夏の文庫特集(2015) 呼び醒ます記憶 いつか描く未来 堂場瞬一氏が文庫を買う(リブロ池袋本店にて)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年6月21日

夏の文庫特集(2015)
呼び醒ます記憶 いつか描く未来
堂場瞬一氏が文庫を買う(リブロ池袋本店にて)

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今年も夏の文庫特集の時期が近づいてまいりました。本年の特集号に先駆けて、これまで過去に掲載した「○○さんが選ぶ文庫」シリーズを順次ウェブ公開いたします。また、今年の文庫特集号は7月末に発売予定です。どうぞお楽しみに。
(以下より、「週刊読書人」2015年7月31日掲載当時の内容です。)

夏の文庫特集、今年の「文庫を買う」に登場いただいたのは、作家の堂場瞬一さん。警察小説、スポーツを題材にした小説ほか、数々の人気シリーズや映像化作品を持つ堂場さんは、二〇一五年一〇月に、一〇〇冊目を刊行予定。今年に入り「アナザーフェイス」六冊目の『高速の罠』(文藝春秋)、神保町を舞台にしたミステリー『夏の雷音』(小学館)、新米刑事、一之瀬拓真シリーズ第三弾『誘爆』(中央公論新社)、「父と子」を野球を通して描く『黄金の時』(文藝春秋)を上梓し、八月刊行の『十字の記憶』(KADOKAWA)で九六冊となる。
惜しまれながら七月半ばで閉店したリブロ池袋本店で、堂場さんに選書をお願いした。堂場さんの選ぶ文庫とは?

堂場瞬一氏が選んだ文庫20点

▽小島政二郎『天下一品』 (河出文庫)
▽平松洋子、大島真寿美ほか『3時のおやつ』 (ポプラ文庫)
▽サラーム海上『おいしい中東』 (双葉文庫)
▽田中啓文『こなもん屋うま子』 (実業之日本社文庫)
▽川内有緒『パリでメシを食う。』 (幻冬舎文庫)
▽遠藤哲夫『大衆食堂パラダイス!』 (ちくま文庫)
▽椎名誠選、日本ペンクラブ編『麺と日本人』 (角川文庫)
▽エーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』 (新潮文庫)
▽スティーヴンスン『宝島』 (光文社古典新訳文庫)
▽J.L.ボルヘス『伝奇集』 (岩波文庫)
▽メアリー・クビカ『グッド・ガール』 (小学館文庫)
▽イーデン・フィルポッツ『溺死人』 (創元推理文庫)
▽柴田哲孝『下山事件 最後の証言』 (祥伝社文庫)
▽コーデル・ハル『ハル回顧録』 (中公文庫)
▽アンデシュ・デ・ラ・モッツ『炎上投稿』 (ハヤカワ文庫)
▽高杉良『第四権力』 (講談社文庫)
▽ジョー・マーチャント『アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ』 (文春文庫)
▽西畠清順『プラントハンター』 (徳間文庫カレッジ)
▽ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』 (集英社文庫)
▽小松左京『果しなき流れの果に』 (ハルキ文庫)

●小島政二郎『天下一品 食いしん坊の記録』(七六〇円・河出文庫)

天下一品(小島 政二郎)河出文庫
天下一品
小島 政二郎
河出文庫
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 「〈食いしん坊〉なんて書かれたら、選ばざるを得ない(笑)。歳とともに食べられる量が減った分、グルメ本や料理本を読む機会が増えました。食欲を文字で充足しているんです。小島政二郎は芥川や菊池寛と同時代の文豪ですから、今では食べられなくなっているものや、無くなった店がたくさん登場するでしょう。小島自身も、安くてうまい〈家〉が消えていくことを悲しんでいるぐらいですから。小島はいい店を〈家〉と呼ぶ。なんだかいいですね。今は決して使わない言葉ですが、シナ料理〉が章タイトルにあります。〈はやし〉や〈丸梅〉は、池波正太郎の作品にも登場しますよね。当時の名店はいろいろな本の中に出て来ますが、昔は外食する機会が少なかったから、名店が限られていたのでしょう。池波をはじめ、食の随筆が読み継がれているのは、食べられないからこそ、すごい旨いんだろうと、読者に想像させるからですよね。味の記録です。実際に食べる機会がない記録に残る永遠の味だからこそ、想像がかきたてられる。そこがいい」

