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読書人紙面掲載 書評
2017年6月5日

異なる理論展開の可能性を読む 独自の社会学理論の構築へ向けて

理念の進化
著 者:ニクラス・ルーマン
出版社:新泉社
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一九九八年に没したニクラス・ルーマンは、多くの未公刊の原稿を遺した。それらは高弟らの尽力により、次々と編集・出版されている。このプロジェクトは、著者の死後二〇年近く経った現在もなお続いており、講義録や生前に論文集に寄稿された論考を一部含むものを合わせると、その数は優に十五冊を越える。本書もまた、著者の死後に編集・公刊された論文集の一つであり、初出二篇を含む計五篇の論考からなる。

編者のアンドレ・キーザーリングによれば、本書に収録された論考が執筆されたのは、いずれも八〇年代前半であり、この時期は、ルーマンの理論展開の「最も複雑な段階の一つ」に当たる。当時のルーマンの活動で特筆に値するのは、オートポイエーシス概念の導入による社会システム理論の刷新と「社会構造とゼマンティク」と題されることになる知識社会学的研究への本格的な着手である。このうち本書が直接的な関わりをもつのは後者である。

このプロジェクトは、その名の通り、西欧で生じた階層分化から機能分化へという社会構造の転換期に生じたコミュニケーションに使用される概念や理念(ゼマンティク)の変容を主題とし、同名の論文集の第一巻と第二巻がそれぞれ八〇年と八一年に出版されている。編者によれば、本書のうち三篇は、続く第三巻に載録される予定であったが、同じく載録予定であった愛のゼマンティクに関する論考が八二年に単行本として刊行されると、第三巻の制作は一度見送られることとなった。第三巻は、その後、八九年に改めてまとめられ、出版されたが、そこに本書所収の論考が収録されることはなかった。その理由を編者は、ルーマン自身の理論的基礎の変化のためと推測している。

その意味で本書は、回顧的に評するならば、ルーマンの理論形成の一局面、それも未完成な段階の理論にもとづいた試作品である。それゆえ、彼が最終的に構築した社会理論だけでなく、その形成過程にも関心をもつ者にとって、本書は、萌芽的な着想がその後の作品の中でどのように取捨選択され、精緻化されていったかを観測するための一つの始点となるだろう。特に本書で強調されている進化と自己記述という二つの概念は、遺著となる『社会の社会』に結実する「社会の理論」シリーズにおいて、決定的な役割を果たすことになる。これに加えて、本書には、マルクス主義や討議理論など先行する理論に対する批判が比較的多く見られ、それらはルーマンの理論構築上の動機を探るための有用な手がかりとなるに違いない。

しかしながら、本書の魅力は、これに尽きるわけではない。新たな理論構想に向けての試行が重ねられていた時期のテクストがもつ特有の可能性がそこにある。たしかに著者は、本書に収められた論考の理論的前提をその後の思索の中で変化させていった。しかし、それが唯一の可能性だったわけではない。著者とは異なる理論展開の可能性や必ずしも十分に深められなかった論点が本書には含まれている。それゆえ、創造的な読者であれば、本書を一つの足がかりとして、独自の社会学理論を構築していくこともできるはずだ。

たとえば第二論文で言及されている機能分化下での階級と地域格差の機能的等価性という洞察は、後に包摂と排除という鍵概念のもとで語り直されることになるものと推測しうるが、いくつかの先進国に共通して見られるようになった都市中心部と周辺部の間の政治的・経済的分断などの昨今の状況を視野に入れるならば、再び階級と地域化(ただしルーマンよりも狭い意味で)という概念によって現実を捉え直すことの有効性に読者は気づくことになろう。ルーマン以後の新たな経験的問題に取り組むことで、彼の理論を修正していくことは、彼の遺産を継承する者の責務であるが、理論形成期のテクストを収める本書には、その課題に、まさにルーマンの思索を手がかりに取り組んでいくための素材が秘められている。(土方透監訳
この記事の中でご紹介した本
理念の進化/新泉社
理念の進化
著 者:ニクラス・ルーマン
出版社:新泉社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年6月2日 新聞掲載(第3192号)
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