『週刊読書人』創刊号3面(1958(昭和33)年)掲載 仕事よりも名前で マス・コミの営利性と戦後の作家生活(高見 順)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年7月25日

『週刊読書人』創刊号3面(1958(昭和33)年)掲載
仕事よりも名前で マス・コミの営利性と戦後の作家生活(高見 順)

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1958(昭和33)年発行の『週刊読書人』創刊号3面掲載の文学芸術欄より、作家・高見順の時代評*1

ゲテ物歓迎時代

高見 順氏
私の「昭和文学隆衰史」が既刊の一巻につづいて二巻が出ることになって、このところその校正をやっていた。二巻で一応終わるのだが、随分書きおとしたことがあるのに気づかせられた。書いておいた方がよかったと思わせられるものがいろいろとある。そのひとつとして、戦前の私たち作家の文筆生活というものを書いておくとよかったと思った。戦前をかりに昭和前期、戦後を昭和後期と名づければ、前期と後期とでは作家の文筆生活に大変な変化がある。それはジャーナリズムの変化と言ってもいい。それが作家の生活に及ぼした影響と見てもいい。

私はいつだったか「目下出演中」という言葉を使って、それを戦後の作家生活の特徴としたことがある。つまり芸能人などと同じように、戦後の作家はたえず「出演」していなくてはならないのだ。休みなく、たえず「目下出演中」を要求されるのであり、またそうしてその名をたえずジャーナリズム上に現していることが作家にとって何よりも大切なことになってきたのである。そのことは、たえず作家が仕事をしていなくてはならないということなのだが、たえず「出演」していることと、たえず仕事をしていることは同じようで違うのである。

画家と同じように作家もたえず仕事をしていることが大切である。私はいつかフランス画壇の巨匠と呼ばれるひとたちの制作生活のことを書いた岡鹿之助氏*2の本を読んで、感動したことがある。家とは別に借りているアトリエに朝早く出かけて行って、毎日黙々と制作に没頭している。たえず休みなく、仕事をつづけている。その姿に励まされて、岡鹿之助氏も仕事に邁進したという話を書いていたのである。作家もこれでなくてはならぬと私は思った。ディレッタントとは違うのだから、仕事はたえず黙々としていなくてはならぬ。だが、それと「目下出演中」とは、似ているそうで大分事情がことなっている。

「目下出演中」というのは、たえず仕事をしていることが大切だというより、たえず名前を出していることが大切だということである。たえず「目下出演中」をつづけている作家をジャーナリズムが大切にする。年少で名をなした歌手が、いつかラジオで、人気を保つためにはたえず出演していなくてはならないと言っていた。作家もそれと同じになったのである。

ジャーナリズムの-----戦後はマス・コミという言葉が使われ出したが、マス・コミの営業条件として、人気のある名前が大切なのである。仕事よりも名前である。質よりも量である。ところでマス・コミのこれまた営利性のために新しい名前もたえず売り出さなくてはならない。目さきを変えなくてはならないのだ。そういう場合、まともなものより、ゲテものを喜ぶ。物見高いお客の嗜好に投ずるために、ゲテものの方が刺激的でいいのである。文学ジャーナリズムでもゲテもの小説が取り上げられる。それを文壇小説へのひとつの警告だと言うような批評家がいるが、目さきの変わったものをもとめる心理が批評家にまで投影しているのである。
(おわり)
*1:高見順(たかみ・じゅん/1907年〜1965年)は、「最後の文士」と言われる昭和を代表する小説家、詩人。代表作は小説『如何なる星の下に』『いやな感じ』、文壇史『昭和文学盛衰史』、詩集『死の淵より』など多数。娘はタレントの高見恭子、従兄は永井荷風。
*2:岡鹿之助(おか・かのすけ/1898年〜 1978年)は、洋画家。中学時代から岡田三郎助に素描を学び、東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科卒業後の1925年パリに留学。藤田嗣治に師事する。
1958年5月5日 新聞掲載(第223号)
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