●平松洋子、大島真寿美ほか『3時のおやつ』(五八〇円・ポプラ文庫)

 「実は甘いものが大好きなんです。なるべくおやつを食べないように気をつけているので、代わりに本で味わおうかと。おやつの思い出は、地域や時代、人によって異なるから面白いですね。懐かしいものから、最近のものまで、〈キュウリ〉というタイトルの人もいますよ。三〇の章タイトルを読んだだけで楽しい気持ちになる。僕がこのエッセイを頼まれていたら、塩豆大福を選んだかな。あ、〈ペヤングソースやきそば〉もありますね。見た途端、高校時代の記憶が戻りました。一日四食の時代でしたから、もはやおやつレベルの話ではないですが(笑)。おやつの喜びは、子供時代、学生時代、過去のしあわせな記憶と結びついて、その名を聞くだけで、時を超えてしまう。記憶を呼び起こしながら、読みたい本です」

●サラーム海上『おいしい中東 オリエントグルメ旅』(八五七円・双葉文庫)

おいしい中東(サラーム海上)双葉文庫
おいしい中東
サラーム海上
双葉文庫
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「ジャケ買いです(笑)。色彩豊かなたくさんの料理写真と、作り方も記されたグルメの紹介に、人々の活力や土地の匂いまで感じられます。トルコ、レバノン、モロッコ、エジプト、イエメン、イスラエル、中東の料理はまだまだ謎に満ちていますね。今、中東を舞台にした小説を書いているので、地場の料理は参考になります。その土地の人が何を食べているか、街はどんな匂いに満ちているのかは、小説のリアリティにとって重要な要素です。中東は情勢が不安定で日常的な情報がなかなか入ってこないし、旅行記も少ないですよね。この本は土地を食べ物から解き明かす視点がいい。作者は音楽評論、DJで、中東やインドを定期的に旅しているそうです。僕もトルコやモロッコに行きたいですね。何のために、といってそれはやはりメシを食うために(笑)」

●田中啓文『こなもん屋うま子』(六一九円・実業之日本社文庫)

 「タイトルに惹かれました。〈コナモン全般・なんでもアリマッセ〉の幻の店〈馬子屋〉。〈こなもん〉は最近ではおなじみになりましたが、関西で小麦粉料理を指す言葉ですよね。お好み焼き、たこ焼き、うどん…小麦粉ものは安くておいしい。

粒状にした穀物は古くから世界中で食されているので、その文化の伝達や派生には、気になることがたくさんあります。例えば「麺」は、中国からシルクロードの途中まであって中近東にはなく、イタリアで復活する。パンは発酵と無発酵のものがありますが、中近東はほぼ無発酵パンです。その境目がどこにあるのか、などと考え出すときりがない。とりわけ日本は粉の混在文化で、米が主食と言いながら小麦粉も蕎麦粉も食します。なぜ日本は雑食なのか。

実は粉ものをテーマに何か書けないか、と考えているところです。小説になるかどうかも決まっていなくて、〈粉ものを探す旅〉というテーマだけがある。本気で謎を追究し出したら、命がけになる可能性があります(笑)。それぐらい深いです、粉ものは。〈うま子〉が何か、ヒントをくれるかもしれません」

●川内有緒『パリでメシを食う。』(六八六円・幻冬舎文庫)

