は、帰途の車中でひまつぶしに週刊誌を読む習慣だから、通勤時間が延びただけ増えた。読書は以前からしないし、今もしない。この一カ月に読んだ単行本はない。ベストセラーも読まないが、筋書だけは週刊誌などの紹介で知っている。娯楽やスポーツなどの最新の話題も、主に週刊誌から仕入れる。しかしラジオじこみの奥さんを経由した知識も多い。奥さんとの会話はほぼこの方面のことだ。政治の知識は乏しい。千葉銀行事件*には憤慨したものの、唐澤俊樹が何者かは知らない。
*千葉銀行レインボー事件:1958(昭和33)年に東京地検が摘発した不正融資事件。当時の頭取古荘四郎彦が、女社長・坂内ミノブが経営するレインボー社などに巨額の不正融資を行い摘発された。

流行追随、消費文化への埋没、政治的無関心など、A氏に貼られたネガティブのレッテルは多かろう。しかし、調査員の前で語るA氏の態度は自信に満ちている。健康で、外交的で、快適主義原理を守る行動型で、競馬馬のように颯爽としている。欲求不満の蓄積などという深層心理的解釈をまったく超越している。出世コースも見通せる一流会社の社員で、経済的貧困とは無縁で、家庭も安定している。強いて言えば、あまりに健康的すぎるということだろうか。
■逃避的な破滅型 良心もてあます「街頭の人」 B氏の場合

この点、公務員のB氏には不健康の影が色濃く宿っている。現在のマス・コミとの接触だけからみると、B氏とA氏は驚くほど似ている。朝のラジオの聞き方や新聞の読み方、南柏で『報知新聞』を買うこと、帰りに週刊誌(『週刊読売』が多い)か『東京新聞』を買って読むこと、したがって雑誌を読む量は光ケ丘移転前より増えたこと、ベストセラーをふくめて単行本は読まないことなど、すべてのおなじである。夜もラジオをほとんど聞かず、ただ日曜のスポーツ放送をできるかぎり聞くこととか、映画は年に四、五回しか見ないこと、勤務先で新聞をゆっくり読む(とくに国会中)ことなどが違うくらいのものである。

しかしA氏との根本的な差異は政治的関心が高いことである。知識量が多いだけでなく、李ライン問題とか国会の審議停滞とか、いろいろな点で政治に憤慨を感じている。政治に接近しようとする感情的な動機が強いわけだ。しかし政治的行動の面ではまったく傍観者である。平和運動が世界の平和に貢献している事実は認めるが、原水爆実験反対の署名でさえも、色眼でみられる気がするからしない。政治的次元でこういう分裂に、職場での不満(それはB氏が私立大学出身であることにもっとも起因するらしい)も加わって(そのほか発掘できない多くの原因もあろうが)B氏は、勤務が終わると大衆浴場にでかける。パチンコをする日もある。誘われれば麻雀もする。とくに土曜の午後は麻雀が多い。

家に早く帰ることは少ない。「家なんて宿です」こういうB氏は、職場からも家庭からも疎外されてまさしく根のない「街頭の人」である。しかもB氏は、青年時代の愛読書として、武者小路実篤の諸作品を「私の古典」に挙げた。倉田百三の『愛と認識の出発』も愛読書だった。そして将来の読書計画として、仕事の関係から法律書を体系的に読みたいそうだ。また将来の理想社会として、社会主義体制を描いている。現在時点における意識と行動の、また生活自体の分裂矛盾に加えて、B氏の過去と現在との、また現在と未来との断絶もはげしい。おそらくB氏はA氏の健康の代わりに良心を与えられて扱いかねているのだ。
■教養主義の二型 現職への「不適応」と「埋没」 C氏の場合 D氏の場合

無葛藤な健康型(A氏)や逃避的な破滅型(B氏)のほかに、教養主義的なC氏がいる。C氏の特徴は車中の読書にある。木曜だけは『週刊朝日』の発行日だからそれを買って読むけれど、ほかの日は往復とも長編小説を読む。今は『チボー家の人々』を読んでいる。その前は『ジャン・クリストフ』だった。戦争中、学徒動員でカンヅメにされたとき『罪と罰』を読んで感激し、三度読み返した。トルストイや島崎藤村の名も、感銘を受けた作家として挙げられた。雑誌では『文藝春秋』を購読している。ラジオはふつう二時間ほど聞く。クイズ番組とスポーツ放送が好き。『猫は知っていた』を読んでいる。ボナンザグラムへの投書を一年ほどつづけた。娯楽への関心は高い。政治的関心もわりと強い。

さいきん『カラマーゾフの兄弟』を読み、『英霊のよろめき』や『愛のかたち』を読んでいて、クラシック放送が好きなD氏も教養型とよべるかもしれない。しかしC氏の教養主義が、「今の会社に一生いようと思わぬ。できれば独立して事業がしたい」という現職への適応不十分と裏腹をなすのに対し、理科系技術職のD氏は完全な原色埋没型である。五時に会社から退けてからも、帰宅してからでは疲れてしまうので、会社に残って専門書を読んで帰るほどである。朝の車中にも小型の科学書をたずさえる。ただし混雑のためあまり読めない。週刊誌は買わない。夜の読書も、疲れてないかぎりは専門書。日曜は専門書と文学書を半々に読む。政治の領域から娯楽にかけて、円満な常識を備えている。政治や社会への批判も適格である。

■マス・コミ拒否型のエリート E氏の場合

高校教師のE氏のばあい、文学が専門だから、職業と教養が比較的密着している。E氏は、通勤時間が延びたので光ケ丘入居以来読書量が減ったと答えた少数の一人である。A氏のばあいとおなじ原因が、まったく逆の結果を生んだことに注目しよう。つまり、E氏は、固い活字と接触しているエリートである。車中では主に「中央公論」か学会関係の雑誌を読む。新聞はめったに買わないし、殊にスポーツ紙は買わない。週刊誌もあまり買わない。ラジオもあまり聞かず、朝、時計がわりに聞くのを含めても一時間以下。月ぎめの朝日新聞もそれほど読まない。つまりマス・コミ拒否型である。
■強い週刊誌の魅惑 中間文化から脱出の気分も

こう見てくると光ケ丘サラリーマンと週刊誌の結びつきの強さが印象に残る。週刊誌の魅惑から解放されているのは少数のエリートである。南柏の駅前では、毎週二百五十部ほど週刊誌が売れる。しかも週刊誌は、A氏のように、帰途東京で買って家庭に持ち帰る場合が断然多い。マス・コミの光源のうち光ケ丘のスクリーンへの照度がもっとも高いのは週刊誌だといえよう。加藤英俊氏によって中間文化の尖兵とみなされた週刊誌だから、新中間層とよばれるホワイトカラーとの癒着はしごく自然の成行きであろう。けれども、中間文化に快適で安住できている人はごく稀だ。世人を羨望させずにはおかぬ、快適な「光ケ丘「に住みながら「将来は自分の家を建ててみたい」とほとんどの回答者が答えたことにも画一化からの脱出として、アナロジー以上の意味があるのかもしれない。各人各様の脱出の試みは潜流しているが、ではそれが、ホワイト・カラーの自発性に転嫁し、「光ケ丘「の部屋部屋のうわべだけでない偏性の色に輝くだろうか。
(おわり)
1958年5月5日 新聞掲載(第223号)
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