林あまり『MARS☆ANGEL』(1986) 包丁の片側だけに毒薬を チーズケーキは被害者その2 |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2017年6月13日

包丁の片側だけに毒薬を チーズケーキは被害者その2 
林あまり『MARS☆ANGEL』(1986)

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坂本冬美の『夜桜お七』の作詞家としても知られる林あまりは、俵万智と並び称された80年代口語短歌の先駆者である。『夜桜お七』は第一歌集『MARS☆ANGEL』に収められている連作短歌が原作となっている。恋のために放火事件を起こし処刑されたと伝えられる江戸時代の「八百屋お七」の物語から想像をふくらませて作られた連作である。そこからもわかる通り、林あまりの短歌には行き過ぎた慕情の末に犯罪に走る心理が描かれたものが時折みられる。もちろん実体験には基づかないフィクションだ。林あまりは小劇場演劇の愛好家としても知られ、演劇から影響を受けたドラマチックなフィクションを短歌に積極的に導入した。

掲出歌もまた、ドラマチックに犯罪を描いたいわば「火サス」のような一首だ。包丁の片側だけに毒薬を塗ってチーズケーキを切っているから、毒薬を塗っていない側を食べてピンピンしている自分には疑いが及ばない。ミステリのトリックとしてはきわめてクラシックなものであるが、それでも短歌に導入されるとまた新しい種類の驚きがある。単にターゲットを殺すというだけではなく、「被害者その2」となるチーズケーキのことにまで思考が及んでしまうのだ。

なお林あまりは、過激と評されがちだったその作風とは裏腹に敬虔なクリスチャンである。むしろクリスチャンだからこそ「人間の罪とは何か」と常に強く自問自答し続けた結果、こういった作風へと導かれたのだろう。

2017年6月9日 新聞掲載(第3193号)
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