「つい先日パリに行ったこともあって、気になって選びました。〈メシを食う〉と言っても、これは食事の話ではなく、パリに生活拠点を移した日本人がどう生活しているかが内容。三ツ星レストランの厨房で働く料理人、パリコレで活躍するスタイリスト、カメラマン、ヨーヨーアーティスト、鍼灸師……。僕も、自分の生まれた場所を離れて生きていく〈エトランジェ〉の物語を書くことが多く、興味があるテーマです。パリの空気と、パリの街に立つ異邦人の気持ちに思いを馳せながら読もうと思います」

●遠藤哲夫『大衆食堂パラダイス!』(八四〇円・ちくま文庫)

「〈大衆食堂〉も消えつつある気がします。学生時代にはしょっちゅう行っていたのに、僕が普段うろついている範囲内には見かけなくなりました。二〇一一年刊の本ですが、その時点で大衆食堂はどういう状況にあったのか。著者は〈大衆食堂の詩人〉という異名を持つそうです。これも『天下一品』と同様に、味の記録、日本人の食の記憶です。追憶も含めて読もうと思いますが、現存する店にはぜひ足を運びたい。ガイドブック的に、日常使いもできそうですね」

●椎名誠選、日本ペンクラブ編『麺と日本人』(五二〇円・角川文庫)

麺と日本人(椎名 誠)角川文庫
麺と日本人
椎名 誠
角川文庫
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「これも粉もの絡みですが、おやつ同様、麺も日本全国全く違いますよね。信州は蕎麦はうまいがつゆがイマイチとか、蕎麦をちょっとだけつゆにつけるのが江戸っ子の粋だとか。最近はうどんの方がうるさいかもしれないな。日本全国、つゆの醤油加減が異なりますし、のど越しよい歯ごたえのさぬきうどんから、くたくたの麺を生醤油を調整した甘いタレで食べる伊勢うどんまで、北から南まで、麺の食感も大きく異なる。日本のローカリズムみたいなものが、この本に表れているのではないかと。僕は関東の人間なので、関西のうどんには、文化的な衝撃を受けました。伊勢うどんも、うどんの概念が覆りました。日本国内でも、きっとまだまだあると思うんです、知らない麺類が。内田百閒や島崎藤村から、辺見庸、檀一雄、椎名誠まで名を連ねている。島崎藤村は、〈干しうどんのうでたの〉について書いていますね。壺井栄は〈関西のうどん〉。東西に広がる麺食の世界を、楽しみながら研究する資料にしようと思います」

●エーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』(池内紀訳、四六〇円・新潮文庫)

 「児童書サイズの岩波書店版を持っていますが、大人になっても何度も読み返している愛読書です。構成が凝っていて、小説中小説になっていますよね。子どもの頃はそれが不思議だったんです。ケストナーが前書きに〈こんどこそ、正真正銘のクリスマス物語を書く〉と宣言して、雪渓を眺める夏の高原に出かけるテン末が書かれています。著者の眼と、物語の登場人物たちの眼がある。気持ちが荒んだときなどに読むとほっとする、ユーモアと人間味に溢れる本です。作家という立場的には、小説を読んで安心していてはいけないかもしれませんが。訳者は池内紀さんで、子どもの頃に読んだのとは違うので、その点も楽しみたい。クリスマスの話ではありますが、夏休みがくると、子どもの活躍する冒険の物語が読みたくなりませんか」

●スティーヴンスン『宝島』(村上博基訳、七六〇円・光文社古典新訳文庫)

「夏といえばこれです。言わずと知れた冒険ものの名作を、久し振りに読み直したい。子どもの頃はとても長い話だと思っていましたが、今みると四〇〇頁に足らないぐらい。子どもの頃は、ドキドキしながら一ページ一ページ、想像力で物語を膨らませて読んだのではないかと思うんです。『宝島』が生まれた十九世紀は、冒険小説の隆盛期、『十五少年漂流記』も何度も読みました。あえてページをめくる手をゆっくりと、子どもの頃の想像力を思い出しながら楽しみたいと思います」

