男であれず、女になれない / 鈴木 信平(小学館)未来に向かって、それでも歩く 理解を得るための努力を惜しまないという決意表明|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年6月12日

未来に向かって、それでも歩く
理解を得るための努力を惜しまないという決意表明

男であれず、女になれない
著 者:鈴木 信平
出版社:小学館
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人間には男と女の二種類があり、異性と愛し合って結婚する――。

長い間、当然と思われてきたことが揺らいでいる。愛する相手が同性だという人たち、男性も女性も愛せる人たち、心で認識している性と体の性がちがう人たち。当事者が声を上げたことでLGBTなどの性的少数者に対する理解が少しずつ進み、公教育の場でも一定の配慮をするようになった。

自分のありようが「分類」されて名前がつくことで安心を得た人もいるだろう。著者は、そうした分類には当てはまらない人である。

末っ子に生まれ、スポーツよりは人形遊びに惹かれるなど、多少「男の子らしくない」子どもであったが、家族はもちろん、友だちや周りの人から愛されて育った。

大きくなったら父親になると無邪気に信じていた著者が、否応なく自分と向き合うことになったのは高校二年のときだ。クラス分けで男子クラスに振り分けられて、そこが自分の居場所ではないと思い知る。学校に行くことができず、やがては退学を余儀なくされた。

大学生になると、男性の友人を命がけで愛したが、愛が報いられることはなかった。相手が女性を愛する人だったからだ。

自分はいったい何者か。その答えを求めて同性愛や性同一性障害の人々の集まりに顔を出すが、その度に味わうのは失望だった。居心地の悪さが辛辣な言葉で語られる。その率直さからは、誠実に人と交わろうとする真摯な姿勢が伝わってくる。

自らの内面を深く掘り進んでたどりついたのは「男ではいられないが、女になりたいわけではない」という事実。内心の声に忠実であろうとすれば、男でもなく女でもない、あえて宙ぶらりんで生きるという選択しかなかったのだ。その決断は、男性器の切除という形で現れる。

手術を受けるにあたっては、性同一性障害を装うこともできた。そうすれば実績のある専門病院で安全な手術が受けられたはずだ。しかし、自分はごまかせない。社会を構成するのは男と女、という二択の考えそのものに抗おうとしているのだから。

小さなクリニックに難手術を託した結果、詳述される術後の苦難は、ページを繰る手が止まるほどだ。

手術を受けると打ち明けられて、「はい。わかりました」とだけ言った母。術後に訪れた実家で、黙って著者を抱きしめ「細いなぁ」ともらす父。こんな家族でよかったと、心から思わずにはいられない。

ときに持って回ったような、過剰とも思える文章表現は、言葉を尽くして自分の思いを届けたいという著者の願いの表れだろう。

結婚も、親になることも、望むものが手に入らないとわかっている未来に向かって、それでも歩く。

本書は周りが理解してくれないと嘆くだけでなく、理解を得るための努力を惜しまないという少数者の決意表明でもある。

ならば、自分の性別を疑わずに済んでいる幸運な多数派は、ありったけの想像力で性別がなくなった自分を思い描いてみなければならない。

性を放棄した先に広がる世界は、どんな世界なのだろうか、と。
2017年6月9日 新聞掲載(第3193号)
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