文学都市ダブリン ゆかりの文学者たち / 木村 正俊(春風社)その相貌を描きつくす  アイルランド近代史の懇切な入門書とも|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年6月12日

その相貌を描きつくす 
アイルランド近代史の懇切な入門書とも

文学都市ダブリン ゆかりの文学者たち
著 者:木村 正俊
出版社:春風社
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スウィフト、ワイルド、ショー、イエイツ、ジョイス、ベケット――このように固有名詞を羅列しただけでも、これら「ゆかりの文学者たち」を輩出した「文学都市」ダブリンの異様なまでの多産性があらためて問題となる。英文学史の最重要な正典たるこれらの作家たちの言語に引用、刻印されるダブリンを丹念に繙いたこの論集は、アイルランドの近代史に関する懇切な入門書ともなっている。その歴史は、宗主国イングランドに対する複雑で矛盾に満ちた彼らの意識に帰着する。扱われる作家の少なからずが、アングロ・アイリッシュの上層中流階級に属するという事実がそれを裏書きするだろう。本書はそれゆえ「アイルランド史の特異な歪みを集約した都市の相貌」に刮目する。

1章は、スウィフトの「憤怒」と「諧謔精神」の併存をその履歴と作品に読み込み、ダブリンを体現する後者は意外なことに『ガリヴァー旅行記』の一要素として再読される。2章は、『ドラキュラ』の作者B・ストーカの最近発見された「日記」を手がかりに、この小説におけるダブリン性を実証的かつ説得的に前景化する。3章は、通例アイルランド文芸復興運動のパトロンとして周縁化されるレイディ・グレゴリーの演劇テクストを鋭利に分析し、そのヴィクトリア朝メロドラマとの意想外な相互交渉性を露わにする。4章は、ダブリンでゲール語による演劇を試みパリでボヘミアン生活を経験しロンドンでの文名を渇望したジョージ・ムアの多層性を精査し、そのジョイスへの影響の必然性を示唆する。5章は、ワイルドとダブリン(あるいはアイルランド)の関係性を彼のアメリカ講演と童話の細部に読み、この作家の「ケルト性」を再考する。6章は、必ずしもダブリンとの関係が深くないショーにおける「哲学と笑いの融合」にその潜在的なダブリン性を強調する。7章は、ゲール語とカトリックを通じアイルランドに直接的に接近できぬイエイツのジレンマの想像的解消としての象徴性を吟味し、その演劇性をダブリンでの活動を背景に活写する。8章は、神秘主義においてイエイツの同伴者であったG・ラッセルの神智学をその芸術性と政治思想の中核として克明に読解し、あくまで象徴主義に留まるイエイツとの不和に言及する。9章は、ダーウィン主義的無神論者たるシングの劇作をやはりイエイツとの差異において鮮明に描き、アイルランド演劇のリアリズム性の典型を示す。10章は、ダブリンでの極貧生活を経験したS・オケイシーの履歴と作品に透けて見えるこの「文学都市」のまた別の身体性を明らかにする。11章は、ジョイスのダブリンにトリエステ、チューリッヒ、パリという国際都市が上書きされていく次第をテクストの精読で明らかにし、この作家の恰好の解説となっている。12章は、ベケットにおける故郷ダブリンの外傷性が、ジョイスとの交渉を通じて、「どこにもない/どこでもある」無場所へと化していく次第を辿り直す。13章は、生粋のアイルランド人でカトリックのP・カヴァナによるイエイツ的文学性への挑戦を詳らかにし、ヒーニーを代表とする後続詩人への甚大な影響力を指摘する。14章は、独立後反動化したアイルランドにおいてカトリック教会と家父長制に抑圧された女性性の果敢な表象が高度なフェミニズム性を獲得したE・オブライエンを再評価する。15章は、S・ヒーニーのダブリン表象をめぐる考古学的主題を析出し、そこにおける「骨」「ヴァイキング」の詩的喚起力にこの詩人の真骨頂を喝破する。続く3つの章はアイルランドの現代の小説家、詩人、劇作家の簡潔な入門書として有用である。

本書は、ダブリンがかくも多種多様な糸をなして複数の文学者たちの言語を間テクスト的に紡いでいく詳細を論じ、この「文学都市」の相貌を描きつくすことに成功している。
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年6月9日 新聞掲載(第3193号)
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文学都市ダブリン ゆかりの文学者たち/春風社
文学都市ダブリン ゆかりの文学者たち
著 者:木村 正俊
出版社:春風社
以下のオンライン書店でご購入できます
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