●J.L.ボルヘス『伝奇集』(鼓直訳、七二〇円・岩波文庫)

伝奇集(J.L.ボルヘス)岩波文庫
伝奇集
J.L.ボルヘス
岩波文庫
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「ボルヘスは途中で挫折するのが正しい読み方だと思います(笑)。この本は、世界文学全集の一冊として家に持っていますけれど、夏ですし文庫判のハンディなもので読みたい。長い時間は精神力が持たないですから、傍らに置いて、読んでは閉じ読んでは閉じ、そんな読書のイメージでしょうか。最近、中南米や南米のミステリーが日本にも入ってきて、マジック・リアリズムの匂いを以前より感じるようになりました。今後、南米のミステリーを読んでいく上で、そうした魔術的リアリズムの基礎としてのボルヘスを読み直してみようと。ボルヘス的な要素が入ってくると、謎が整合性を持って解決されるということがなく、混乱の渦の中に巻き込まれて終ってしまう。物語としては面白いのですが、ミステリーとしてどうなのか。もう一度、ミステリーそのものについて考えるきっかけになるかもしれません。フィリップ・K・ディックも、ボルヘスの世界に通じている気がします。非日常が日常に侵食してくる、そういう感じが似ているんです。二十世紀の人は、そういう不安感を常に持っていたのかもしれない。中の一篇〈トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス〉などは、その奇妙さに揺すぶられて、とても怖かった。まさに現実が侵食される話です。装幀も強烈。夏の怪談話より、僕はボルヘスが怖い(笑)」

●メアリー・クビカ『グッド・ガール』(小林玲子訳、八六〇円・小学館文庫)

「気になっていた本です。『ゴーン・ガール』は映画にもなり話題をさらいましたが、本書は〈ポスト『ゴーン・ガール』〉と呼ばれているとか。数か月監禁されていた女性が無事に帰宅するも、その間の記憶を失っていた。その記憶と、喪失の原因を探っていく話になると想像します。イヤミスともやや違う亜種のミステリー。小学館はときどきすごく面白い本を掘り出すので、期待を込めて。霧の中に手をつっこむような話だと思うので、暑い夏にヒンヤリしながら読んでみようかと。先入観なく読めそうなのも楽しみです」

●イーデン・フィルポッツ『溺死人』(橋本福夫訳、九〇〇円・創元推理文庫)

「江戸川乱歩が熱く紹介した『赤毛のレドメイン家』で有名な著者ですね。これは、今回選んだ唯一の純粋ミステリーです。初めて読んだのは学生時代。初版は一九三一年ですから、戦前の本ですよ。この時代は、本格ミステリーの黄金期ですよね。初邦訳は一九八四年、その復刊です。
白状すると本格物はあまり得意ではないのです。実際の事件はそんなにきれいには収まらず、どこかに矛盾が残るものだから。その完全さにやや引っかかってしまうのです。本格物は、ミステリーの純文学だと思います。自分の傾向と違う本も時折読んで、頭の体操をしなければ」

●柴田哲孝『下山事件 最後の証言 完全版』(八五七円・祥伝社文庫)

「戦後三大事件の一つ、厖大な資料が明らかにされながらなおも謎が残る、下山事件を扱った作品。戦後七〇年が経ちましたが、直後の社会は非常に混沌としていた。米国政府が深く絡む時代性も透けて見える事件だと興味深く思っています。

この本は、著者本人の祖父が事件の実行犯だったかもしれない、という衝撃に単を発し、真相を知る当事者の証言を集め、一つの結論を導き出す。さらに『下山事件 最後の証言』を発表したことで、新たに集まった証言や告発、資料を加えた完全版。この本はドキュメントですが、こういうのをうまく小説で描ければ、とつい考えてしまいます。事情を知る人がいたとして、なぜこれほど注目を集めた重大事件を、何十年も隠し続けることができたのか。人間心理や社会体制の裏側へ目を向けさせてくれる。謎というものは、想像を逞しくさせますね」

