『週刊読書人』創刊号8面(1958(昭和33)年)掲載 推理小説書けない記(幸田 文)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年8月2日

『週刊読書人』創刊号8面(1958(昭和33)年)掲載
推理小説書けない記(幸田 文)

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1958(昭和33)年発行の『週刊読書人』創刊号8面掲載の家庭趣味欄より、作家・幸田文による随筆*1。娘の文に自ら雑巾の絞り方を示し、所作ふるまいにいたるまで美意識を厳格に躾けた幸田露伴が、探偵小説好きで先頭を切って活動写真を見に行っていた姿が可笑しい。父の小説批評が、いざ自分が書いてみようとした段になって、的確であったことを痛感するくだりは、偉大な父の忠実な具現者であろうとした文の追慕とも意地ともとれる。ポーの『渦巻』、中国の『水滸伝』、カフカの『変身』の批評は、彼女の作品同様にピシリと文らしい表現で本質を掴み取っている。


幸田 文氏
名探偵というのは実にじれったい人だと、若い時から私は思っている。事件の発端から十のものなら九までの間は、悪いやつの後手へ後手へと後れて歩いていて、まことにじれったいのだ。それでやっと最後の解決のところへ来て、名探偵として光るのだが、光ったときは話はおしまいだ。だから、じれったい人という後味が残る。

私のうちでは父親が探偵小説好きではあったし、悪漢探偵の活動写真も父親が先頭で見に行き、のちには「新青年」を買うお金も公認だったほどで、私たち子供も自然とおもしろがったのである。でも子供のほうは父親より文句屋で、じれったがらされたわりに解決があまりぱっとしないときなど癇に障るといった。すると父親は弁解めかしい調子で「そんなに一概に悪口ばかりいうもんじゃない。作るほうになってみれば苦労した挙句がこんなに痩せちまった-----といいたいだろ」といった。それは苦労すりゃ痩せもしようが、だからといって痩せて手薄く見える解決なんかに同情はもてなかった。

こんな時代から約三十年たって、私にふと雑文をかくことがはじまって、どうやら十年たつ。それで、このごろこうして推理小説がさかんになったのにつれて、思わず知らず大それたことに、私も悪漢探偵が書いてみたいのである。そしてあれこれ思ってみると、悪いやつも探偵もわたしのこしらえるのはまことにひ弱いのであった。ひ弱さを『せめてどこかで鋭くきつくしようと苦労すると、これがかえって細く痩せた。じれったさどころか、一ト捻りで殺されそうなのである。つまり、あのとき父親がいって私が不平だった、その通りになっているわけなのだ。あのときの謎解きは、だから三十年、四十年たって実際上で私に、「うん」といわせている始末だ。記憶は予知だ------と私にはどうもそう思われるのだし、あるいは記憶は無意識のうちにもっている執念ではないかなどと思う。これはいい気もちではない。

推理小説がやりたいなどという大望みはこれで諦めたのだが、いや気がさした原因は、考えることも考えることも事柄がみなどんどん微細になってしまうことである。まるでかえったばかりの妻みたいに、きたない位に細かい。それがまたたまらなくいやだった。なぜそう微細なことだけへ向かってしまうのかわからないが、苦労した挙句痩せてせせこましくては、自分も人も喜べないのである。推理小説には是非こまかく毛細管の先まで行渡っていてもらわないと、興ざめする部分があるが、一方ですっとぼけているといわれるほど、大きないみで肉の厚いところも是非ほしいのである。

ポーの「渦巻」は毛細管まで確かという感じを受ける。と同時に、なんという大きな味かとも思わせられる。「水滸伝」の武松が旅から帰って来て兄も死を聞かされ、祭壇に礼拝していて、燭のまたたくのを見て他殺を感じ、それから犯人をあばいて行くのだが、あれも大きい味で心ひかれる。ポーは渦をきっと理詰めに迫った上で大きな味だろうし、「水滸伝」では理屈でないところを大きな味でもりあげていると思う。カフカの、人間が芋虫になってしまう話は、私にはすぐ顕微鏡が連想された。あれにかけると小さなものは大きくすっとぼけて、そして相当きみがわるいものだが、そういうことをやってのけた人へ、こちらは推理小説的興味を唆られる、--------大柄なのか小味なのかと。
(おわり)
*1:幸田文(こうだ・あや/1904年〜1990年)は、随筆家・小説家。代表作は『父 その死』『流れる』『崩れ』など多数。父は作家の幸田露伴(こうだ・ろはん/1867年〜1947年)、娘の青木玉も随筆家、孫の青木奈緒はエッセイスト。

1958年5月5日 新聞掲載(第223号)
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