アウトサイドで生きている / 櫛野 展正(タバブックス)何が「アウト」なのか?|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年6月19日

何が「アウト」なのか?

アウトサイドで生きている
著 者:櫛野 展正
出版社:タバブックス
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奇妙な「自撮り」に突如目覚めた老女、パンダの被り物で暮らす忍者の末裔、自宅のあらゆる面に装飾を施す老人、膨大なキャラグッズを連ねた「武装」をまとうアニヲタ、河川敷の草を精巧なイラストに刈り込む路上生活者……。「アウトサイダー・キュレーター」を名乗る著者による「自分だけの快楽を追求した人たち」18人との邂逅録である。匂い立ち、生い繁るような表現の数々は壮絶で、それらを探り当てていく著者の行動力と調査力もまた凄まじい。ケバケバしい写真と実直なレポートも楽しく読ませる。

だが一方で、美術館学芸員としては気が重い。掲げられた「アウトサイド」という相対的な看板は、僕が勤めているような場所や、そこで扱う品々と対置されているから。なおかつ、それは現在の美術館が陥っているある論理と結託しているようにも思うから。

いわゆる「アウトサイダー・アート」の概念的戦略の眼目は、真っ先に目立つその視覚的異様さや過剰さの賞賛(もしくは承認)ではなく、近代美術史が育んだ自律的な「作品」観を退け、人間の内面と接続し直すところにある。表現とは客観的に記述しうる固定した記号でなく、人の生と分かち難く結ぼれているのだ、と。生との癒着の強さゆえに「正史」のアウトサイドに置かれてきた表現こそが、人間の内に蔵された底知れぬアウトサイドに触れる道を拓くのだ、と。本書が表現と作者の人生を等価に語り、全編ヒューマニズムに貫かれているのはまさにその表明である。

しかし、かつてジャン・デュビュッフェが「アール・ブリュット」の名で提唱した、人間内部の無意識や幻想を礎とするシュルレアリスム以降のオルタナティブな表現史の構想は、いつしか表面的な奇異愛好に流れ、作家主体の天才性に還元されることで再び近代的な美術史の軌道へと立ち戻ってしまうことになる。そして今、世間は「アウト」「ブリュット」流行の花盛りだ。

「アール・ブリュット」「アウトサイダー・アート」あるいは「ポコラート」「エイブルアート」など、重複した領域を様々に言い換える現況の混迷ぶりは、作者の属性で表現を切り分けるという偽の、きわめて政治的な問題設定に根差している。本書もまた、その陥穽に足を踏み入れてはいないか? 優れた調査も、その先に原理究明の志向がなければ、バラバラな個を羅列する面白主義に着地する。正史が揺るがないどころか自ら壁を作り、挙句は便利に回収されてしまうのだ。生かせ、アウトサイドを。
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2017年6月16日 新聞掲載(第3194号)
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アウトサイドで生きている/タバブックス
アウトサイドで生きている
著 者:櫛野 展正
出版社:タバブックス
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