●コーデル・ハル『ハル回顧録』(宮地健次郎訳、一〇〇〇円・中公文庫

ハル回顧録(コーデル・ハル)中公文庫
ハル回顧録
コーデル・ハル
中公文庫
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「戦後七〇年ということで、名著を一冊。「ハル・ノート」は有名ですよね。国連の父と呼ばれ、ノーベル平和賞をもらっていますが、日本が日米開戦せざるを得ない方向に持って行った人物です。十二年もの間、アメリカの国務長官を務め、戦前から戦後に至るアメリカの外交を仕切っていた。なぜ日本が戦争に駆り立てられていったのか、その一つの側面を説明してくれる本だと思います。あの戦争を学ぶために、まずは基礎から。闘った相手側が綴る政治の裏側ですから、貴重な資料ですよね。初版の『回想録』は一九四九年刊ですから、戦後間もなく刊行されている。当時アメリカが何を考えていたのか、改めて開戦前の状況まで遡り勉強してみたいと思います。一国の事情で戦争は起るわけではないので、双方の当事者の言い分を学んで損はありません」

●アンデシュ・デ・ラ・モッツ『炎上投稿』(真崎義博訳、一三〇〇円・ハヤカワ文庫)

「『監視ごっこ』が話題になった作者です。IT系の混乱を題材にしたスリラー物を書く。

〈炎上投稿〉は、近年の日本社会でもキーワードになっていますが、ネット系の話題は、どうも小説にしづらいんです。リアルな事件としては興味深いのですが、小説になるとダイナミズムが生まれにくい。今では、ネット犯罪は避けて通れないテーマなので、他の作家がどう書いているのか、そういう資料的な面からも気になる作品です」

●高杉良『第四権力 巨大メディアの罪』(八七〇円・講談社文庫)

「メディア問題も、僕は自分のキーだと思っています。今後も、小説として書いていくことがあると思いますので、趣味と実益を兼ねた読書を。これはメディアといっても、テレビの世界の話ですね。何が面白いと言って、メディアの世界には古いタイプの人が多い。人間関係、権力欲、醜聞。一昔前の感覚が未だに続いている。比べて、先ほどのIT界では、そういうベタつきが薄く、人間ドラマも生まれにくい感じがしています。スティーブ・ジョブズのレベルになると、人間臭いエピソードも出てきますけれどね。ギトギトした闘争劇は、新聞やテレビといった古いメディアならではのもの。人間の性(さが)の表れが面白い。それをたっぷり味わいたいと思います」

●ジョー・マーチャント『アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ』(木村博江訳、七九〇円・文春文庫)

「計算尺のようなものではないかと思うのですが、一〇〇年前にギリシアの海底から引き上げられた遺構が、古代のコンピュータだと言われているんです。当時の文明では作ることが不可能であると思われる出土品、いわゆる〈オーパーツ〉です。考古学は面白いですよね。ただ僕は〈物〉自体ではなく、遺構を解読した人の、謎解きの物語の方に興味を持っています。この本は謎解きの面白さを十分に感じさせてくれそう。科学ノンフィクションですが、おそらくミステリー小説と同じ好奇心で読ませてくれる本だと思います」

●西畠清順『プラントハンター 命を懸けて花を追う』(七六〇円・徳間文庫カレッジ)

「テレビ番組で取り上げられているのを観て、このような仕事があると知って驚きました。滅びそうな希少植物を世界各地から採ってきて植物園で保護するんです。僕は映像より活字の方が頭に入ってくるので、もう一度本で見てみようと。つい書くことを考えてしまいますが、小説になりそうな気がします。紛争地帯にも行くし、断崖絶壁にも立つ。検疫の苦労話や、個々の植物にまつわるエピソードも何とも豊かで、なかなか他では聴くことができない物語です。花と植木の卸問屋の五代目、親子そろってプラントハンター。カラー口絵も、奇妙な植物図鑑のよう。夏休みにふさわしい、未知の世界の話。食文化と同様に、失われゆくものを守ろうとする姿勢や、その経緯の中で残されていく活字にロマンを感じます」

●ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』(丸谷才一訳、一二〇〇円・集英社文庫)

「訳注が全体の三分の一ぐらいある。ジョイスも途中で挫けるのが、正しい読み方(笑)。ダブリンは行ってみたい街の一つです。一〇〇年前のダブリンですから、今とは全く違うでしょうが、ダブリンを思いながら読みたい。

ジョイスは無視できない存在です。なぜジョイスが出た後に、僕たちは小説を書かなければいけないのか。これ以上のものは必要ないのではないかと。『ユリシーズ』『フィネガンズ・ウェイク』など、その著作で、書く技法や言語意識の問題は徹底的に掘り下げられている。二〇世紀前半のジョイスまでで、小説技法の開拓は終っているのではないか。同時代のステープルドンも、宇宙の始まりから終わりまでを一冊の本で書こうとしましたが、そんなことをやり遂げられてしまったら、その後の我々はどうすればいいのかと。

一〇〇年前に小説はここまできていた、という証明になる作品の一つです。比肩しうる人は現在にいない。直接影響を受けたわけではないけれど、抜けない杭ですよね」

●小松左京『果しなき流れの果に』(八〇〇円・ハルキ文庫)

「これも懐かしいですね。読んだのは中学生の時かな。小松左京にはいろいろな傾向の話があります。『日本沈没』などは、リアリティに満ちたあり得べき世界が描かれていますが、僕はそうではない作品の方がより好きです。これは一言では内容を説明できない、複雑で壮大な話です。一〇億光年の時空を舞台にして、いくところまでいっている。驚きの連続です。中学生ぐらいでこういうものを読んでしまうと、宗教観、倫理観のようなものが破壊されてしまいますね。観念が根底から揺り動かされた本です。

書かれた六〇年代は、光瀬龍などが出て来て、日本のSFがとにかくすごかった。当時はSF少年だったので、夢中になって読みました。

この作品は形而上学的な本で思弁的な話でもある。でも小松左京は、『日本沈没』や『復活の日』などリアルで形而下的な本もたくさん書いている。一人の作家でそれを両立し得る小松左京は、やはり化け物です。久し振りに怪物ぶりを楽しみたいと思います」


堂場さんの豊かな嗜好世界に触れる楽しいひととき。おわりに、二〇冊の文庫を選書した感想をお聞きした。

「アトランダムに選んだつもりだけど、こうしてみると、やはり好みが出ますね。人間は狭い範囲で生きているものだと実感しました。

僕の本の読み方は、小説を書く参考資料と、純粋に読書として楽しむものと、二種類に分かれます。最近は参考資料として読むものが多くて、楽しむ読書ができていなかったのですが、今日は久し振りに本屋で買い物をした充実感があります。昔を振り返るきっかけになるような、懐かしい本も手に入ったのでうれしかった。 

学生時代はお金がなかったから、映画を一本見るか、そのお金で古本を三冊買うかの選択で、僕の場合は本でした。懐かしい本を、復刊したり、途絶えさせずに刊行してくれている出版社の努力はありがたい。

先日フランスに行きましたが、海外は本が高いですよね。それに比べると、日本の文庫本は、こんなにコンパクトで作りがいいのに価格が安い。作家がこんなことをいったらいけないのかもしれないけれど、最後まで手元に残るのは文庫かもしれないと思うんです。

充実を感じるのは、文庫を買い替えたとき。レコード時代には、溝が擦り切れるまで聴くという話をよく聞きましたが、それと似た感覚なんです。自分はこの本を一生身近に置くという証明のような。

いつでも傍らに置きたい文庫は、ついお風呂にも持っていってしまうけど、今後はもう少し大事に扱おうと思います(笑)」
(おわり)

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2015年7月31日 新聞掲載(第3100号)
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